《社畜と哀しい令嬢》【番外編】富永と奇妙な友人

本編にれようか迷って結局れなかった富永サイドのエピソードです。

「あ、さん今日は早いんですね」

「早いって言っても定時だけどね」

「確かに」

仕事帰りに智子に話しかけられた富永が答えると、智子は乾いた笑みを浮かべた。

「そういう智子ちゃんも、今日も無事帰れてるみたいね」

「はい、お様で。結構怪しい差込みが飛びってるんですけど、何故か無事に帰れてるんですよ。不思議な事に」

「幸運が続くのはいい事ね」

「…なんで幸運が続いてるんですかね。魔法でもかけられたみたいですけど」

なにやら勘繰る様子で富永を見やる智子に、富永はニヤリと笑った。

「種明かししてほしければするけど、上層部の弱みを抱える勇気はある?」

富永が耳元で囁くと、智子はぶるりと震えあがる。

「いいえ! そこまでの勇気はまだ自分にはありません!!」

「賢明ね。って言っても、本當に大した事はしてないから、単純に智子ちゃんが企畫部の人たちに大事にされてるだけだと思うわよ」

「えー、へへ、そうですかねえ?」

「そうそう。日頃の態度って大事だもの。智子ちゃんってっからの社畜だから皆もわかってくれてるのよ」

っからの社畜って言うのやめてください! その稱號ほんといらないんで!」

智子のびを聞き流しながら會社を出ると、富永は手をひらひらと振った。

「はいはい。違う違う。ほらさっさとしの玲奈ちゃんを迎えに行きなさいな」

「全く謝られてる気がしませんが、しい天使のお迎えは重要です。お疲れさまでした~」

「はーい、お疲れ様~」

智子に別れを告げた富永は、駅とは反対方向へ向かう。

富永の自宅は會社から歩いて20分ほどの場所にあった。

勤務地から自宅が近いのは好まないが、とにかく朝に弱いので仕方がない。

格上、ずる休みはしても遅刻だけはしたくないのだ。

富永は腕時計で改めて時間を確認すると、ふむ、と首を傾げた。

(案外早く上がれたし、約束までにまだ時間あるわね。買い出ししてくか…)

決めるが早く、富永は行きつけのスーパーへと歩き出した。

――――

「よし、酒盛りの準備は完璧」

スーパーで買った総菜とビール、自分で作ったつまみをパソコンを前に置いて富永は満足げに頷いた。

時刻が21時を指した瞬間、約束の相手からの著信がある。

応答すれば、パソコン畫面に馴染みの顔が現れた。

『おはよー、ヒカル』

「おはようの時間じゃないけど」

ぼさぼさの派手な金髪をかきながら現れたのは富永の高校時代からの友人、近藤サキだ。

32歳の富永と同い年だが、髪型のせいなのか表のせいなのか、20代にしか見えない。

ほとんど日に當たらないが綺麗な事も理由なのだろう。

サキの活時間は、日が落ちてからだ。

『えーだってさっき起きたばっかだしおはようじゃん』

「私はさっき仕事終わったし、世間ではこんばんわでしょうよ」

『そんな世間は知りまっせーん』

ヘラヘラと笑うサキの手元では、キーボードを絶え間なく打ち続ける音が響いている。

手が何本もあるんじゃないかと疑いたくなるスピードだが、富永には聞きなれた音だ。

サキは人間的にはどうしようもないが、その代わりとんでもなく頭がいい。

バカと何とかは、いや、何とかと天才は紙一重と言うだろう。

サキはそれを現している。

富永が初めてサキと會った時、彼はすでに自作のスーパーコンピューターで、厳重に守られているあらゆる機関のデータベースにり込むを持っていた。

しかも厄介なのが、全てそれが好奇心から派生している事にある。

何かをし遂げたいから、と言った目標はサキには存在しない。

活字中毒者が本を貪るように、サキは報を貪る。

常人では脳みそが壊れるような數の報を集めて、趣味として楽しんでいるのだ。

これが企業のちょっとしたくらいで収まればいいが、世界各國に存在する“サキの好奇心旺盛なお友達”も同じくらい厄介で、彼らの報を統括すれば一國をひっくり返す事も出來るのではと考えている。

そのうち殺されるんじゃないかと富永が言っても「そんなヘマはしませ~ん」と笑い流すが、いつか目の前の友人が行方不明になっても驚きはしない。

それでも用心はしているようで、こうして富永と繋がるパソコンはサキが用意したものだ。

サキ曰く、「私と同じくらい天才じゃないと侵できない使用だよ」という事らしい。

因みに、パソコンを送られてからというもの、直に會うことは殆ど無くなった。

それは用心と言うより、引きこもりたいだけだ。

サキは好奇心旺盛なくせに、極端に人を嫌う。

それは出會った頃もそうだった。

學年トップで績優秀だが授業中はいつも寢ていて、起きてる時も大抵自作のノートパソコンで何やら打ち込んでいる。

話をかけられても平然と無視をするし、不用意に近づく奴は脅して追い払っていた。

相手が教師でもそれは同じだったので、サキが學校で浮いていたのは必然だったと言えよう。

富永がサキとこうして関わっているのは、なんとなく馬があったのと、利害関係が一致したことにある。

富永はある時サキに、“危なく無い方”の報でお金を稼げばいい、と言った事がある。

サキの技で金は稼ぎ放題だが、サキはとにかくんなことに無頓著で無鉄砲で、口座に目が飛び出る金額があったと思えば、翌日にすっからかんになっているような駄目人間だった。

だから、定期収として客として信頼できる人間に報を売ればいい、とアドバイスをした。

だが人間嫌いのサキが依頼人の話を聞きながらやり取りできるはずも無い。

そこで富永が間にって仲介料をもらう、というシステムが出來上がった。

かなり厳選しているため顧客は多くは無いが、羽振りがいいのを選んでるので特に問題は無い。

しかも今回、その中でもトップクラスの相手先が見つかった。

鷹司憲史――智子をきっかけにして出會った人は、頭が切れて金払いも大変良い。

本來、三條家での決著で縁が切れるはずだったのだが、サキの価値に早い段階で気付いた憲史は書の家守を通してコンタクトを取ってきた。

もちろんサキが実際に會うことはなく、富永はいつものように間にってしっかりと仲介料をぶんどる事で話は落ち著いた。

『タカツカサの依頼は終わったから、データ送るね』

「ありがとう。相変わらず早いわね。お疲れ様」

言うが早く、パソコンにデータが屆いた。

メモリカードに転送してロックのかかったファイルに投げ込んですぐに、家守に依頼完了を知らせるメールを打つ。

すると送ってすぐに“承知致しました。明日取りにお伺いしてもよろしいでしょうか。お時間はそちらに合わせます。”と返事が來た。

いつも思うが、レスポンスの早さには心する。

「相変わらず返事が早いわ、あの書」

『ああ、ヒカルに夢中の書?』

サキの言葉に富永は苦い顔を浮かべた。

「気持ち悪いこと言わないでくれる?」

あの仏頂面の堅書に“夢中”なんて浮かれた言葉は似合わない。

『ひっどい言いよう。だって告白されたんでしょ?』

「あれは告白じゃないわよ。友達になってくれって意味としてけ取ったから」

『だってその後もなんか絡まれてんでしょー? いいじゃない、あの書隨分貯めこんでるわよ』

「人の口座をのぞくのやめなさい」

『しかも複數持ってるからね、資産もあるしね』

「やめれ」

富永はこれ以上報を聞かせてくれるなと酒を煽る。

鷹司憲史の優秀で面倒くさそうな堅書、家守圭吾。

家守は初対面から敵意むき出しで「こいつうざいな」という印象だった。

三條家絡みのやりとりをしている時も、鷹司家の金と権力を持ち出す度に番犬よろしく歯をむき出しにして威嚇していた。

だから富永も誠心誠意、それに相応しい対応をしていたはずだ。

それなのに、三條家の一件を終えた後に家守は富永の手をとった。

『これからもプライベートであなたに會いたい』

告白と言うには弱く、友人申請にしては妙に顔が赤い。

『え、嫌ですけど』

しかし特に考え込むでもなく富永は返事をした。

どちらを意味するにしても、こんな面倒くさい相手はごめんだ。

家守は隨分とショックをけていたが、何故か『もっと私を知ってから返事をしてほしい』と言ってきた。

それからというもの、依頼を通して會うたびに食事にわれる。

もちろん面倒くさいので毎回心からの笑顔でお斷りしている。

富永としては期待を持たせる隙は一昨與えていないはずだ。

それなのに一回一回悲しそうに肩を落とすので最高にうざ…困る。

「さっさと諦めてほしいのよ私は」

『せめて友達になってあげなよ』

「あんたがなってあげれば」

『え、嫌だけど』

自分と同じようなリアクションをした友人に富永は噴き出した。

もともと富永は智子と同じ人種だ。

一人の時間をし、誰かのために盡くせない。

智子の面倒を見るようになったのは、自分と同じ質のくせにたまに上手く立ち回れていないのを気の毒に思ったからだ。

だから今回自分には絶対にできないだろう決斷をした智子を尊敬するし、進んで協力もした。

そして改めて自分の質が良く分かったのだ。

「やっぱり私、世界一自分が大事なのよ…!」

『あっはは! わたしもー!』

「それに目標もあるし!」

『ああ、あとどれくらいなの?』

「あと10年ちょい働けば大丈夫だと思うのよね…」

脳裏に貯金殘高を思い浮かべて富永はクククと笑った。

富永は働くのが好きなわけではない。

むしろ働きたくない。

出來れば好き勝手にだらだら一日を過ごし、気ままに旅行する人生を送りたい。

そのために必要なのはお金だ。

富永は綿な人生計畫を立ててお金を貯める事にした。

が良い會社で働きながら、サキの仲介役で稼ぐ。

これを繰り返していれば、貯金はどんどん増えていった。

社畜のせいでお金を使い過ぎないですむし、副業にはとんでもない金持ちが顧客に加わってくれた。

智子のおで、富永の目標貯金額達までの道が早まったのだ。

なのに誰かに構っている暇はない。

「ふふ…ふふふ…もう最近、楽しくって楽しくって! 心の余裕はお金の余裕ってね!!」

『ヒュー! ヒカルかっこいい~!』

不気味な笑い聲を上げて宣言した富永の頭からは、家守の事はすっかり抜けていた。

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