《社畜と哀しい令嬢》【番外編】堅書の憂鬱

『家守様

いつもお世話になっております。

先日ご依頼頂いていた商品が完致しました。

恐れりますがご確認をよろしくお願い致します。

富永』

いつも通りの完結で事務的なメールが屆いて家守は急いで返信した。

明日にも取りに行って良いか確認すれば、すぐに午前10時にとの返事が來る。

さっさと用事を済ませたい、そんなけて見えるようで家守は苦笑した。

ーー我ながら、救いのない相手に好意を持ってしまったーー

富永は、日永智子が連れてきた謎の多いだ。

そもそもとして、日永智子自も謎が多い。

鷹司憲人がをした、宮森玲奈との連絡が途絶えた際に、家守は憲史の指示で相手を探りながらも大きくはかなかった。

実親である雅紀を押し退けて妙なきをすれば、憲史の名に傷がつきかねない。

玲奈を連れ出すわけにもいかないし、花霞學園も完全に雅紀がコントロールしていた。

非合法な手を使えばもちろん玲奈との接は図れたが、家守はそれを良しとはしなかった。

憲史に醜聞が付くのは家守には許容できない。

それが主人の息子のためであってもそれは変わらない。

代々鷹司家に仕える家守家は、一度主人を定めれば、何を差し置いても主人を護ろうとする。

家守圭吾にとっての主人は、憲史であって憲人ではない。

たった一人ののために、安易な手を使う気になれなかった。

これが憲史の利益に繋がれば話は別だが、宮森玲奈と憲人が婚約を結び直しても鷹司家にとって特に特をする事は無い。

だからこそ家守は打つ手は現段階では殆どない、と憲史に伝えていた。

憲史はよく出來た主人なので、そういった家守の気質を認識していたし、否定もしなかった。

憲史もまた、厳しい一面を持っている。

恐らくは、憲人がもっとけるようになるまで大きくく事は無かっただろう。

それでも宮森玲奈をかなり気にっていた憲史は、ける範囲でいていた。

その際家守に特段指示をしなかったのは、家守がてこでもかないと知っていたからだろう。

事態が大きくく事になったのは、憲史宛に日永智子というから連絡が來たからだ。

は何故か玲奈と連絡を取っており、玲奈を救うために話を聞いてほしいと言ってきた。

明らかに怪しかったが、憲史は日永智子に會う事を決めたようだ。

家守としても怪しいとは思ったが、なぜこの問題に日永智子というが出てきたのか興味があった。

玲奈を調べた際に、日永智子と言う名はどこにも見當たらなかった。

家守家が得意とするのは報の掌握だ。

家守一族はそれぞれが持つ報を一族間で共有し、主人の利益に繋げる。

だから日永智子が“どこから電話をかけていて”“どんな會社に屬しているのか”“どんな人生を歩んだのか”調べる事は容易かった。

しかし、何をどう調べても宮森玲奈と接點など存在しない。

そんな日永智子という存在を家守は警戒し、警戒しているからこそ會うと決めた憲史を止めなかった。

日永智子との接見の日、家守は馴染みの料亭を手配した。

鷹司家の息のかかった料亭ならば、カメラを仕込むのは簡単だ。

家守は悪びれもなく別室で日永智子が來るのを待った。

憲史も仕方ないなと言いながら、一緒に確認をする。

現れたのは二人のだった。

日永智子の寫真は既に手していたから分かったが、もう一人に見覚えはない。

日永智子は一見して実直で隙の多い印象だったが、もう一人は一癖ありそうな気配を発していた。

部屋に通された二人は真剣な面持ちだったが、特に日永智子は張している様子だ。

しかし、會話がどことなくおかしい。

は真面目なはずなのに、容が明らかにふざけている。

容の噛み合わなさに家守も憲史も困した。

とりあえずこれ以上は待たせられないと個室にれば、彼達は真面目な表のまま丁寧に挨拶をしてくる。

先ほどのふざけたやりとりなどこの世に存在しないのだと錯覚させるほど完璧な笑顔だった。

日永智子と共に來たは、富永と名乗った。

名前を聞いてもやはり聞き覚えは無いが、日永智子と同じ會社に勤めているらしい。

話をしてみれば、日永智子はこちらを騙せるようなタイプではなく、分かりやすいくらいに真っ直ぐなだと分かる。

憲史も家守も、これなら簡単にこの場を掌握できると判斷したが、富永が口を挾んで來たことで場が一変した。

富永が提案したのは、三條家を利用する事だ。

筋は良いが、無能で有名な三條家の事は家守も知っていた。

知っていたからこそ、あの家にはなんの価値も無いと最初から切り捨てた。

今考えても、富永の計畫はだらけだ。

それなのに、出來る、と思わせる何かが富永にはあった。

それでも鷹司の権力と金ありきの提案を腹を立てたが、富永は臆するどころかお前は黙っていろと笑った。

恐らく、家守が憲史の利益だけを優先して宮森玲奈を切り捨てる人間だと分かっていたからだろう。

不思議な事に、富永は家守よりも多くの報を持っていた。

富永の後ろに、一族より優秀な報屋がいるのは間違いない。

そして富永報の使い方を知っている人間だった。

あの時點で既に富永は、鷹司家がすぐに宮森玲奈を助ける事はしない判斷していた。

だから富永は憲史の後ろめたさを刺激しつつ、本當は救いたい憲史の後押しをしたのだ。

憲人は絶対に宮森玲奈を諦めない。

それは憲史も家守も知っていた。

憲人がく時には今よりも手を貸しただろうし、憲人ならそれが出來たはずだ。

だが何年かかるのか、あの家に置かれた宮森玲奈がどうなってしまうのかは分からない。

仕方がないとはいえ、見捨てた、という後ろめたさが殘る憲史の心を富永はがっちりと摑んだのだ。

我が子可さと、玲奈というを持ってしまった憲史には僅かな金などどうでも良かっただろう。

だから家守はストッパーとして徹しようと決めた。

しかし富永は一癖も二癖もあり、主導権を絶対に家守には握らせない。

主人である憲史がそうんだからだ。

家守を押し退けて憲史と対等に取引が出來る人間はそういない。

でそれをやってのけたのは、恐らく富永が初めてだろう。

『弱みに付け込んで憲史様をる気か』

いつだったか、耐え切れずそう言った時、富永は家守に冷たい目を向けた。

『主人大事さにつまらない事しかできないバカ犬は、大人しく言うことだけ聞いてればいいのよ』

『なんだと』

『利益は大事よね。私も分かってるわ。お金って、権力って大事。それももちろん分かってる。あなたがそれを護ろうと必死に吠えてるのも、もちろん分かってるつもり』

そう言って、富永は『でもね』と続けた。

『ご主人様の願いを利益を損なわずに葉えて見せるのが、あなたの本來の役目じゃないのかしら? それが出來ないバカ犬は黙って大人しく鎖に繋がれておくのが相応しいって、私は思うの』

それは、家守にとって許容できない、しかし否定するには手痛い一撃だった。

『あの憲史様に仕えるなら、それぐらいできて當然じゃないの?』

富永は実に的確に家守に攻撃を加える。

家守にとっての屈辱は『憲史の役に立てない』事だ。

富永は、家守が切り捨てたものを拾い憲史の願いを葉えようとした。

現実味が増した狀況で、お前はこんな事も出來ないのかと瞳が告げている。

『あんまり頭がいといつか大きな失敗するわよ』

吐き捨てるように言うと富永は去っていった。

屈辱をけたあの日の事を家守は今でも鮮明に覚えている。

その日から、富永に関心を持った自分の事も。

そうすれば見えてくることはたくさんあった。

富永はお金を言外に要求しながらも、今回の件ではあくまで日永智子のためにいている。

日永智子がいい人生を歩めるように、さり気なく支え、自分の力で走れるように補佐していた。

家守にはできないやり方で富永は人の手助けをする。

そんな彼に興味を持てば、好きだと自覚するのに時間はかからなかった。

だから三條家の決著が著いた時、頻繁に會えなくなるのが嫌で去ろうとする富永の手を取った。

『これからもプライベートであなたに會いたい』

どちらとも取れる言葉、それが家守の一杯だったが富永の瞳はしも揺れることはなかった。

『え、嫌ですけど』

斷られることを想定していなかった家守はショックをけた。

家柄と顔立ちに加えて憲史の右腕として生きてきた家守はに不自由した事はない。

フる事はあっても、フラれた事はない。

だからきっぱりと嫌だと言われるとは思ってもみなかったのだ。

それでもくじけずに『もっと私を知ってから返事をしてほしい』と言えた自分を、褒めてやってもいいだろう。

幸いにも、富永報屋との仲介をしてくれた事で流はある。

だが、あれから何かが進んだ気配は一ミリもない。

富永は哀れむように『他にいいはいくらでもいますから、ね』と家守の背を叩く。

當事者のめられるなんてこんな侘しい事があろうか。

明日も恐らく、富永は哀れんだ、もしくは面倒そうな目で自分を見るのだろう。

だが自分の仕事の仕方を変えてくれた彼を、家守はまだ諦められそうにない。

それが新鮮で、報われなさに切なくて、家守はため息を吐いたのだった。

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