街中をジャックスさんに先導され、一軒の屋敷に到著すると、私はあまりに大きい敷地に圧倒された。

広い庭に綺麗な花が育てられ、噴水から勢いよく水が飛び出している。暑くなって寢の替えをしているのか、小さな貓っぽいメイドさんが布団を干していた。

近年、床の上で寢てばかりの私にとっては、刺激的な景だ。清潔な布団が風で揺らされ、心地良さそうに干されているではないか。

どうしよう。化け公爵の元に嫁ぎに來たはずなのに、どこか期待してしまう。

本當におばあちゃんみたいな優しい人が領主さまなのではないか、と。

「私、嫁ぐところ間違えてないかな……」

「間違えてねえよ。今日から嬢ちゃんが暮らす屋敷だ。そのうち見慣れるだろう」

「本気で言ってますか？　って、あれ。馬はどこに……？」

「嬢ちゃんがボーッとしている間に、馬小屋にれてきた。これくらいで驚いてたら、薬草栽培なんてできないぜ」

「だ、大丈夫ですよ。……たぶん」

「じゃあ、こっちについてきてくれ。嬢ちゃんの薬草菜園は、裏庭でやってもらう予定だ」

そう言ったジャックスさんの後をついていくと、とても裏庭とは思えない土地に案された。

どれほど広いかといえば、私が栽培できる範囲を軽く超えるほどに。

「思っている以上に広いですね……。でも、當たりも良い場所ですし、薬草を栽培するには適しているかもしれません」

正直、急な公爵家の打診だったから、栽培が難しい土地に案されることを覚悟していた。でも、ここは違う。

土がらかく、水分が十分に含まれていて、魔力も濃い。耕した形跡が殘っているので、元々何かを栽培していたんだろう。

そのおかげもあって、薬草を育てるにはちょうどいい土地だった。

「荷車はこの辺に置いておくぞ」

「えっ。あっ、はい。ありがとうございます」

長旅で集中力が途切れているのか、ボーッとしすぎな気がする。もうし気を引き締めないと……。

そんなことを考えていると、ジャックスさんが近づいてきて、私の頭の上にポンッと手を乗せた。

「言い忘れていたが、この地は分や地位を深く考えない文化がある。態度や言葉遣いは期待しないでくれ」

「あぁー……なるほど。これもそんなじなんですね」

親戚の子供をあやすように、ジャックスさんが頭をポンポンしてくる。本來なら、こんなことは絶対にあり得ないだろう。

まったく実は湧かないが、私は公爵夫人になるのだ。家臣であるジャックスさんが子供扱いしてくるなんて、無禮にもほどがある。

でも、この地ではそれが普通であり、無禮にはならない。だから、早めに慣れろと言いたいんだと思う。

「嬢ちゃんも気楽に過ごすといい。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ」

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」

今まで貴族令嬢らしい生活をしてこなかった私にとっては、打ち解けやすくて良いところかもしれない。

「無駄に広い土地だ。好きに使ってもらって構わないが、何か手伝うことはあるか？」

「気持ちは嬉しいんですが、一人で大丈夫です。下手に手伝ってもらうと、かえって薬草を枯らす原因になってしまうので」

「わかった。じゃあ、今のうちに嬢ちゃんが來たことをダンナに伝えてくる。あとは……そうだな。俺は屋敷の警護に回るから、本當に遠慮せずに聲をかけろよ」

どこまでも気遣ってくれるジャックスさんは、そう言って去っていった。

今まで実家で歪んだ心と接し続けてきた反か、気遣い上手な彼の優しさがに染みる。

この地では味方になってくれる人がいる、そう実できるだけでも嬉しくて仕方がなかった。

まだ領主さまがどんな人かわからないけど、ああいう人に薬草を使ってもらえるなら、しっかり育てていきたい。

「よし。今日中に植えなきゃいけないし、頑張ろうかな」

気力に満ちた私は、疲れたに鞭を打ち、荷車からスコップを取り出した。

まず初めに、土が薬草を迎えられる狀態を作らなければならない。そのためには、魔力を込めて畑を耕し、土に自分の魔力を浸させる必要がある。

薬草栽培する際、一番キツイ作業と言われているのだが……。スコップでし掘るだけで、意外にすんなりと魔力が浸していく。

長旅で疲れている私の拙い魔力作で、ここまで簡単にできるとは思わなかった。

「この畑、昔は誰が使っていたんだろう。なんか懐かしいじがするけど……気のせいかな」

ベールヌイ公爵領と私の魔力は相が良いのかもしれない。そんなことを思いながら、畑に魔力を浸させていくのだった。