《家族に売られた令嬢は、化け公爵の元で溺されて幸せです~第二の人生は辺境地でほのぼのスローライフを満喫するので、もう実家には戻りません~》第11話:薬草の異変
朝ごはんを食べ終えて、薬草畑にやってくると、そこには亀爺さまが佇んでいた。
特に何もするわけではなく、ボーッと薬草畑を眺めている。
「どうかされましたか?」
「何とも懐かしい景じゃと思いましてのう」
亀爺さまが本當に二千年も生きていれば、薬草畑を見る機會もあるだろう。私の顔を見て『アーネスト家が懐かしい』みたいなことも言っていたから、ご先祖さまと知り合いなのかもしれない。
「おばあちゃんが栽培していたものと比べると、まだまだ未な薬草です。私の代で隨分と弱らせてしまったので」
「いやいや、魔力に満ちた良い薬草じゃよ。綺麗に朝日を反しておるじゃろう」
「それは昔の話です。本當は葉ももっと青々としていて、薬草も元気に……って、あれ? そう見えますね」
亀爺さまに言われて、よーく薬草を観察してみると、私は異変に気づいた。
移植前よりも薬草が生き生きとしているのだ。
青々とした葉に魔力が満ち、綺麗に朝日を反している。一週間前まで実家で育てていた時とは違い、明らかに元気になっていた。
ここまで薬草が元気を取り戻すなんて……。実家よりもこの土地の魔力の方が合っていたのかな。
ん? でも、どうして亀爺さまが薬草に詳しいんだろう。
「今でもアーネスト家の薬草は『ヒールライト』を育てておったんじゃのう」
「薬草の品種までご存知なんですか?」
薬草が生えている景を見ただけで品種まで見抜くのは、植學士でも難しい。特にアーネスト家で育てていた薬草『ヒールライト』は、似たような品種が多かった。
ヒール、ヒールブルー、ヒールグリーンなど……。様々な品種がある中でも、ヒールライトだけは絶滅危懼種に指定されていて、國で唯一栽培している家系がアーネスト家だった。
「もしかして、亀爺さまは薬師ですか?」
「旦那さまに聞いておりませんでしたかな? 昔はよくヒールライトを煎じて、魔力の調整に手を焼いたもんじゃよ」
「あぁー、わかります。ヒールライトの葉に含まれる魔力が富すぎると、扱いが難しくなりますよね」
薬師の腕が試されると言われるほどの薬草であり、別名:萬能薬とも言われている。
近年栽培していた私の薬草は、そこまで扱いが難しくなるほど富な魔力や質の良い魔力は含まれていない……はずだったのが。
目の前に生えている薬草は、かなり質の良い魔力を含んでいた。
「おやおや、奧さまの方こそよくご存知じゃのう。栽培したとしても、煎じることは珍しいでしょうに」
「植學士の資格を取る時に、ついでに薬師の資格も取りました。実戦経験はあまりないので、形だけみたいなものですけど」
調が悪化していたおばあちゃんの力になれたらと、植學士と薬師の資格を取ったのだが、現実はそう甘くない。
八年前、私が國家資格を合格すると、張の糸が切れてしまったのか、おばあちゃんは安堵するように息を引き取っていた。
「二つも國家資格を保有しておるとは。それは旦那さまも素敵な奧さまをいただいたものだ」
「とんでもありません。植のことしかわからないので、薬草の世話をするだけで一杯です」
亀爺さまが褒めてくれるものの、素直に喜べるはずもなく、私は苦笑いを浮かべることしかできない。
公爵夫人としては何もできない、そう言っているようなものだから。
自國の貴族たちの顔も名前も知らない、ダンスもできない、マナーもわからない。どこに行っても恥ずかしい存在であり、素敵な奧さまと言われるのは心苦しかった。
そんな私の心が見かされているのか、亀爺さまはゆっくりと首を橫に振る。
「薬草を栽培するのも、薬を作るのも、街を守るのも、皆それぞれに與えられた仕事じゃ。楽もあれば苦もあるだろうが、己を卑下する必要はない。を張っていなさい」
「……はい」
おばあちゃんに育てられた私は、年配の方に逆らえない節がある。ゆったりとした口調で話されると、つい素直に聞きれてしまうのだ。
「ところで、奧さまや。アーネスト家では、まだヒールライトを育てておったんじゃのう」
「ん? 先ほども同じことを……」
亀爺さまの忘れが激しいのは本當だと悟った私は、口を塞いで言いかけた言葉を飲み込む。
せっかく褒めてもらったのに、締まらないなーと思ってしまうが、亀爺さまはこういう方なんだろう。話し相手になるのは、なんだか悪くない気がした。
「ふふっ。そうですね、まだヒールライトを育てています」
「それはありがたいのう。近年は薬草が高騰しており、困っておったんじゃ」
「薬草の栽培は難しいですからね」
「うむ。まさか月見草や魔法のハーブまで不作になるとは」
亀爺さまの言葉を聞いて、思わず私は首を傾げてしまう。
月見草や魔法のハーブは、比較的に栽培しやすい薬草だ。高騰するのは珍しいが……、うちみたいに々な事があるのかもしれない。
無事にヒールライトがスクスクと育ったら、他の薬草も育ててみよう。亀爺さまの言う通り、を張って生きていきたいから。
まずは薬草(このこたち)をしっかり育てていかないとなーと思いながら、薬草畑を眺めていると、マノンさんがやってくる。
「奧方、買いに行こう」
「何を買われるんですか?」
「奧方の服とか靴とか日用品とか……。うん、いっぱい」
「えっ! 服や靴はすでに屋敷で用意していただいたものを著ていますよ?」
「サイズが合ってない」
「いや、まあ、それはそうなんですけど……」
他の侍たちにも服がブカブカだと指摘されていたし、みっともないのは間違いない。でも、新しく買ってもらうのは、抵抗がある。
本當は実家で用意して來なくてはならないものだから、あまり金銭的な負擔をかけたくないのだけど。
「奧さまや。金を使うことも、公爵夫人の仕事じゃぞ」
「貴族が金を使わないと、領民もウハウハできない」
「……は、はい」
可らしいマノンさんと、年配の亀爺さまに言われると、一生斷れない気がしてきた。
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