《腐男子先生!!!!!》30「差しれにしては……重いな?」
祭りの日の朝は早い。
早いというか、夜明け前からはじまっていることが多い。徹夜は駄目。絶対。
とはいえ朱葉は最近はオンリーイベントがメイン戦場のため、始発から並ぶようなことはしない。完全防寒で家を出たのは、きちんと朝食をたべた常識的な時間だった。どれほど遅れても晝過ぎには會場にれるだろう、という目算だ。もちろん鞄の中にはゲームと充電も忘れていない。あと差しれ。今回の目的は、ほぼこの差しれだと言ってもよかった。
縁おねーさんに連れられてはじめて祭りに參加したのは中學校の時で、一応毎回一般で參加をしている。直接參加することになるのは、高校を卒業してからになるだろう。
夏の祭りは暑く、冬の祭りは寒い。
今年は比較的穏やかな気候で、列の並びもスムーズに、會場にることが出來た。まず、絶対に抜かせないサークルで買いをする。それでも半分は買えなかった。いや、半分買えただけでもよかった。今クールが終わったばかりの最高に流行のジャンルだ。刷り部數を0ひとつ多くしてくれたサークルさん達本當にありがとう。
そして自分の活ジャンルの島にり、絶対しい本を確保してから、取り置きをお願いしている既知のサークルさんにご挨拶。この時に差しれがすかさず飛び出す。大切。最後に今回のほぼメイン目的地であるサークルに、列が切れたタイミングを見計らって顔を出した。
「おつかれさまです、ぱぴりおです~。今回はお世話になりました!」
「あ、おつかれさまです!!」
可い売り子さんがにこやかに挨拶をしてくれた。隣に座っていたサークルの主人も顔をあげて、「わざわざすみません!」と立ち上がった。
「原稿ありがとうございます! とってもよかったです~! 告知もしてもらって、ほんと嬉しかったです!」
今回冬コミで発行された推しカップリングのアンソロジー主催だった。熱烈にお禮を言われて、朱葉の方も照れてしまう。
「いや、そんな、こちらこそ……」
「あ、これ、できあがりの本と、イベントノベルティと、參加ノベルティです! わざわざご足労いただいてすみません!」
「ありがとうございます。嬉しいです。あ、これ、皆さんで食べて下さい。売り子さんも」
ここで最後の差しれを取り出す。これで本日のミッションは8割方終了だ、と肩をなでおろした時だった。
「ありがとうございます~ぱぴりおさんですよね?」
売り子さんに改めて聞かれて、「はい」と答えたら、売り子さんが「ほら」とサークル主になにかを促した。
「え? あ、本當だ! それでですね!」
ごそごそと何かを取り出された。シックな柄の、紙袋だった。
「ほぼ開始直後だったんですけど、『ぱぴりお先生がいらっしゃるなら渡してしい』ってお客さんがいらっしゃって、これ預けられたんですよ。差しれですって」
開始直後。ぱぴりお先生に。
朱葉は紙袋をじっと見つめて、もしかして? いやまさか? いやまさかじゃねえか……と思いながら言う。
「……男の人、でした?」
「「そう!!!!!!!!!!」」
売り子さんとステレオで頷かれた。
何一つ! かけらも! 意外ではなかった。
はは……と乾いた笑いをもらしてしまう朱葉に。
「あの……もしかして、ヤバイ人ですか……?」
売り子さんが気を遣って聞いてくる。全年齢とはいえ、男同士のカップリングアンソロだった。それをわざわざ開始直後に買いにきて、主催者ではなく一參加者に差しれを預ける。しかも男。
ヤバイ案件だったらヤバイofヤバイだ。
朱葉は(ヤバイといえばヤバイけど)と思いながら、
「いえ……いつも…………お世話になっている方で……」
苦し紛れに答えた。
ええ、お世話に。主に績とかつけられてますけど。
「そうなんだーー差しれ、あたしたちももらっちゃったんですよ~。なんかすみません!」
「いやこちらこそ! すみません! お預けしちゃって!」
ちなみに、差しれってなんでしたか? と聞いたら。
「あ、コーヒーショップの無料券がついたカードで……めっちゃ嬉しい~」
「ね~イケメンになったみたい~!」
この場合彼達はご贔屓のイケメンに同じカードを送り続けているのだが、それだからこそ嬉しかったともいえる。
なかなかスマートだな、と朱葉は心しながらお禮を言ってサークルをあとにした。話している間もぱらぱらとお客さんが來ていたこともあるし、次の予定もあったから。
(來てるのか……)
まあ、來てないとは思っていない、と朱葉は思う。
クリスマス前に大立ち回りがあってから、結局ばたばたと、あまり話すことがなく冬休みに突してしまった。
あのあとマリカに會ったことも、結局話しそびれてしまった。
スマホを取り出して、ちょっと考える。
自分の所在がわかるような何かを書き込めば、気づいてもしかしたら、會いにきてくれるかもしれない。あえて深く考えないようにしているけれど、自分が桐生にオチられていることは、朱葉は薄々づいていた。
(いいけどね……)
やめておこう、と鞄に戻す。
きっと彼も今日は狩りに忙しいだろうし、わかるように書いたとしても、この人混みだ。會えないだろう。
差しれを渡して軽くなった鞄に差しれをしまって、朱葉は次の予定をこなすために今度はコスプレ広場に歩いて行った。
コスプレ広場は、また違う人出でごった返していた。約束の時間に待ち合わせ場所で待っていると、「あげは!」と遠くから聲。
「よかったー會えた!」
「おつかれさま」
走ってきたのは同級生のオタク友達の夏だった。買いを終えたくらいの時間に待ち合わせをしていたのだ。これから一緒にアフターをするためでもあったが、用件はそれだけではなく。
「じゃ、これ、お願いね!!!!!! 一時間でカタつけっから!!!!」
「ハイヨーごゆっくりー」
朱葉が夏の重い鞄を持たされた。戦利品のった鞄の中から、取り出されたのはどでかい一眼レフだった。
矜恃ある聲豚こと河野夏は、副業としてカメ子も営んでいる。
重い戦利品をかついでの一眼レフはどうしても苦しいため、朱葉に余裕がある時であれば、荷持ちをしてやっているのだ。かわりに朱葉は、子力強めの夏によく売り子にってもらっている。
目星をつけていたレイヤーに片っ端から聲をかけて「一枚お願いします!」をしていく夏を元気だなーと思いながらゆるゆる追いかけていたら、ひときわ大きな人だかりが目についた。
「おーすご……」
しかも心なしか、寫真を構えるカメラマンに子が多い。
イケメンレイヤーなんだろうか、と思って、一息ついた夏に聲を掛ける。
「あれ、すごいね」
「え? あ、あーーーー!!! すごいでしょ!? 行くよ!?」
お前の手柄ではなかろう、と思いながら引きずられていったら、ようやく人混みの中が見えた。
(す、すごい……)
一心にシャッター音を浴びているのは、年レイヤーだった。年? 多分、だ。小柄で、ゴシックファンタジーのキャラをしているため眼帯とカラコンをつけている。がっちりしたコスプレメイクで、銀髪のウィッグが鮮やかだった。
「素晴らしいでしょーーー!!!!!! 伝説の年レイヤーさんなんだよ!!! 寫真集もめっちゃ部數出てて、人呼んで、『ソックスガーターのキング』!!!!! ああーーーかっこいいーーーー! 天使ーー!! 踏んでーーー!!!」
「そっくすがーたーのきんぐ……」
すごいな、と思った。その迫力もすごいし、ポーズもまたすごかった。
合わせなのだろう、長の執事レイヤーが、四つん這いになって椅子になっている。
四つん這いになって椅子になっている。(やばいことなのでもう一度思った)
「マコトさーーん! 目線くださいー!」
すぐそばに、椅子の方に聲をかける子がいる。キングと呼ばれたレイヤーが軽やかにおりると、今度はキングを片腕で抱きかかえた。大柄なレイヤーで、男だ、と思った瞬間、ばち、とそのマコト、と呼ばれた男レイヤーと目が合った。
(マコト?)
既視の正をつかめずにいくと、男レイヤーが片腕をあげて言う。
「カウント5で休憩にらせていただきます。お願いいたします」
1,2,3,4,5,と人垣がカウントをして、さぁっと人がはけた。まだ、二人に話しかけたそうな人が待っていたが。
「15分後に再開です」
そうあしらって、キングを連れたマコトが、つかつかとこちらに寄ってきた。
「え、え」
隣で夏がぎゅっと朱葉に抱きついていたが、朱葉はまだ、ぼんやりした顔で。
化粧の濃い顔を見上げながら。
「あ」
ぱかっと口をあけて言った。相手もにっこりと笑い。
「早乙ちゃん、だよね?」
思い出したのは。
いつかの、ゲーセン。
マコト☆という、コスプレ名刺。
「あーーーー!!!!!」
秋尾誠。桐生の友人だという、裝趣味のレイヤーだった。
驚き口を開けている朱葉と、ただわけもわからず震えている夏。秋尾が何か言おうとするより先に。
「誰だ」
そう、するどく切り込んだのは、秋尾が大事に肩を抱いていたキングと呼ばれた年レイヤーだった。
聲ものものだが、それが余計年ぽさを醸し出している。
秋尾がすかさず、キングに何事か耳打ちする。(その仕草だけで、周りから悲鳴があがった)
「──ああ、あの馬鹿の」
何を聞いたのかわからないけれど、それで話は通じたらしい。
にこやかに秋尾が言ってくる。
「こんなところで會うの、偶然だね、ってのも変か。會うときは會うよね。あいつには會った?」
あいつ、というのが誰を指すのか、朱葉にはよくわかったので、とりあえず首を振る。
「そっか。まあ、今日がメインだっていってたからな……。あ、紹介するね。彼はキング」
紹介をされたキングが、にこりともせずに一言。
「椅子が世話になっている」
と言った。
(椅子!?)
と朱葉が耳を疑う。
「はい。俺が彼の椅子です」
と秋尾がにこやかに続けた。以前確か、秋尾は自分のことを嗜好はノーマルだと言っていた気がするが、ノーマルが行方不明だ、と朱葉は思った。
「は、はじめまして……。わたしは早乙朱葉……で、この子が、友達の……」
とりあえず倣って夏を紹介しようとすれば、
「あ、あの、あたし、めっちゃ、ファンで……握手してください!!!!! 一枚いいですか!!!!!!!」
すでに揺で目を回している夏がいきなり攻めていた。秋尾とキングはこれといった打ち合わせもなく、目配せひとつしたきり。キングは夏と、秋尾が朱葉と分かれた。
単獨で贅沢な撮影をしている間、早口で秋尾が尋ねる。
「大丈夫? 帰りがひとりなんだったら、あいつと一緒に車で送っていくけど」
「あ、いや、大丈夫です。アフターもしていきますんで……」
「そっか。じゃあ、あのー……大丈夫?」
もう一度、秋尾が聞いてきた。
「あいつ、今日來る時もめちゃくちゃ上機嫌だったからさ。キングも気持ち悪がってたから」
そういう意味での、大丈夫? だった。
あー、と朱葉はうめくように言って。
「……それは……まあ……々ありましたけど……」
薄いため息を、ひとつ。
「クリスマスのイラリク気合いいれて描いたからじゃないっすかね……」
「ああ……」
それ以上の會話はなかった。諦めたように秋尾は笑って。
「そのうちまた會おうよ。よかったらキングも一緒に」
そう言われたので、朱葉がはい、と頷いた。
本當は、マリカのこととか、し、聞きたかった気もするけれど。
そのうち、また、が、もしもあれば。
その時の方がいいのだろう。
夏が鼻息荒くキングを撮っているのを見て、朱葉は自然と呟いていた。
「……彼さん、綺麗、ですね」
「そうでしょ。俺の神様」
さらりと秋尾が言った。その、気負いもてらいもない言葉に、朱葉が思わず振り返れば。
秋尾はどこか優しい目をして、言った。
「君も、そう、だよ」
誰にとって、とかは、言わなかったけれど。
「──知っています」
とそれだけ小さく、朱葉が呟いた。
結局アフターでは夏にキングと秋尾のことについて、質問攻めにされたのだが、知っていることはないため、自白出來ることはほぼなかった。
くたくたになって家につき、戦利品をあけようと鞄を開いて、一番上に置いてあった紙袋に目がとまる。
失念していた。なんだろうな、と思いながら開いて見たら。
一番上に置いてあったのは、確かに、コーヒーショップのギフト券がついたポストカードで。
し時期が遅いが、クリスマスのもの。
名前はなく、ただ、どこか見覚えのある字で。
『クリスマスイラスト、ありがとうございました。差しれです。これからも頑張って下さい』
そしてそれから、袋の底には、赤いリボンと包裝紙に包まれた──。
(ケース……?)
し重さのある、四角いケースを開いてみれば。
「わー……」
出てきたのは、一本のペン、だった。
ボールペンだろうか。ゴールドがかったローズピンクの軸に描かれた文様は、らしい蝶々だ。
値段はわからない。けれど、食べなどの消えじゃないあたり。
「差しれにしては……重いな?」
思わずそう、呟いてしまったけれど。
さらさらと試し書きを、スケッチブックに走らせて。
さぁ、何を描こうか? と朱葉は思う。朱葉の絵を待つ、桐生のことを思い浮かべながら。
今日も明日も、大晦日も新年も。
この手が、自分のを描くのだ。
これにて第一部を終わります。
章タイトルはこれから考える!!!
皆様応援本當にありがとうございました。
なんの慨もなく、次の話を書きます。
それでは皆様、よいお年を!!(かたくなに日付を見ないようにして)
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