《腐男子先生!!!!!》その2<前編>「はじめては俺がしい」

誰にだって、はじめて、はある。

はじめましての挨拶をする時、まず何から話すといいだろう。

まずは名前。それが基本だ。それから? 所屬だろうか、年齢だろうか。大學生になったばかりの、朱葉は、自分の學部、出高校など、言えることはたくさんあるけれど。なによりも先に語るべきことは。

「ええと……ちなみに、今は……」

「今は……年○○○に連載されてる……××××……」

そう、なによりも、推しジャンルである。

「あ! わかります~!」

「わかります!?」

「わかりますよー! 友達が好きで。よければ、カプは……」

「基本は……××××なんですが、主人公けで……」

「あ! その友達もです!」

「本當ですか~!?」

あ、これ大丈夫なやつだ、と朱葉もとたん相好を崩した。

理解というのは大切だ。すなわち世界平和だといってもいい。

大學サークルの新生勧時期だった。朱葉がることにした漫研サークルは、幽霊部員も含めると百人近くいるのではないかといわれるほどのマンモスサークルで、活はゆるいが大人數ゆえに友達もつくりにくくある。

しかし7対3くらいで男の方が多いために、子は子で集まる傾向にあるようだった。

そして、同じ新生の中でも、仲良くなれそうな人を見つけられた。朱葉が出會ったのは文學部の百瀬《ももせ》という子だった。

「モモって呼んでね」

オシャレなヘアバンドをして、長い髪を流していた。らしいふんわりとした曲線の印象だった。ちなみにジャンルはと聞いたら、「ウフフ」と笑って誤魔化された。「いろいろ、いっぱい」とのこと。

「えっと、モモ……さんは、何か描かれるんですか?」

「うーん、友達のお手伝いで、し……。でも、ほとんど読み専ね」

そう言いながら、目の前の棚に並んだ部誌をとった。

「すごいね、ずっと続いてるんだ」

夏冬に即売會にサークル出展をし、頒布を続けているようだった。現在の部員だけでなく過去の部員も多く買っていくため、刷り部數もそれなりにあるのだろう。しっかりとしたつくりに、朱葉も心する。

それから、自分の高校の文化祭も思い出して、なんだか淡い気持ちになった。

奧付の日付を見て、朱葉は記憶をたどり、數年前の部誌を手にとった。もしかしたら、先生の名前があるかもしれないと思ったから。

けれどやはり桐生は描き手でなかったためか、奧付を見ても名前はなかった。しかし、その中で朱葉の目がとまる。

編集責任・山口マリカ

しかし、「ひっ」と小さく聲をあげたのは、その名前の下にあった、人名リストで。

──以下、今號の〆切破り(提出遅れ順)

「こわ!!!!!!!!!」

思わずんだ朱葉に、後ろを通りかかった勧者が立ち止まる。

「あ、それね」

人の良さそうな先輩が笑いながら、朱葉に説明してくれた。

「有名なんだよ~、その人。めちゃくちゃ人だけどめちゃくちゃ怖い編集委員だったんだって。確か、ついたあだなが……」

『オタサーの魔、だろう?』

深夜の自室で、電話越しに、さらりと桐生がそう言った。

「そう、それ……」

朱葉がベッドに座って、スマホを耳にあてながら言う。最初は普通にメッセージのやりとりをしていたのだけれど、そのうち『帰宅したから』と通話がかかってきたのだ。

まだまだ忙しさで會うことはないけれど、こうした連絡は、ずいぶんこまめにとりあうようになった。

「魔なんですね。普通だったら、オタサーの姫じゃないですか」

『いやー俺もその違いは……よくわからないが……まあ姫ってじじゃなかったな……まあ、おそれられてはいた。〆切破りした原稿に火をつけたことがあるとか……尾ひれがついただけだと思うけど』

「怖すぎる……」

『それで? 早乙くんはそのままサークルにったの?』

「あ、はい。気があいそうな友達も出來たんで……」

『ふーん、男?』

何でもない風を、裝って桐生が聞いた。まあ、裝って、なんだから。裝えてはいなかったわけだけれど。

の子です」

別に噓をつくところでもないので、正直に朱葉が言った。

『そ。新歓は?』

「え、新刊ですか?」

『じゃなくて。ええと。新生歓迎のコンパ。そろそろあるはずだろ、例年通りなら』

「あ、はい。今度、木曜日に……」

『週の中日か。自由だな、大學生』

し、うらやむように、まぶしいものでも見るように、桐生が言う。

『ないと思うけど、大人數になるだろうから、無理にお酒は飲まないように』

突然「先生」みたいなことを言い出すので、朱葉は苦笑する。「飲みませんよ。確かお店が……そもそも飲み放題が、上級生にしかつけないって言ってましたし。今回は會費も部費から出るそうで……」

『まあ、相変わらずか……。まだあの店でやってんのかな』

當時のことを振り返りながら、桐生もいくつか話をしてくれる。その中で、ふと、思い立って朱葉が言った。

「先生も、ハタチになるまでお酒は飲まなかったんですか?」

酔っ払ったりしているところは見たことがないけれど、飲めないわけではないはずだった。(ただ、いつもは深夜アニメリアタイなどがあるから飲んでいる場合じゃないとか云々)

朱葉の問いかけに桐生は『うっ』と詰まって、『ノーコメント』と答えた。

(別に、いいのに……)

ちょっとくらい、未年飲酒したって、言いふらしたりしないのにと朱葉は思う。話をかえようとするかのように、桐生がきく。

『早乙くんはこれまでも、全然?』

「あ、はい。うちは、お母さんのめないし、お父さん仕事でしか飲まないんで」

親戚の集まりなども、車でいくことが多いため、すすめられたことはない。『そうか』と桐生は言ってから、しばらく考えるように沈黙をすると。

『……別に、絶対飲むなと言っているわけじゃないんだけど』

苦しい言い訳をするみたいに、桐生が言う。

『はじめては俺がしい』

え? と朱葉が聞き返す。

頭が、おいつかなくて。イメージが、すぐ、わかなくて。だから。丁寧に、桐生が言い直した。

『最初の酒は、俺が飲ませたい』

わがままですが、と付け加える。

思わず朱葉は言葉に詰まって、返事が出來なかった。

(飲ませ、たいって)

多分、おごりたいとか、そういう意味なんだろうけど。

『あとはじめてのR18絵も是非し』

「はいおやすみなさい!!!!!!」

どさくさにまぎれてやばいリクエストをしようとした桐生をぶった切るように通話を切って。

「~~~~~」

ばたん、とベッドに倒れてスマホを投げる。

別に、何って、わけではないけれど。

これから外で酒をすすめられるたびに、今の言葉を思い出すのかと思ったら。

なんだかまんまと中にはまった気がして、釈然としなかった。

「はじめての○○」編。多分前中後編くらいかな??

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