《腐男子先生!!!!!》その5<中編>「なんでも許せる方向け……」
文庫2巻発売記念の連続更新だよ!
はじめて桐生が、朱葉のことを「朱葉くん」と呼んだのは、いつのことだっただろう?
この時だったっけなぁ、という心當たりもあれば、もしかしたらそれより前だったかも? という気もする。最近でも、まだ、早乙くんと呼ばれたりはするけれど、どちらかといえば、朱葉くん、と呼ばれている。二人の時は。
しだけくすぐったいけど、別に、嫌じゃない。
それにあわせるみたいにして、どこかで、自分も呼び方を変えればよかったのだろうか。でも、なんて?
別に、距離があるから敬語で喋っているわけじゃない。
丁寧にしたい気持ちがあるから。多分、お互いに。尊重をしながら一緒にいたいから。
(桐生くん、ってのは……ないな……同級生じゃああるまいし。桐生さん? まあ、順當かな……。カズくん、ってのだけは、ないかな……)
桐生の、元カノが、彼を今もそう呼んでいることを、知っているから。
そんなことを考えながら、朱葉は日差しの様子をうかがいながら外周から西ホールと東ホールを移していた。
午前中はキングのサークル売り子をし、ご飯をもらって、午後からは自由行だ。一応、帰りは桐生の車に乗せてもらって、みんなでアフターご飯をすることになっている。場所は焼屋だそうだ。なにやら思い出深い。
場列が解放された會場は人でごった返している。きっと一番混み合う時間だろう。
基本的に、午後はソロ活のつもりだった。桐生も自分の狩りがあるし、キング達はコスプレがある。朱葉もチェックしてあるサークルをめぐり、差しれを渡し、本を買う。なじみのサークル仲間は、朱葉の大學合格を喜んでくれたりもした。「冬コミは是非!」と言われると、やっぱり嬉しい。
(申込用紙は買って帰ろう)
そんなことを思いながら、最後に訪れたのはいつもなら來ないジャンルの島だった。とはいえ、友人の夏も好きなジャンルであるので、よく知っているスポーツジャンルだったが。
今日はおつかいではなく、別の目的があってのこと。
「あ、いたいた。おつかれさまー!」
サークルの島中で、パイプ椅子に座って頒布をする、よく知った顔を見つけて、朱葉が手を振る。
「あら、來てくれたの? 嬉しい」
そう言って笑ったのは、大學漫研仲間のモモだった。今日は一段と綺麗に、バカンスのようなオフショルダーのワンピースを著ていた。
大學ではいつも會っているし、明日も漫研の出展のために會うが、コミケでのサークル初參加だという彼の顔をみにきたのだった。
「これ、差しれ。相方さんのも」
冷えたペットボトルを渡すと、「ありがとう。今買いに出てるけど、戻ったらきっと喜ぶわ」とけ取ってくれた。
「禮じゃないけど、よかったら、これ」
爪を綺麗にぬった手で、機の上に置いてあった分厚い同人誌を一冊とって、朱葉に差し出す。「そんな、買うよ!!」と朱葉が慌てる。様式のようなやりとりではあるが、今日は朱葉も代わりに渡せる新刊があるでなし、お金ぐらいは……と財布を出そうとした手を、握られ、そっと本の表紙に重ねられた。
「よかったら參考にして。ね?」
キング達の寫真集とはまた違う、ずっしりとしたA5の小説本だった。200ページはある、と朱葉の同人屋としての直が告げる。しい水面を描くデザイン表紙には、タイトルと、そのタイトルと同じくらい麗に流れる、「Adult Only」の文字。
なお、可い値札には、「モブレ・手有り」と書かれている。
「なんでも許せる方向け……」
思わずそう朱葉が呟く。
「見ますか? どうぞ~」
と、モモが朱葉の後ろに立っていた客を手招きしたので、朱葉が慌てて退く。このまま退散しようかとも思ったが、モモが手招きするので一時、サークルの側にらせてもらった。
買いに出ているという相方の分だろう、パイプ椅子がひとつあいていたので、隣に座らせてもらう。厚かましいとは思ったけれど、スペースの前を塞ぐよりもずっといいことなのは、朱葉もよくわかっているので。
隣では、今來た客がモモに向けてをぶつけている。
「あの、momoさんの! 小説が! すごく! 好きで……!」
そんな風に、言葉を詰まらせながら言う客に、朱葉のも熱くなる。接客をしているモモはニコニコと笑ってその言葉をけ止めている。
「いつも更新も楽しみにしてて……! 今日はご挨拶できて嬉しいです! 作品、ほんとにほんとにほんとに、エロくて……!」
「ハァ~イ、エロで~す」
ありがとうございます、分証確認させていただきます~とモモ。
(手慣れている……)
何をとは言わないが、朱葉が思う。
さすが、『実用書』を書いているだけある。
心したのが、ぽつぽつ現れる客が皆、一直線にやってきて中も確かめずに買っていくことだった。會場で好みのものを見つけて買うのではなく、最初からモモの熱心な読者なのだろう。
すると、またひとり、迷うことなくスペースに歩いてきた影がひとつ。
(また綺麗な人が……)
眉を上げたのは、小綺麗な人も多い向けスペースの島にあっても、特別強いオーラをはなつ人だったからだ。
大きなつばの帽子に、黒く大きなサングラス。甘いかおりの、長い髪。足下は、コミケには不似合いな高いヒールだった。
(あ、れ?)
まばたきと一緒に、既視に襲われる。
相手はつ、っと長い爪で機の端にはってあったスペース番號とサークル名を確認すると、
「この新刊2冊いただけますか?」
凜とした聲でそう言った。
(んんんんんんん?)
朱葉の目が點になる。
「ハーイ、2冊で2600円です~。年齢確認のご協力お願いいたしま~す」
モモの言葉にさっとが、ハイブランドの財布から、代金と免許証を取り出した。
盜み見を、したわけでは、ない。斷じてないのだけれど。そこで、確信を、してしまった。
「マリカ……さん……?」
思わず口からもれた聲に。びくっっっっっと相手のが肩を揺らし。
「ハァ!? なんでいるのよ!?」
ようやく気づいたのだろう。モモの隣に座っている朱葉に、うわずった聲を上げる。
「あら、二人、お友達?」
モモがのんびりとした聲を上げる。
「い、いや友達ってわけじゃ……」
まさか、「彼氏の元カノです」とも言えず、朱葉が口ごもる。
「そ、そうよ! 貴方達こそ!!!」
なんとか威厳を保とうと(けれど手にはしっかり同人誌をけ取りながら)マリカがぶ。
「わたしたち、大學の漫研仲間なんで~す」
モモがそう言って、朱葉の肩を抱き、ニコニコと答える。その返事に、マリカがサングラスの奧で、目をぐるぐると泳がせたのがわかった。
朱葉はマリカとは、卒業してからはじめて會うことになる。
桐生と破局してなお、多分、彼にまだ未練をもっていたであろうマリカとは、一時期険悪であったこともあるが、今はこれといって、悪い印象はない。ただ、もちろん友好的なわけでもなくて、いつもマリカは朱葉の前では、毅然とした、王様然とした姿を崩さないのだが。
「も……momo……さん……?」
震える聲で、マリカがモモに尋ねる。「そうでーす」と何も知らないモモが、楽しげに返事をする。
それから、たっぷり數十秒の沈黙のあとに。
「………………………………ファンです……これ……よろしかったら食べてください……」
小花の散るフランスの高級洋菓子店の紙袋を差し出し、マリカが言った。
かつてはオタサーの魔とおそれられたも。
『神』の前では、のように震える、ひとりの信者だった。
朱葉が呆然とその姿を眺めていると、
「いたいた! 姉~~!!!!!」
いきなり子の人混みを割って、聲がした。
ばっとマリカが顔をあげ、聲のした方にぶ。
「ちょっと、その呼び方やめなさいって言ったでしょう!?」
しかし相手は聞いていないようで。
「イエーイ全部買えたよ!!! 壁制覇!!! ってあれ、委員長じゃん! めっちゃひさしぶりい!」
そう言いながらいそいそノベルティバックを抱えてやってきた、その相手に。
「…………都築くん…………?」
朱葉は重ねて、呆然としてしまうのだった。
三角屋の下では、こんな奇跡が、まれに……いや、ままに、起きたりもする。
夏の奇跡というには、あまりにあまりだと、朱葉は思った。
おわんなかったわ(爽)
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