《腐男子先生!!!!!》その8「ソーシャルディスタンス!!!」
2020年3月15日 ビーズログ文庫アリス版「腐男子先生!!!!!」3巻が刊行されました。これにて文庫版、完結となります。みなさん本當にありがとうございました。そして最後のお話……となるかと思ってるんですが、おや、どうやら雲行きが……?
こんな春がくるなんて、きっと誰も予想はしていなかっただろう。
年明けから、ともすれば年の暮れから不穏なニュースは耳にっていたけれど、それでもそれは海の向こうの話で、いわば遠くで起こっている災害のようなもので、生活の中に浮き上がってくるようなものではなかった。
世の中が本格的に騒がしくなる前に、早乙朱葉は二十歳になり、人式を迎えた。
式典自は小學校や中學校の區割りで行われるため、高校のメンバーに會うことはなかったけれど、夜には高校の同窓會が開かれた。
もちろん主催はお祭り男の都築水生である。
「ねーきりゅせん呼んだんだけど、來てくれないのなんでなんでなんで~!」
鮮やかな髪に袴をあわせて、絵に描いたような人式のチャラ男は二次會のカラオケルームで朱葉にごねた。
朱葉はすでに振り袖をいで、小綺麗なワンピースに著替えていた。
ちなみに、早朝からの著付けは夏とともにレンタルサロンにお願いしたが、式典が終わったあとの撮影と著替えは桐生だけでなくキングと秋尾も現れた。いつものメンバーによる、いつもの撮影會だったが、朱葉はキングの手に、いつもならしていないようなブランドではないリングを見つけて、が熱くなった。閑話休題。
「元生徒の酔っ払い相手なんてしてられないっていってたよ。また改めて、同窓會をすればいいんじゃない」
都築にそう答えながら、本當は、自分が行けば気を遣わせるだけ(そして金を多く払わされるだけ)だと桐生が遠慮していたとこも知っていた。
また同時に、「今は俺と朱葉くんの関係も違うので」噓をつくのも忍びない、というようなことを小さな聲で言っていた。
そうだ、在學中は二人の間は「なんでもなく」、今は、「そう言えば噓になる」と、そういうことだった。
それらのことを察したのか察しなかったのか、「まあいっか。俺らはまた現場で會えるもんね」と都築がカラオケボックスのソファに寢そべりながら言う。
當時から都築と仲のよかった、派手なタイプの子達が、「現場って何~?」と都築に聞く。朱葉が口を開こうとする前に、都築が言う。
「イロイロ」
そしてかかった流行の曲にあわせて、踴り出すために前へ出て行った。朱葉はその、彼の、け流すような反応を見ながら、ああ、都築にとっても、「現場」はわかる人間にしか踏み込まれたくないしわけあいたくない、大事なものになったんだと靜かな慨を得ていた。
そう、自分達は、現場で、會える。そう確かに信じていたのだ、その時は。
春の桐生和人はとにかく忙しい。今年は進級の擔任にあたっているから學準備ほどではないが、春休みの期間が短いこともあり、早春はとかく忙しい。
そんな中でもその年の卒業式を控えたあたりから、世の中のざわつきはあまりに顕著になった。まず影響がではじめたのはありとあらゆる「現場」の自粛だった。自粛、自粛、自粛。世の中がどこに向かおうとしているのかはわからなかったけれど、それでも、どんなことがあっても、しているものが死ぬことはないのだと信じていた。「とにかく金を使え」と桐生は言い続けた。「するものに課金をするのだ! たとえ現場にいけなくても!! それがエンタメを生き延びさせるはずだ!!」そう息巻いていた。
決定打は、もうほんのしで4月を迎えようとする、春のり口に訪れた。
──夏コミ、中止。
駆け巡った決定に対する桐生の衝撃は、筆舌に盡くしがたかった。病人にもこんなに親にはならないという素早さでマンションに駆けつけた朱葉は、玄関先で靴をぬぐこともせず、リビングにうずくまっている桐生に向かってんだ。
「泣かないで、先生……!!!!!」
がばっと顔を上げた桐生が青白い顔のままでび返す。
「ソーシャルディスタンス!!!」
だるまさんがころんだのごとく、朱葉が足を止める。「近寄っては、近寄ってはならないんだ朱葉くん……!」「ま、まあそうなんだけど……」社會的距離をとりながら朱葉が困を隠せない。
その間も突っ伏した桐生からはうめき聲がもれる。
「仕方がない、仕方がないことだ。決定には従う。自分達に出來ることからやる。だが俺の、俺の本が……!!! 買えるはずだった本が……!!」
「先生、諦めないで! まだ通販があるはずよ!」
「通販は!!! ある!!!!」
ダン!!!!! と桐生が床を叩いた。朱葉はちょっとだけ下の階への騒音を気にした。
「だが!!!! 俺は神々をしているからこそ知っているのだ!!」
くわっと目を見開いて桐生がぶ。
「締め切り(イベント)がないと本は、出ないんだよ!!!!!!!!!!!!!!!」
朱葉は思った。
(めっちゃわかる)
彼も神のひとりであったので。心の底からわかったが。
「せめて、せめてぱぴりお先生は帰って絶対に原稿の手を止めないでくれ!!」
その悲痛なびにとりあえず頷いて、とりあえず差しれのコンビニ菓子だけ置いて桐生の部屋を出た。
部屋を出たが、そのまま桐生が追いかけてきた。ぐったりしていたがその手には車の鍵を持っている。
「送る」
エレベーターに乗り込みながらそう言う桐生を見上げて、朱葉が尋ねる。
「ソーシャルディスタンスは?」
「電車に乗せるよりはいいでしょう。はい、マスク」
「どうも……」
二メートルの距離はとれないが、し離れて車に乗り込む。自分もマスクをして深々とため息をつきながら桐生が言う。
「取りしてしまった。失禮した。せっかく來てくれたのに申し訳ない。オリンピックが延期になった時にすでに覚悟は出來ていたが、このコミケ中止で被ったであろう準備會の被害、印刷所の窮地、そしてなにより出ない本のことを考えると…………!!!」
「先生先生、ハンドルが曲がります」
安全運転で、というと桐生が肩を揺らして深呼吸した。
それからしばらく無言で車を走らせると、ぽつりともらした。
「でも、俺達は乗り越えなくちゃいけない」
憔悴した橫顔で、「信じるしかない」と自分に言い聞かせるみたいに続ける。
「俺達のした、虛構《エンタメ》には、現実を乗り越えられるだけの、力があるって」
朱葉は一瞬、隣に座る桐生の手を取ろうとして、社會的距離を思い出し、空中で止めた自分の手を見返した。
「…………きっと、大丈夫だよ」
なぐさめみたいなことを、言ったけれど。まだ大丈夫だって、そうあってしいって、その時はまだ、そう思っていた。
それから、桐生の新學期も、また朱葉の大學の新學期も、結局はじまることはなかった。
5月のイベント中止日にむけたぱぴりお先生の新刊こそ仕上がったが、イベントというイベントはすべて中止となり、とどめとして出されたのは──急事態宣言。
ここより、人同士である桐生と朱葉は、直接會うことが出來なくなる。
こんな春がくるなんて。きっと思いもしなかった。
どうやら語は、もうちょっと続くんじゃ。はやめに更新いたします!!
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