「さて、契約をしたいのだけれどいいかな？」

アレックスは契約魔法の施された羊皮紙をセシルに差し出しながら、問いかけた。

他の屬のように火事や水害、地震、暴風など目に見える形ではなく、誰にも知られることなく要人の拐が行えてしまう空間屬の移転魔法は、防手段がないために危険度は高い。そのため、他屬であれば魔法研究所に所屬する場合だけ契約魔法で契約を結ぶが、空間屬保持者はたとえ魔法研究所に所屬しなくても、契約魔法をかけて使用を制限し、また宗主の命に従うことを了承しないといけない。

めったにないけど、屬國が不穏なことをしているという噂が出たときは、隠的なことをすることはあるからね、とアレックスは笑う。宗主國の一大事であるため、宗主と直接対面して依頼されるが、宗主の依頼が不當と思う場合は斷る権利もある。ただ、斷るにしても宗主にきちんと納得いく拒否理由を告げる必要があるため、事に対して多角的、且つ論理的思考を持つものでないとならないのだ。

実は、空間屬保持者が師弟関係を結ぶには、ただ魔力があるだけではなく、この潛考力の有無が必要になる。わかりやすい一例として、『妖の取替え子』には実は異なる真実があるのでは、などと自分で慮する能力があるかが、本人の格と合わせて弟子と認められる重要な案件なのだとアレックスは告げる。

そのためにあえて、百年に一、二度、空間屬保持者たちが力を合わせて、わざと『妖の取替え子』事件を起こしているというのが真相であったりする。事前に両家の両親の格や家の配置、子供の就寢時間等の確認、及び事後のフォローもあるので、実は『妖の取替え子』事件を起こすのはかなり大掛かりな手間と仕掛けを必要とする、外部に知られることのない魔法研究所の一大イベントである。

「だから、セシルが早い時點で『妖の取替え子』の真実にたどり著いていたことが嬉しくて」

そうでないと、セシルの前に現れることが出來なかったんだよ、とアレックスは小さく笑った。

危険思想なしのアピールとして大人しくしているだけでは駄目だったことにセシルは衝撃をけたが、自分がしっかり學んで考えて『妖の取替え子』の真実にたどり著くことが出來たからこそ、弟子として認めてもらえたのだとセシルは自分で自分をよくやったと褒めたくなった。

先ほどアレックスが告げた容が羊皮紙に箇條書きで記載されている。セシルはしっかりと容を確認すると、丁寧に自分の名前を署名した。セシルが師として了承署名をその下に追記し、印を紡ぐ。羊皮紙が一瞬虹に淡くり、契約の完了を示した。

それからアレックスは、自分の仕事の用事がない日は夜更けに現れるようになった。時間が遅いため、一日に教える時間はあまりとれないが、空間屬について、理論や系をセシルが理解しやすいようかみ砕いてゆっくり教えていく。

空間屬の名の通り、空間屬による魔法とは空間に裂け目をれることが基本である。この空間の亀裂のサイズは、魔力量により財布程度から窟程度までさまざまで、人の移を行う場合は、自分を一旦空間の裂け目の中にれることが必要となる。それなりの魔力量が必要となるため、人の移ができる空間屬保持者は実はあまり多くはない。また、自由にどこにでも行けるわけでなく、自分の持ちかなにか目印になるものが移先にないと、空間の裂け目から移先に出ることが出來ない。

実は空間魔法は発するには々制約があるため、宗主國にいるアレックスがセシルのところへ様子を見に來ることが出來るようになったのは、セシルが縁魔法を行った日より１年近くも経っていたという。理由は、ルーベルグが辺境の小國であったから。過去の空間魔法保持者は、ここまで遠方ではなかったらしい。知り合いの行商人―――濁していたから宗主國の影か暗部の人かも、とセシルは推察し、あまり聞いてはいけないことだと言葉を飲み込む―――から々な伝手を使って、ラウンディード伯爵家までたどり著くよう手を盡くしてくれたのだとか。