《婚約破棄された『妖の取替え子』》アレックスの畫策<1>
卒業式から遡ること3ヶ月、ルーベルグの神長あてに主神殿から書簡が屆いていた。わざと判りにくい言い回しではあるが、要約すると『異質』と言われた魔力を魔法研究所で解析した結果、複數屬が絡み合っていることが判明し、その絡まり合は個々に異なると思われるため、今後『異質』と思われる魔力が現れた場合は、解析及び師については魔法研究所が立ち會う必要あり。また、絡まり合が複雑であるため実際に魔法を行使できる確率はかなり低いと思われる、といった容である。
つまり、ルーベルグの神長がセシルを『妖の取替え子』としたことは誤りであるとの見解を記した書簡である。が、その書簡が重要書類のをなしていなかったことから神長はこの書簡を捨て置いた。高齢な神長は、13年前に自分の下した判斷については既に忘卻の彼方であった。屬のみが集まる神殿はあくまで治癒や契約、そして登録するための場所であり、登録された人間がそれ以降どのような生活を送っているかなどは業務外のため、日々のあれこれに埋沒していったのである。自分が『異質』と判斷を下したことによって、以後その子供の人生がどのように暗転していったかなど神長は気にも留めていなかった。なにより、高齢すぎて數年前から満足に実務に攜わることもできないほど耄碌していたが、それでも後進に道を譲ることを潔しとせずただ肩書だけで生活していた神長は、このような書簡など真面目に読んですらいなかった。
この書簡の容は、セシルがアレックスの話を聞いて、今後現れる空間屬保持者が病死とされるようなことがないようにと考え出した案の集大である。アレックスもその師も以前から何とかできないかと思ってはいたが、良い対策を思いつくことが出來ずに保留となっていた。もっとも、屬の詐稱を行おうという突飛な案を出すことが出來たのは、セシルが辺境の出であったことが大きい。宗主國及びその近隣出者では、今現在魔法の解析を行えるのは魔法研究所しかないという當たり前の事実をすっかり失念していたからである。昔こそ各地に魔法研究所支部があり新たな魔法を求めて研鑽に勵んでいた時代があったものの、今現在は魔法狂いあるいは魔法馬鹿と呼ばれるほど魔法に傾倒している、突出した魔力持ちたちの巣窟である宗主國の魔法研究所こそが、魔法を解析・研鑽できる場所であり、また過去の文獻をもとに新たな魔法を模索する唯一無二の場所であった。アレックスたちはあまりに魔法研究所が近にありすぎ、それ以外の場所では師の水準がかなり低下していて、魔法解析を行えるレベルの者などいないという厳然たる事実に気が付かなかった。主神殿が空間屬の魔力質の詐稱に許可さえ出してくれれば、その判明は他の誰にもできないということに。
空間屬という屬ではなく既存の屬であるが複數絡み合っているという形とすることで異質扱いされずに済み、さらに絡まり度合いを個々に異なるとすることで、魔法研究所が師として現れる理由も付けられる。魔力から魔法への変換もほぼ不可能としておけば、屬を聞かれた場合にごまかしやすく、また理解度が足りず弟子にできない場合でも問題がないのではないか等々。セシルの原案を魔法研究所に持ち帰って議論を重ね、空間屬保持者を今後病死とさせないための詭弁ともいえる方法を主神殿、そして宗主と話をつけたアレックスは―――さすがに宗主國宰相子息の力は伊達ではないらしい―――、主神殿からルーベルグに書簡を出させることに功した。あえて大々的な通達ではなく、事務書類的なじで出すことにより、ルーベルグの神長が捨て置くことを期待してのことである。
そしてその期待通り、ルーベルグ神長からルーベルグ王家及びラウンディード伯爵家に何も通達はされなかった。
セシルの卒業後に改めて、主神殿から今度は全神殿宛に今度は最重要書簡として送付されるので、その際にきっとルーベルグは騒ぎになるだろう、とアレックスは暗く嗤う。伯爵家はセシルが本當に自分の娘であったことをその時に初めて知ることになる。一どれほど後悔するのだろうか。必要であれば伯爵家の嘆くさまをセシルに聞かせてやろう。しでもセシルのめになるように。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。
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