《婚約破棄された『妖の取替え子』》卒業パーティを抜けて
卒業パーティ會場である講堂から、その表を見られないよう俯きがちに教室の方へ進むセシル。會場へ向かう父兄たちとすれ違う際にはあくまで楚々とした様子を崩さずに顔を下げゆっくりと弱々し気に歩き、人気がないのを確認して空き教室に飛び込んだ。
そして、再度周りに人がいないことを確認してから、パーティ用ドレスから収納魔法で取り出した制服へ著替える。もともとこのパーティに參加が遅くなったのも、パーティ用ドレスを一人で著付けていたからだ。本來であれば、制服で卒業式を迎えた後、それぞれ一旦帰宅または寮生活者は寮にメイドを待たせるなどして著替えてパーティ會場へと向かう。伯爵家のタウンハウスに帰ったところで専用のメイドもいないセシルは、王太子の婚約者として壇上に上がる可能があるからと何とか伯爵家から購だけはしてもらっていたドレスを持ち込み―――婚約者からのドレスや裝飾品のプレゼントなどは勿論ない、ちなみに今まで一度も何かしら贈られたことはないし、しいとも思っていないが―――、誰にも見られないよう一人で著付けから髪のアップまでやっていたのだ。出來上がりが多野暮ったいのも時間がかかったのも、プロの手を一切借りていないため仕方がないことであった。
髪飾りはすべて外し、複雑に編み込んでいた髪をゆっくり解いていく。くせでうねり易い髪を何度も梳いてある程度はねを抑えてから、ハーフアップにして小振りのバレッタで留める。先が多ふわふわしているが、いつもの制服姿のセシルの出來上がりだ。
空き教室にドレスと髪飾りをそのまま殘し―――つまりはひとりで著替えを行ったのだと、伯爵家は著替えのメイドすらよこしていないという痕跡を明らかにして―――、セシルは制服のまま外へと出ていった。
學園の周りは學園街と呼ばれる、平民の裕福層に向けた小売店が立ち並ぶ。貴族は基本馬車で素通りする場所であるが、平民の場合は徒歩での移が主のため、商人の子息らも通う學園街は彼らが良いお得意さんとなってくれるので、かなりにぎわっている場所である。時には貴族の子息もお忍びと稱して友人たちと連れ立って買いをすることも多いため、平民が多い場所のわりにかなり治安が良い地區である。
本當であれば、學園街を抜けて神殿へと向かうべきなのかもしれない。けれどセシルは既に王太子から貴族籍剝奪を申し付けられた。ならば、あえて自分で神殿に貴族籍返還の手続きをしに行く必要はないはず。そう考えてセシルは、ある程度制服姿の存在を印象付けながら、學園街から最終的なアレックスとの待ち合わせ場所である森へと向かう。
萬が一、後で捜索が行われた際、學園にぎ捨てられたドレスからセシルが著替えたことはわかるだろうし、その後學園街を制服で森方向へ歩く姿が目撃されれば、そのまま森へったと容易に推測できるはず。そして、森で死も見つからず行方知れずとなれば、それこそ『妖の連れ去り』―――妖が気にった子供を妖界へと連れていき、帰還はほぼ葉わないといわれているため、推定死亡扱いとなる―――現象の出來上がりだ。妖の名を冠するこういった現象をして妖が悪戯好きと恐れられる所以ではあるが、今回はこれを利用させてもらおう、とセシルは考えている。
『妖の取替え子』と言われて育ったセシルは、実はかなり妖という言葉に恨みを持っている。だからこそ、逆に妖に連れていかれたことにしてしまえと思ったのだ。その上で、セシルが妖の取替え子でなかったことが判明すれば、伯爵家の人々は、一どう思うだろう?
セシルは今からその結果が楽しみで仕方がない。
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學園街の外れはかなり人通りがなくなってきている。夕方の薄闇が立ち込めはじめ、行き過ぎる相手の顔も見えづらい。學園街を抜けた先の治安に関しては貴族のセシルにとっては未知數だ。そもそも學園街ですら、セシルは今まで立ちったことがなかった。タウンハウスと學園と王太子妃教育のための王宮、王都へ出てきてセシルが行ったことがあるのはこの三ヶ所だけだ。それも馬車で。
だから學園街についても、食堂や中庭などで一人晝食をとっている際に周りで話しているのが聞こえる程度―――護衛もなしに學園街へ繰り出した令息たちの自慢話や、し離れたところに護衛を置いて友人たちだけでカフェを楽しんだ令嬢たちの話など―――で、學園街の治安が本當に安全かどうかを実際に験したことがなく、心臓がバクバクしている。無意識に、セシルの足取りがどんどん早くなっていく…。
「大丈夫。迎えに來たよ」
すっとセシルの隣に人が並んだ。いつでもセシルを守ってくれる優しい聲が、張していたセシルの全を弛緩させる。
「ちょうど人が途切れたからね。運がよかった」
アレックスはしっかりとセシルの手を握り、再度周りに人がいないことを確認しながら小さく詠唱をする。そうして、そのまま二人は闇に溶けた。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。
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