「サイラム先生。私、そんなにですか？」

その質問は意表をついていた。

思わず笑いそうになったけれど、リリー・アレナがあまりにも真剣な顔だったので、私は慌てて笑いを抑えた。

私はアズトール伯爵家の分家の出だ。だから子供のような姿のリリー・アレナとも親戚と言えなくもない。

ただし、生母が分家出だったタヴィア……オクタヴィアとはそれなりに近いけれど、リリーとの縁はかなり遠い。

リリーの母親は、アズトール家との縁はほとんどない人だったから。

全く縁がないわけではない。古い時代の、かな盟約がある。

でもそれははるか昔の話で、私たちの時代には何の意味がないものだった。……そのはずだった。

表向き、リリーはアズトール伯爵の庶出の次だ。でも次期當主であるオクタヴィアよりも古いを引いている。

リリー自は、そういう古い時代の話は全く知らないし、全く縁のない子なのだけれど。

そんなリリーが、深刻な顔で私に質問をしてきた。

かどうか、というのはそんなに重要なことなのだろうか。

リリー・アレナは、とてもしい顔立ちをしている。それは紛れもない事実だ。黙って座っていれば誰もが振り返るような、母親譲りのなのだ。

私はゆっくりと一呼吸を置いて、微笑みを浮かべた。

「リリーが可らしい姿をしていることで、何か問題があるのかな？」

「すごく問題があります。言いにくいんですけど……王都の男ども、じゃなくて男たちは私の顔にすぐフラフラしているというか」

「……ああ、そういうことか」

私はやっと納得した。

リリー・アレナはとてもしい。でもただしいだけではない。白い髪が示す通り、リリーは資質的には先祖返りをしている。

だから、アズトール伯爵もオクタヴィアも、リリーを外に出すことにとても慎重だった。

アズトール領は特殊な地だ。

だから、リリーに魅了される男の割合は低い。全くいないわけではないけれど、しばらく時間を置けば冷靜さを取り戻すことがほとんどだ。

でも、王都は違う。

この地はアズトール領とは全く違う。あらゆる要素が薄く、魅了を阻害するものもない。だから、突然リリーに夢中になってしまう男たちが出てしまうことはあり得ることだ。

リリーは、なぜそうなるかの本當の理由を知らない。

神の長との長が噛み合わなくて心配していたけれど、自意識がしっかりしているせいか、それほど不安定なところはない。

だから、そろそろ真相を知らされるだろうけれど。

私はし考えてから口を開いた。

「そうだな。……ここは君のことをよく知らない人が多いだろう？　だから、慣れていないんじゃないかな」

「慣れていないだけ？」

「それだけではないけれど、リリーがこの地に馴染んだ頃には、もうし生活しやすくなると思うよ」

「そうだったらいいな。……早くあの方も正気になってくれればいいのに」

「あの方？」

「あ、その、ローナ様のお兄様とか、なんとか伯爵様とかだよ」

リリーは一瞬口籠もってから、こそっとささやいた。

ああ、その二人の話は聞いている。

どちらも力のある貴族だから、対応が難しい。でも今のところ危険なわけではないとも聞いている。

念のため、気をつけておこう。

私は白い髪をでながら、リリーの細い首を見た。

首から下げた細い鎖は、護用の魔道に繋がっている。これがあれば、大怪我をすることはない。その範囲かられた傷は、私が癒してあげられる。

しかし、位置確認の魔道はに付けていないようだ。

もっと軽くて、リリーがにつけるのを嫌がらないような魔道を開発できればいいのだが。

リリーは無意識のうちに、魔道の魔力を察知して「不快」とじてしまう。不快と判斷したものは、どんなに口煩く言っても、タヴィアが懇願しても絶対ににつけようとはしない。

これも先祖返りのせいなのだろう。

「リリー。本當に不快なことがあったら、必ず私に言うんだよ。私に言いにくかったら、タヴィアでもメイドでもいい。誰かに言って、助けを求めなさい。相談するだけでもいい」

「うん、わかっているよ。今のところ困ったことにはなっていないし、相談相手もいるから！」

「そうか」

リリーの笑顔は明るくて、私は安心してしまった。

相談相手がいると聞いても、メイドかオクタヴィアのことだろうと思ったのだ。

だから……私はし事態を甘く見過ぎていた。リリー・アレナは私たちが思っている以上に我慢強い子だったのだ。

◇

その日、予定よりも早い帰宅に屋敷は騒然となっていた。

迎えに出たメイドは、オクタヴィアの表を見て慌てて私を呼びに來た。

私が駆けつけると、厳しい顔をしたタヴィアはまだ夜會用のドレスを著たままだった。でもリリーはいない。

嫌な予がして、私はかに深呼吸をしてから問いかけた。

「何かあったのかい？」

「ゼンフィール家との縁組は止めることにしました」

オクタヴィアの聲はかった。

でもそれ以上に、リリーの前はとてもらかくなる紫の目が、アズトール伯爵を思わせる冷ややかなをたたえている。

一方、私は顔が強張るのをじた。

し前の、リリーの質問を思い出したから。

あの時、ゼンフィール侯爵次男の名前は出なかった。でもリリーは遠慮していたのだ。本當に深刻な相手の名前は口にしなかった。もっとも危険で、でももっとも重要な相手だから、と判斷して。

天真爛漫なようで、リリー・アレナはとても我慢強い子だ。

「……何があったのですか」

「先生がご心配になっているようなことは、何も。ただし、あの男が不埒な振る舞いをしかけたようです。あの子はぎりぎりまで我慢していたようですが、幸いなことに、ノルワーズ公爵閣下に助けていただきました。……あの方でなければ、リリーが不名譽な噂の的になるところでした」

吐き捨てるようにつぶやき、ぎりりと歯を食いしばった。

アズトール伯爵ならば剣を抜いているような、そんな激しい怒りをめた橫顔だった。

助けてもらったのか。

よかった。

でも……ノルワーズ公爵閣下とは、また大に救われたものだ。

そう口にすると、オクタヴィアはふと困したような顔になった。

「どうやら、リリーは以前から公爵閣下と知り合いだったようなのです。……どういう縁で知り合ったのかは、教えてくれなかったわ。だから、先生、それとなくリリーに聞いていてくれませんか。私には言えないことも、先生の前では言うかもしれないから」

「もし、聞き出せたらすぐに報告するよ。……ああ、それより、君も座った方がいい。溫かいお茶があるよ」

私がそういうと、ようやくオクタヴィアの表がらかくなった。

背中を押すように椅子に座らせ、メイドが用意したお茶を手渡した。私も隣に座ってお茶を飲む。

夜だから、お茶はハーブ茶だ。

実はハーブ茶はあまり得意ではない。でも私が一緒に飲むと、タヴィアも自然に飲むことができるのではないかと思ったのだ。

香りは好きだ。

だがこの獨特の風味は、薬と思えば飲みやすいのだけれどね……。

私は顔をししかめてしまったのかもしれない。いつの間にか私を見ていたタヴィアは、ふわりと微笑んだ。

いつもリリーが「この世で最もしい」と手放しで絶賛する微笑みで……私も思わず見惚れてしまった。

しかし、今は私のかな想いに囚われている場合ではない。

お茶を飲み終えた後、私たちは駆けつけた家令と共にゼンフィール侯爵次男との婚約破棄について話し合った。