《辺境育ちな猿百合令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれました。どうやら王都の男どもの目は節らしい〜》(29)魔力貧者の哀しみ

◇ ◇ ◇

「オクタヴィアお嬢様。申し訳ございませぬ! 我々が力不足すぎました……!」

アズトール伯爵家に仕える二人の魔導師が、悲壯な顔でひれ伏していた。

一人は、いつもは淡々と職務をこなす真っ白な髪と髭が素敵な魔導師のリネロスおじいちゃん。もう一人は、昔から私のことを「チビ嬢ちゃん」と呼ぶ金髪と白い歯がまぶしいイケオジな魔導師ロイカーおじさんだ。

どちらもとても優秀な魔導師で、だからこんなふうにひれ伏す姿なんて想像したこともなかった。

この二人に非はない。

悪いのはおじいちゃんでもイケオジでもなく、私なのだ。

「リリーお嬢様に魔力の使い方を教えることができないなんて……なんとお詫びをすればいいのやら」

「あの、おじいちゃんたちは全く悪くないと思うよ?」

「何をおっしゃる! 我らはアズトール家にお仕えする。なのに、リリーお嬢様のを守るための魔を教えることができないなど、伯爵家の筆頭魔導師として失格です。今すぐにでも地位を返上させていただきたい!」

「いやいや、そこまでしなくても。ねぇ、お姉様?」

「そ、そうよ。リネロスが辭めてしまったら、アズトール家の魔導力が激減してしまいます」

お姉様はそう言って留しているけど、オクタヴィアお姉様の顔も悪い。

私と目を合わせてくれない。

……參ったな。

私は場の空気を変えてもらおうと、イケオジ魔導師様に目配せを送ろうとした。でも目を向けた途端に、愕然としてしまった。

「……えっ。なぜロイカーおじさんは泣いているのっ?」

「すまん、チビ嬢ちゃん。領地であれだけ面倒を見てやってたのに、俺は嬢ちゃんに魔力の使い方を教えてやれなかった。まさか魔に転じることができるほどの魔力が殘っていたなんて……いや、知ってしまった今も、魔を発させる方法を教えることができない! もうし俺が魔力不足で悩んだことがあれば、いいアドバイスができただろうにっ!」

……ロイカーおじさん。自慢するのか、嘆いているのか、どっちかにしてくださいよ。

まあ、仕方がないけどね。

私のように魔力がない相手に、魔の発方法を教えるなんてしたことがないのだから。

ついでに言うと、オクタヴィアお姉様も魔力量が大きくて、低レベル魔法で苦労したことはないはずだ。

……そうか、あの顔は困しているのか。

そんなに気にしなくてもいいんですよ。……困顔のお姉様はとてもおしいけど、なんだか心苦しいです。

◇ ◇ ◇

「……というじで、私ほど魔力がほぼゼロな人は滅多にいないせいか、どう教えていいかわからないらしいんですよ」

私が今朝の話をすると、お兄さんは手を口元に運んで目を逸らしてしまった。

お兄さんまで困しなくても……って、もしかして笑ってます? まあ、いいですけど。

私は気を取り直して話を続けた。

「魔力をゆっくりと貯めて、とか、手のひらに移していくイメージで、とか言われても、スプーン一杯分しかない水を鍋の側全に広げていくくらいの難易度だと思うんですよ」

「……そうかもしれないな」

「普通の人は、その鍋をまず冷やしてから水をれるから、量がなくてもいいんです。でも私の場合は鍋を冷やすことがまずできないから、どんどん蒸発してさらに水が減っていくじで……」

「いい例えだ」

「それなら鍋を冷やせばいいんですが、私の場合はそれだけで魔力全部を使い込んでしまうんですよね」

「……ふむ」

お兄さんは小さく頷いて、そのまま黙り込んでしまった。

もう笑いの発作は収まったらしい。口元から手を離して、何かを忙しく考えているようだった。

これは、しばらくかかりそうだ。

私はそろそろといて、お兄さんの手元にあった新たなお菓子の包みに手をばした。そろり、そろりと手をばし、あとし……!というときに、手首を摑まれてしまった。

「あ、ごめんなさい。ただの出來心です!」

「菓子なら後で食べさせてやるから、腕を出せ」

「え? もう捕まってますよ?」

「いいから袖をまくって腕を出せ。それとも、私を子供のを無理やり出させる変態にする気か?」

じろりと睨まれたので、大人しく袖口の紐を緩めて腕を剝き出しにした。

うーん、私の腕、細いなぁ……。

オクタヴィアお姉様の腕はもっとしなやかで優しげで、とても魅力的なのに……。

そんなことを考えていたら、お兄さんは遠慮なく腕を浮かんで、指先をにつけると、何かの模様を描くようにかし始めた。

「く、くすぐったい!」

「じっとしていろ。歪むと効果が薄れる」

「……歪むとは?」

「ああ、そう言えば見えないんだったな。古代魔導文字だ。魔力を使って書き込んでいる。普通はお守り程度の効果しか期待できないが、お前には十分な効力を発揮するだろう」

お兄さんは私の腕から目を外さずに、でも答えてくれた。

やっぱりこの人は優しい。

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