《辺境育ちな猿百合令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれました。どうやら王都の男どもの目は節らしい〜》(30)守り

「お前の魔力は、確かに極めて希薄だ。だがゼロではないぞ。確実にかなりの魔力がある」

「でも、誰もそんなこと言ってくれませんよ?」

「私の目には魔力が見えている。なのに魔力がゼロと言うから、おかしいと思っていたんだ。上手く発できないだけなら、あらかじめ場を作っておくことで発が可能になるはずだ。……お前の例えで言えば、鍋を冷やすところまでは私の魔力が代行する」

なるほど。

私の補助をしてくれる魔ということか。

「まず慣れろ。魔力の使い方を習得できれば、魔道も利用できるようになるし、最低限の魔が使えるようになる」

「え、本當に?」

「おそらくな。……だが、お前は集中力を養う方が先かもしれないな。とにかく、一回功すれば上手くいくようになる。お前は理論より実踐で覚えろ」

そう言って、手を止めた。

どうやら古代魔導文字とやらを書き終えたようだ。それで出來上がりかと思ったら、お兄さんはいきなり短剣を抜きた。

「えっ?」

「お前を傷つけるわけではないから、くな」

そう言うと、お兄さんは自分の指に淺く傷をつけた。

細い傷にがにじみ、じわりと赤い玉のように膨れ上がる。それを見ながら、お兄さんは何かをつぶやいた。水の目が金に輝き、の玉も金ったように見えた。

に鈍く輝く指先を、見えない文字があるはずの腕にれてかした。が殘り、でもすぐに見えなくなっていた。まるで一気に蒸発したように消えた。

「あの、いったい何が……?」

「私の力をし殘した」

えっと。

魔力で古代魔導文字を書いて、その上に魔力とを混ぜたを広げた、ということは。

「つまり、魔力の刺青みたいなじですか?」

「それに近いかもしれないな。魔道の類をにつけずに出歩くお前には合っているはずだ」

……護用の魔道を置いていく癖があることがバレている?

なぜバレた。

「領地でも、ほとんどに付けていなかったんだろう?」

「あ、はい。でも一応、最低限のものはにつけているんですよ!」

「そうだろうな。お前の思考の中に過去の行いが見えたが、あれが本當なら傷が全く殘っていないのはありえない」

あらら。見られたのか。

でも私の玉のおを守ってくれたのは、お姉様が用意してくれた魔道だけではないのだ。

「実は、我が伯爵家には腕の良い治癒師がいるんです」

「治癒師がいるのか。珍しいな」

「そうなんですよ! 一族の人で、まだ若いのにとても才能があって、昔から私の怪我を治してくれたんです! だから私も安心して猿百合を採りに行けました!」

「……猿百合?」

お兄さんが首を傾げた。

それに何となく興味を持ってくれているような……まるで山奧から草を取って帰った時のロイカーおじさんみたいだ。

ああ、そうか。お兄さんも魔導師さま。もしかして、學問的好奇心には勝てない人ですか?

領地にいるときは、ロイカーおじさんに叱られそうなくらい遅くなる時は、その辺の草を持って帰ってごまかそうとした。その辺と言っても、森の中の草だからかなり珍しいらしくて、ロイカーおじさんはいつも喜んでくれた。まあ、結局は叱られたけど。

……そんな過去はともかく。

私はちょっとを張って説明した。

「切り立った崖に生える百合の一種で、球が他の百合より味しいんです。こう、縄を使って上から降りていくんですよ。普通は猿しか取りにいけないから、猿百合っていうんです! あ、猿は知ってます? 王都生まれのメイドは知らない人が多いみたいですけど」

「猿は一度見たことはあるが、お前の記憶の中の猿とは違うようだ。そういう種類もいるのか。……だが、それで猿百合姫か。顔だけはいいにしても、お前が百合姫と言われるというのは納得できなかったのだが」

「あれ? よくご存じで」

「関わってしまったからな。一通りは調べている。……しかし、お前のせいで腕が磨かれた者は多そうだな。気の毒なことだ」

小さく頭を振ったお兄さんは低くつぶやく。

でも私の袖を元通りにばして、袖口の紐を綺麗に結び直してくれた。

お兄さん、わりとひどい事を言っているけど、さり気なく優しい。口元もらかくなっている。やはりオクタヴィアお姉様と結婚してほしいなぁ……。

と考えた途端、お兄さんは思い切り嫌そうな顔をして私をぐいと押して遠ざけてしまった。

……チッ。

まだ、お姉さまの話はしていませんよ!

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