お父様の紫の目は、お姉様と同じだ。でも研ぎ澄まされた刃を突きつけられているようで、見つめられると冷たい汗が背中を流れていく。

……怖い。

でもそれ以上に、あの紫の目に落膽のが浮かぶのが怖い。二年ぶりのお父様は、私を見て昔のようにため息をつくのだろうか。

そう考え始めると頭が真っ白になる。足が震え、私はぎゅっと手を握りしめ……ふと、水の目を思い出した。

腕に刻み込んでもらったお守りのことも思い出して、そっと右の手で左の腕をれる。

なぜそんなことをしたのかは、わからない。でも、し気持ちが呼吸が楽にできるようになった。

「……お、お久しぶりです、お父様」

聲は震えていたが、なんとか言葉になった。

私は伯爵令嬢に相応しい形の禮をする。屋敷を抜け出した格好のままだから、私は馬丁見習いの年のような姿だ。それにまだ足が震えているから、あまりしい形にはならなかったと思う。でも、恐る恐る顔をあげると、お父様はまだ私をじっと見つめていた。

まだ、ため息はつかれていない。

落膽の表もない。

もしかして……しは合格點に近かったのかな？

固唾を飲みながら反応を待っていると、お父様は私を見つめたまま丹念に整えた顎髭にれた。

「抜け出したと聞いて、昔のままかと覚悟したが……外見はし長しているようだな」

低くつぶやき、それからおもむろに両手を脇の下にれて、私をひょいと持ち上げた。

小さくて細いままの私は、簡単に高々と浮かんでしまった。

「お、お父様っ？」

「……まだ軽すぎるな。王都の食事は口に合っているか？」

「え？　あ、はい。とても味しいです」

「そうか。ならば調はどうだ？　が重かったり怠くなるようなことはないか？」

「毎日元気です……けど」

え？　なぜこんな質問をされているの？

元気いっぱいに塀を乗り越えるし、壁をよじ登るし、木にも登ってますが……そんなことも正直に告白しておくべきなのかな。

いや、もしかしたらお父様のことだから、深い意味を込めているのかもしれない。どうしよう。私には意図が全くわからない。

宙に浮いたままの足がぶらぶらと揺れて頼りない。

それに、脇と肩が痛い。

こんな風に抱き上げられたのは久しぶりすぎて、そろそろが辛い。

……なんだかお兄さんに首の後ろを摑まれた貓のようだ。貓たちもこんな気分だったのだろうか。貓ではなくて魔獣だけど。

一人で混していると、お姉様がため息をついた。

「お父様。リリーはもう十六歳です。子供の年齢ではありませんよ。下ろしてあげてください。……それに、もし調に異変があるのなら、屋敷を抜け出して裏道を走り回ったりしません」

「ふむ。それもそうか」

お父様はやっと納得したのか、私を地面に下ろした。

……自分の足で、しっかり立つことのできるありがたさを思い知ってしまった。

長は人の平均からは遠いものの、私は健康だ。筋がついている分、見た目のわりにそこそこの重がある。なのにお父様は私を抱き上げ続けたのに、しも疲労していない。

さすが武闘派で名高いアズトール伯爵。外見は端正な人なのに、麗な貴族の裝の下には衰え知らずのが隠れているらしい。

まだ揺がおさまらずにドキドキしていたら、頭に何か重いものが載った。

目を挙げると、太い腕が見えた。頭に載っているのはお父様の手のようだ。私の心臓はまた大きくれた。

驚きを隠せない私を、お父様はまたじっと見ている。

思わず呼吸も忘れて立ち盡くしていると、頭に乗った大きな手がいた。……頭をでられている。やっとそう気付いた。

「中にれ。そろそろ食事の時間だ」

「は、はい」

私が頷くと、大きな手はもう一度くしゃりと頭をでて離れていった。

お父様はそのまま背を向けて屋敷へと戻っていく。

その広い背中を呆然と見送っていると、お姉さまがため息をついた。

「全く、もっと素直に可がればよろしいのに」

「……あの、お姉さま。今、お父様に……頭を……頭を……」

お姉様にそう言いかけて、私は言葉を続けられずにうつむいた。

頭をでられたと思ったのは、もしかしたら私の勝手な思い込みじゃないか。頭に手が乗ったこと自が、私の想像だった気がしてくる。

私は……お父様に、そんなことをしてもらったことがないから。

そんな私に、お姉様は腰をかがめて覗き込むようにして微笑んでくれた。

「お父様は、時々あなたの頭をでていたわよ。……リリーは起きている間はじっとしていないから、いつも寢った後だったけれど」

「……本當に？」

「そのうち、いろいろ話してあげるわ。さあ、中にりましょう。お父様にたくさん食べる姿を見せて、安心させてあげましょう」

「…………はい」

やっと笑い返すことができた。

オクタヴィアお姉様もとても優しく笑ってくれて、まるで領地にいた頃のように私の手を引いてくれた。