《辺境育ちな猿百合令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれました。どうやら王都の男どもの目は節らしい〜》(44)解決?

「リリー! 無事でよかった! 守りきれなくて悪かった!」

猛然と走ってきたお父様が、私をぎゅうぎゅうに抱き締めている。し、いや、かなり苦しい!

でも私は、それを訴えることができなかった。だってお父様は……泣いているのだ。

何が起こっているのだろう。

私を抱きしめているこの人は、誰なの?

本當にお父様なの? なぜ泣いているの? ……なぜ私を抱きしめて震えているの?

私は呆然としてしまって、なすがままになっていた。

自由にくのは目だけだから、お兄さんに救いを求めようとした。

でも薄にもお兄さんは助けてくれなかった。しだけ微笑みを返してくれただけだった。

救いの手を差しべてくれたのは、最のお姉様だった。

「お父様。そろそろリリーを解放してあげてください」

「……いやだ。リリーがこんなに大人しくしているなんて初めてじゃないか」

「もう、お父様ったら。……ね、リリー。お父様は本當はこんなにリリーが大切で大切でたまらないのよ」

お姉様は苦笑しながら、そっとささやいてくれた。でもそのお姉様の言葉を私は初めて疑ってしまった。

だって、私はお母様が亡くなるまでずっと外にいて、アズトール家に引き取られからもお父様はいつもため息を吐いていて……でも私、本當はお父様に大切に思ってもらえていたの?

出來損ないとか思われていないの?

もしそうなら……本當にそうなら、とても嬉しい。だから……お姉様の言葉を、いつものように信じていいの?

お姉様が微笑みながら頷いてくれた。

だから私は、そっとお父様の背中に手を回してみた。お父様のが大きくて、私が手をばしても脇腹からし奧にいくくらいまでしか屆かない。

でも一杯に手をばして、お父様に抱きついた。お父様のはまるでたちのように筋質で、とても溫かかった。

結局、オクタヴィアお姉様が引き離してくれたけど。びしょびしょに泣いていたお父様は、私がハンカチを差し出すと、とても嬉しそうにけ取って顔を拭いていた。

お父様って、そういえば涙もろかったな。百合料理の時、いつも涙ぐんでいたんだった。

何だか可い人だなぁと思っていたら、お兄さんにため息をつかれてしまった。あのため息は誰に対してのものだったのだろう。私? それともお父様?

ちょっと気になったけど、お兄さんはその後はずっといつもの表の薄い冷たい顔になっている。

今回の顛末を説明しているからだ。

そしてし前まで泣きまくっていたお父様も、別人のように厳しい顔で話を聞いている。私がよく知っている領主の顔だ。

厳しい顔というと、オクタヴィアお姉様もそうだった。お父様がセレイス様を切り刻みそうな顔とすると、お姉様は素手で引き裂きそうな顔というか。

とにかく厳しくて怖い雰囲気になっていた。ちょっと怖いけど、こういうお姉さまもおしい!

そんな空気の中、私は一人でリグの果を食べている。

それも、こんなにたくさんお皿に盛ってもらって……一人で食べてしまっていいのかなぁ。

さっきから、私はリグの実を食べる以外は、確認をけて一回頷いただけ。全像はお兄さんが説明してくれるし、地下室のこともお兄さんが現場を見れば全部わかってしまう。

……私は全く役に立っていないな。お兄さんが便利すぎるんだけど!

一口サイズに切ってもらったリグの実に、プスリとフォークを刺す。でも視線をじて顔を上げると、冷ややかな水の目と合った。

「……あの、お兄さんも食べますか?」

そのまま目を逸らすのもどうかと思ったので、何となく聞いてみた。

でもこれは禮儀に反していたようで、お姉様とお父様が慌てた。

「リリー! 閣下は他所では何もお召し上がりにはならないのよ!」

お姉様の聲が聞こえたけど、私はそれどころじゃなかった。

なぜか、お兄さんが私の手をつかんでいる。そのまま、フォークを握った私の手を持ち上げて、パクリとリグの実を食べた。

…………えっ?

え、えっと……実はお兄さんも食べたかった、のかな?

「……味しいですか?」

味いな。こんなに新鮮なものは久しぶりだ」

「そうですか! これ、お父様のお土産なんですよ!」

「なるほどな。もう一つもらうぞ」

お兄さんはさらに食べた。

お口に合ってよかったです。……でも、なぜ私の手をつかんで、私の手ごとフォークを使っているの?

さらにいうと「もう一つ」と言っていたけど、次々に食べていって、お皿に殘っていた分を全部食べてしまった。

でも、助けてもらったお禮と考えると、これはこれで満足かもしれない。

空になった皿を見ていると、不自然に瞬きをして首を傾げていたお姉様が咳払いをした。

「……閣下、お気に召していただけたのなら、リグの実はまだありますから、お持ち帰りいただいても……」

「気持ちだけいただこう。私の屋敷のものはリグの実の扱いには慣れていないからな」

まあ、普通は慣れていないよね。危険な場所にしか生えないみたいだし。でも、そういうことなら、我が家の料理人たちは慣れているみたいだから、お役に立てますよ!

「お兄さん、今度、リグの実を使ったお菓子を作ってもらって持っていきますよ! うちの料理人たちは作れるんですよね?」

「あら、リリーは気付いていたの?」

「私、鼻はいいんです! アズトール領でよくお菓子にっていましたよね?」

お姉様はし困った顔をした。

でも怒っているわけではないし、お父様も「リリーは鼻もいいのか」とご機嫌でつぶやいているだけだ。

あとはお兄さんの反応だけ。

そっと見上げると、お兄さんはし笑って「三日後なら空いている」と言ってくれた。

お兄さんが帰った後、オクタヴィアお姉様から「ノルワーズ公爵閣下は、暗殺を避けるために外ではほとんど何も食べない」という話を聞いた。

迂闊に「どうですか」なんて言ってしまったことを、ちょっと反省した。

だから、私の手が持っているフォークを使ったんだろうな。

でも、普段はどうにしろ、お兄さんはぱくぱく食べてくれた。リグの実は魔力を多く含む食べだろうだから、魔力補給のためだったのかもしれない。

……あの時の、つかんでいたお兄さんの手の溫かさがまだに殘っている気がするなんて、そういうことは絶対に考えてはいけない。

年齢より長の遅い私のは細い。背は低く、肩は薄く、も平ら。お腹も腰もすとんと真っ直ぐだ。

とても十六歳には見えない。……こんな何の価値もない子供が、何を期待しているのだろう。

普段は目を逸らすところまで目に焼き付けるように、私は鏡に映る「子供」の姿を見つめ、ぎゅっと手を握り締めた。

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