「お兄さん、ちょっと鏡にってください！」

貓をそっとのけてから、私はお兄さんと肩を並べるように鏡を覗き込む。お兄さんは珍しく嫌な顔をしなかった。ただ面倒くさそうに鏡ごしに私を見た。

「これでわかったか？」

お兄さんの目は水のままだ。

私の疑いを理解しているのか、コップをふわりと浮かべてくれたけど、やっぱりお兄さんの目のは、一瞬金にっただけで水のままだった。

私は手近の貓を抱き上げて鏡に映してみる。

貓も面倒くさそうに鏡を見てくれたけど、魔獣の銀の目は、見た通りの銀だった。

そして、私の目はずっと銀。

……えっ？　これはどういうこと？

混していると、頭の中でパリンと音がした。途端に銀の目がいつもの琥珀の目に戻っていた。

「あ、戻った」

「ゼンフィール侯爵家のクズ男は、お前の目のを見る前に目がやられたようだが、お前は魔力を使うと銀の目に変わるようだ」

魔力を使うと、目が銀になる……？

そんなこと、普通はあり得ない。でも私の目は銀になった。

ふと、セレイス様の言葉が蘇った。

あのクズ男は私のことを何と呼んだだろう。思い出すのも気持ち悪いけど「狹間の神」とかそんなじで、やたらと「狹間」という言葉を使っていた。

この世界と、異界の、狹間。

あれはそう言う意味だったの……？

「……もしかして、セレイス様が言っていた、本當のというのは、これだったの？」

「あの男はお前のを察していたようだが、本當のという表現は間違っているな。銀の目は異界の証だ。だがお前は多の生育の遅延が起きているが、こちらの空気に適応している。だから普段のが、お前の本來のだ」

そうなのだろうか。

……そうだったらいいな。銀の目はきれいだとは思うけど、この世界では異質すぎるから。

普通のに戻った目をじっと見ていたら、お兄さんが鏡を取り上げ、代わりに新しいクッキーを持たせた。

「アズトール伯爵たちは口をつぐんでいるが、おそらくお前は異界のがっている。魔力が普段は低くなっているのは、この世界に適応するためだろう。だがお前は銀の目になるくらいには先祖返りを起こしている。潛在的な魔力は魔族並みだろうな」

魔族。

あの銀の目は、確かにそう言う存在のものだった。

だからセレイス様は私のことを「狹間」と稱したし、異界の存在を尊ぶ人だから私にもあんなに執著したのだろう。

そう考えるとすっきりとする。

なるほどね。

私を見ていたのではなくて、私の中に流れるを見ていたのか。

私に會うことがなかったら、セレイス様は聡明なお姉様の婚約者のままだったんだろうか。

もしそうだったら……私は王都に來てはいけない人間だった。

うつむきそうになったけど、私は無理矢理に顔を上げた。

「この髪のも、先祖返りだと思います？」

「多分そうだろう。そういう魔族がいたという記録はある。今はそういう話は聞かなくなっているがな」

「絶滅したんですか。……何だか、寂しいですね」

「異界では消えただけで、アズトール領で生きているのではないのか？　白い髪の人間はいなかったか？」

「うーん、年寄り以外は、白い髪は多分……あ」

私は、慌てて口を閉じた。

これはアズトール領のかもしれない。いや、お兄さんがいったことが本當なら、アズトールには白髪銀目の人間がどこかに隠れているかもしれないじゃないか。

そっとお兄さんを見てみる。

水の目はいつも通りに冷たく見えるけど、口元が笑っていた。

「……ひっかけようとしましたね？」

「お前の危機を試しただけだ」

「ひどい！　もうクッキーあげませんから！」

私はお兄さんの手元にあったバスケットを取り上げた。

それから、ふと井戸を見る。

「そういえば、お兄さんはここでどんな愚癡をんでいるんですか？」

「愚癡？」

「いつもここにきているじゃないですか」

「ああ、そういうことか。殘念だが、私はここの管理をしているだけだ。その井戸は、元は異界につながるだからな」

「……」

私はもう一度井戸を見た。

そんなが……いや、異界と繋がるって、大変じゃないですか？！

「まさか、異界から魔たちが出てくるところだったんですか！」

「その危険はあった。今は全てを吸い込むただの井戸だ。元々、王都は異界のを塞ぐために作られたものだから、稀にこういうができてしまうんだ」

「へえ……え？」

「萬が一、全ての封印が弾けたとしても、王都の城壁があるから外には出ない。やがてはこの地の全てが崩れてが塞がれる。それがこの王都の役割だ」

「……あの、それ、ものすごいなんでは……」

「最重要機報だな。知っているのは両手で足りるくらいだろう。私が國王に重要人扱いされている理由でもある」

「…………なぜ私に、そんな話をするんですか」

「なぜだろうな。だが……敬意を示されるのも執著されるのも、理由が本人とは無関係であることは珍しくない」

目を逸らしたまま、お兄さんはお茶を飲んだ。

私もお茶を飲んでみるけど、味がほとんどわからない。

気のせいかもしれないけど、もしかしたらお兄さんは私をめてくれたのかもしれない。……でも、知りたくないことまで知ってしまった。優しいのは嬉しいけど、そこまでを教えてくれなくても……お兄さんの優しさは重かった。

……お菓子でも食べないとやってやれないです……。