翌日、リリアベルはブランカ修道院へ別れの挨拶をしに出掛けた。

彼には信頼できる執事や護衛となる數名をつけた。シャイロハーンは一人、屋敷で客人を待つ。

「陛下、この度はお招きいただき誠にありがとうございます」

やってきたのはララローズだ。

相変わらず華なドレスをまとい、あまたの香水をこれでもかというくらいふりかけている。

シャイロハーンは思わずしかめ面になってしまいそうなところを、ぐっと堪えた。満面の笑みをりつけて応対する。

「ご足労に謝する。先日の件では誤解があったようで、し話をしたいと思ってな」

叱りをけると予想して肩をこわばらせていた彼は、こちらの友好的な態度を見て張をほどいた。

「お話ですか。なんでしょう」

「端的に言えば禮をしたい」

「あら」

なにか高価な贈りでももらえると思ったのか、ララローズは瞳を輝かせる。小首をかしげてびたポーズをとり、らしく瞳をぱちぱちとしばたたいた。

「覚えがございませんが、なにかお喜びになることでもございましたか？」

「君は我が未來の妻に、貴重な薬茶を振る舞ってくれただろう？」

「っ」

ララローズは息をのむ。シャイロハーンは気づかないふりをして和な表のまま続けた。

「あれは我が國では有名な『容茶』でな。強い眠気という副作用があるのは玉に瑕だが、飲むとたちまちが生まれ変わるという。茶を飲んだおかげでリリは、もともとしかったがますます輝いて、からを放っているかのようなのだ」

「え……？」

とたん、ララローズの顔が曇る。そんな効果は初耳だとばかりだ。

この様子であれば、薬屋が言ったとおり本當の副作用について知らないのに違いない。

ここぞとばかり、シャイロハーンはを乗り出す。

「だが、たいへん貴重で高価な薬茶、手にれるのは難儀だっただろう」

「は、はい……、お気にりの寶石と引き換えにカップ一杯分しかもらえなくて」

「やはりな。では、気持ちばかりの禮だ。これを持ち帰りなさい」

メイドが包み紙を盆に載せて持ってくる。

「あの、これは？」

「リリに振る舞ってくれた茶葉と同じものだ。君も同じ験をしてみるといい。きっと……目が覚めたとき、鏡に映る姿はとても素晴らしいだろう」

「ありがとうございます。帰ったら早速いただきますわね」

「ああ。丸一日眠ってしまうだろうから早めに飲むといい。我らは明日の晝前には出発する。生まれ変わった姿の君を一目見たいから、ぜひ見送りにきてほしい」

「あらいやだ、陛下ったら。かしこまりましたわ、また明日」

ひょっとしたら皇帝は自分に心が傾きかけているのかもしれない――そんな、浮かれた気分で帰路につくララローズはまだ知らない。

翌朝目覚めたとき、彼は鏡を見て絶する。

「きゃああああっ！　顔が！　顔がっ」

中の毒素が浮き上がった彼の顔は、見るも無殘に腫れあがっていた。怪のごとき見目となったは、そのまま泡を噴いて卒倒するのだった――。

◆　◇　◆

旅立ちの日、見送りにくると約束したはずのララローズは、一向に現れなかった。

「やはり來てくれないのですね」

リリアベルはしょんぼりと肩を落とす。

「きっと寢坊でもしたのだろう。気にすることはない」

そう言ってシャイロハーンがめてくれる。

妹は結局姿を見せなかったが、代わりに意外な人がやってきた。

アーサーだった。

彼は修道士のマントにを包み、老人のように背を丸め、フードを目深にかぶっている。

どうやら謝罪の印として、大公の命で當面のあいだ修道院へ修行にいかされるらしい。

「……數々のご無禮、心よりお詫び申し上げます。どうかお許しください」

父親からこってりと絞られたのか、弱々しい聲で告げ、深々と頭を下げてくる。

しかし、シャイロハーンは呆れたように息をつく。

「それが謝罪の態度なのか？　せめてフードをげ」

「……」

なぜか、アーサーは拳を握りしめて震え出す。

「どうなさったの？」

さすがに心配になり、手を差しべる。アーサーはびくっとを引いて、その拍子にフードがはらりとこぼれ落ちた。

「え……!?」

「うわあああっ、見ないでくれっ!!」

取りした彼は、頭を抱えてその場に屈みこむ。

彼自慢のさらさらの金髪は短く切りそろえられ、その上、頭頂部が丸く剃られて地が見えていた。

修道士の一般的な髪型ではあるが、貌を鼻にかけていたアーサーにとっては屈辱的なことであるらしかった。

「ふ、よくお似合いだ」

「～～～～」

涙目のアーサーに塩を塗りつけ、シャイロハーンは堂々と背を向けた。

「時間だ。そろそろ出発しよう」

「はい」

大きな手が、優しくリリアベルの手を包む。

彼と一緒ならば、きっと未來は明るいに違いない。

こうして、リリアベルは生まれ育ったブランカ公國に別れを告げた。

こののち、修道院へ送られたアーサーが改心したかというと……殘念ながらそうはならなかった。楽的な格は治らず、むしろ悪化の一途をたどる。

とうとう神からも見放され、國は衰退していくのだった。

故郷を離れてもなお祈り続けたリリアベルの想いは、ブランカ公國を見限った神によって新たな彼の國、サローマ帝國を繁栄させることになったとか。

-第二部　完-

読んでくださってありがとうございました。

「しアラビアンも？」タグがほとんど回収できずにすみません！　シャムシール出したくらいです……。機會がありましたら、SSなどで補完できたらと思います。

最後のアーサーの頭はザビエルさんのしていたトンスラという髪型になります。

最初から最後まで楽しく書くことができました。

たくさんの応援本當にありがとうございました！　とても嬉しかったです。

またご縁がありましたら遊びにきてくださいませ。