《自稱空気の読める令嬢は義兄の溺を全力でけ流す(電子書籍化進行中)》またつまらぬ空気を読んでしまった
今回、ちょっと酷いざまぁしちゃってるかもしれません。自己責任でお読みください。
「こんなところにいたのか、お前!」
怒りを発させようとしていたところに、後ろから聲をかけられた。聞いたことのない聲に振り返ると、見たことのない中年男が怒りの形相で立っている。不摂生。そんな言葉が頭に浮かぶ。ぎっとりとしたに、吹き出。たるんだ。油で固まってしまっているような髪。え、これもしかして二代目の旦那様なのかしら。気になって彼の方をちらりと見ると、青い顔をしてガタガタ震えている。
「もしかして、あれが貴方の主人? あの男が怖いの?」
小さな聲で尋ねると、縋るような目で見てきた彼は、無言で頷いた。さて、私は慈の人だと自負している。小さな私を酷い目にあわせた男爵家に、いつかは仕返ししてやるぞと息巻いていたが、結局は復讐などしなかった。する必要もなかったのだけれど。噂では金男に娶られたと言われていた彼は、お妾さんとして囲われていたのだろう。毎晩の変態行為に恐れ戦きながら暮らす日々は、あれだけ勝気なを、一瞬で怯える小のようにしてしまう程のことなのだろう。
慈に溢れる私は、彼に復讐することを完全に諦めた。しぐらい親切な人間であれば、彼を逃がしてあげることしか出來なかっただろうが、何度も言うが、私は慈に溢れる人なのだ。さらに空気も読める。私って最高。
「わしから逃げ出そうだなんて思わないことだな! 邸に帰ったらお仕置きだ!」
「ひッ……」
「私に任せてちょうだい二代目」
中年男が二代目に手をばしてくる。恐怖でこまってしまった二代目は、聲をかけた私に顔を向けた。私は彼のの前に出て、にっこりと微笑んでみせた。
「……ん? なんだ貴様は。制服を著ているな。ここの生徒か?」
「ええ、こちらの生徒ですわ。そして、この方の昔馴染み……とでも言えばいいでしょうか、そのような関係ですわね」
「ほう?」
「彼は私に相談にいらしたのですわ」
「相談?」
「ええ、主人にもっとされたいと」
「うむ?」
「はぁ!? 何言ってんのよあん……」
二代目が大きな聲を出して騒ぎ始めたが、それを遮るように私は話しを続けた。
「妾という立場が嫌みたいですわ。私が婚約していることを羨ましいと仰ってましたもの。さきほど貴方は『お仕置き』という言葉をお使いになっていらっしゃいましたけれども、そうではなくて、きちんと彼をしてあげてくださいな。男は、気遣いに欠ける時がありますから、彼、貴方に叱られるのが怖いのかもしれないわ。優しくしてあげて下さい。他の男に心惹かれる暇もないほどされたいようですので」
「……ほほう。妾という立場が嫌、か。わしの正妻になりたいというのか……」
「いや……違……」
「その……コホン、夜の方も、是非ともをじられる態度で……いえッ、そのようなこと、朝からお話しすることではありませんわね」
ぽかんとする中年男と、真っ白な顔で白目をむいている二代目チェルシー・ディパーテッド。生娘のくせに知ったふうな口をきいてしまった私は、熱くなってしまった頬を両手でおさえた。
「そうかそうか。可い奴よ。今夜は殊更可がってやるとしような。わしの舌がれぬ場所などないほどに……くふくふくふ」
「ひいいいいい!!」
後から現れた護衛のような數人に拘束されて、二代目は中年男と去って行った。甲高い悲鳴とともに。あれ、嬉しい悲鳴よね? 私、対応間違えていないわよね?
「いつか復讐してやろうと思っていたけれど……慈が溢れ出してしまったわ」
「鬼ですね。もうほぼ暴力ですね」
「はぁ?」
隣でレジナルドがわけのわからないことを言っている。あれだけ怒りを覚えていた私が、敵ともいえる相手とそのご主人の関係を取り持ってあげたのよ? 鬼といわれる意味がわからないわ。
それにしても、気付いてしまったのである。
婚約者である義兄。私は彼をしていることに。
「あの一瞬の怒り、凄まじかったですね、お嬢様」
「…………何がかしら?」
「とぼけちゃって。ブラッドリー様の婚約者である立場を替われって言われた時ですよ」
「…………」
「以前のお嬢様なら、あの場の空気を読んで、一旦は相手の臺詞をスル―して、家の帰ってから彼のことを調べ上げ、両親に報告して厳重に注意をする、そんな流れを作ったんじゃないかと思うんですよね。違います?」
「違いません……」
義兄の話をされた瞬間に覚えた怒り。中のが沸騰するかと思った。自分がこんなにも激しいを持っていたことを、今日初めて知った。空気を読むということは、何かを諦める瞬間もあるということだ。そうして諦めることによって、未來の安定を得る。私は祖母にそういう教育をけた。必ずしも全てを諦めるということではない。一度諦めて、あとで再び手にれる、その為に仮に諦めることもある。例えば子供だった私は空気を読んで一旦家名を手放した。いつか返してもらうという目標を持って一度諦めたところ、私は幸せを手にれた。もう家名を返してもらおうなどと思わない。空気を読んで諦めたからこそ今がある。
けれど、義兄の婚約者である立場を手放すなんて、絶対に出來ないと思ったのだ。あの、善良な男から離れることなど出來はしない。義兄は私と婚約を結ぶ話になった時に、義両親に、自分を犠牲にしてまで私のことを娘にしたいのかと怒っていた。そんなことを言いつつも、彼は婚約してから婚約者としての義務を怠ったことがない。いつも優しい。よく叱られるけれども、概ね優しいのだ。
好きを自覚した途端に失みたいなものだけれど、それでもいずれ結婚出來るのだから、極力嫌われないように生きていこう。鼻息荒く決意すれば、隣に立っていたレジナルドが大きな溜息をついたのが聞こえた。
「やれやれ、また何か妙な空気の読み方をしているようだな」
妙な空気の読み方とは、どんな空気の読み方だろう。
いつもお読みくださってありがとうございます。容的に大丈夫でしたか?
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