「リカルド……。あなたがなぜここに！　よくもこの國の土を踏めたものね。しっぽを巻いて重責から逃げ出した、この負け犬がっ！」

アルビアの聲に隠しきれない憎しみのが滲んだ。

國王は今も、前王妃を心からしていた。そしてその忘れ形見であるリカルドのこともまた大切に思い、また期待もかけていた。しかし側妃である自分にはそのひとかけらのも向けられることはなく、ハリルもまた常にリカルドと比べられ見下され続けていた。

だからこそ、アルビアにとってリカルドは目の上のたんこぶなどいうかわいいものではなく、自分たちの存在を脅かす憎むべき存在でしかなかった。

を分けた息子のハリルをなんとしてでも次期國王の座につけ、自もその実母として権力を握ることだけがアルビアの人生のすべてであったのだ。そのためにリカルドをこの國から追放し、ようやくむ方向にこうとしていたというのに。

「なぜ……！　なぜお前がここにっ！」

相も変わらず前王妃によく似たその顔で威風堂々と立つリカルドに、アルビアは憤怒の表を隠すことなく顔を真っ赤に染め怒りの聲でんだ。

そんなアルビアのことなど完全に無視して、リカルドは涼しい顔でその向こうに座る國王へと恭しく頭を下げる。

「父上、いえ國王陛下。長らくお待たせしましたが、ようやくすべての下地が整いました。あとは陛下の為すままに」

「……うむ。そなたにも長く難儀をかけたな。ご苦労だった」

國王とリカルドの視線がぶつかり、互いの顔に黒い笑みが薄っすらと浮かんだ。

その様子に、アルビアが怒りに肩を震わせる。ハリルはといえば、何事が起きているのか一向に飲み込めず、間が抜けた顔で國王に問いかけた。

「……一何の話をしているのです、父上。なぜここにリカルドが……兄上は次期王位継承者としての権利を自ら捨て、この國を逃げ出したのではないのですか。そんな男が、なぜここにいるのですかっ！」

ハリルはリカルドをぎりっとにらみつけ、悔し気な表を浮かべ拳を握りしめた。

ハリルにとっては、容姿も能力も自分のはるか上を行く腹違いの兄は妬みの対象でしかなかった。常に比較され、リカルドに比べなんと無能な王子だと貴族たちからで笑われていることも知っていた。國王が自分に何の期待もしていないことも。

だからリカルドがようやく國を出て行き自分が唯一の王位継承者となった時は、心の底から安堵したのだ。もうこれで自分が唯一の王位継承者となるのだから、もう二度と兄と比べられ嘲られることなどないと。この國は自分のものであり、その障害となるものは母アルビアの手を借りていかようにも排除すればいい、そうをで下ろしたのだ。

なのにその男が目の前に立っている。まるで頭一つ分背の高いリカルドに見下ろされると馬鹿にされているようで、怒りではらわたが煮えくり返りそうだった。

「それについては後でたっぷり説明してやる。……その前にハリル、さっきお前が言った言葉。聞き捨てならないな」

「は……？　なんのことだ！」

リカルドは、その切れ長の深碧の目を細めハリルを見據えた。

「フローラを侮辱した數々の暴言、今すぐこの場で撤回してもらおうか。お前は何の証拠もなくフローラを不貞をするふしだらなだと決めつけ、このような場で侮辱したのだ。王子としても一人の人間としても、到底許されるものではない」

ハリルは一瞬ぽかんと口を開き、おかしそうに吹き出した。

「何を言い出すかと思えば……。そういえば兄上とフローラは婚約の口約束をしていた時期もあったと噂に聞いていますよ。まさかいまだにご執心なのですか。……でも殘念ながら、あのは間違いなく売ですよ。私はこの目で見ましたから。あのがこの王宮でこそこそ男と通しているのを何度も！」

ハリルはフローラを指さし、汚いものを見るような目で嘲った。

指をさされまたも侮辱されたフローラの隣で、妹のミルドレッドがその人形のように整ったかわいらしい顔に怒りを滲ませ、一歩足を踏み出しかけた。

が、フローラにそっと手を握られ、靜かに深呼吸をすると落ち著きをなんとか取り戻した。

「……ほう。それはどんな風の男だったかな？」

リカルドの目がおもしろそうにきらり、とる。

「は？　……だから背が高く黒髪で、薄汚れた服をに著けた……」

リカルドの問いに答えつつも、その余裕たっぷりの態度に何かをじ取ったのか、ハリルの聲が次第に小さく自信なさげに変化していく。

「背はちょうどこのくらいではなかったか？　目のはどうだった？　こんなをしてはいなかったか？　この國で黒髪といえば、そう多くはないはずだ。そう、王族には代々け継がれることの多いではあるが……」

ハリルの目がリカルドの艶やかな癖のある黒髪にゆっくりと向く。そしてハリルの顔にみるみる揺が広がっていくのが、誰に目にもわかった。

「な……。……まさか、いやしかしそんな」

ハリルは顔中に汗をどっと滲ませながら、ふらりとよろめいた。

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