《アナグマ姫の辺境領修復記》34.囲み取材
「おー・・・」
ファニ、ネリー、ルーの三人娘が、飛行船の小窓に張り付き、ガラスを曇らせている。
移中も書類に目を通しつつ、アニエスは腰を浮かせているお供たちが席から転げ落ちないか、時折見やった。
飛行船の移も、さすがに四度目ともなればは薄い。しかし初めて乗った者には新鮮な験だ。かれこれ小一時間は窓の外に夢中になっており、ファニに至ってはサービスの軽食を次々に要求している。あともう一度要求した時には、さすがにアニエスは止めにろうと思っていた。
予定としては、王都到著後、まずエリノアの會社へ行く。
主たる目的は魔のの販路に関することの相談である。王都で商品を売り出すにあたり、この姉ほど心強いものはない。
その打ち合わせがひと段落つけば、次には王城へ連れて行くための、ルーたち三人娘の裝を見繕う。辺境ではなかなかふさわしいものが調達できなかったのだ。
これまで高貴な場に出たことのない三人とも、自分たちがどういう格好をしていれば良いか無論わからない。
よってアニエスが選んでやらねばならないのだが、當のアニエスも流行には疎い。そのため、そちらのアドバイザーも事前に手配してあった。
披宴は四日後。萬事滯りなく、速やかに用意を済ませるべく、段取りを何度も頭の中で確認しているうち、やがて飛行船が発著場に降りた。
後部の口付近から人が順に降り、アニエスらはほぼ最後に飛行船を出る。
すると途端に、人だかりに囲まれた。
「辺境伯閣下っ、フォルトワルト誌です! エインタートの狀況はいかがでしょうか!?」
「魔王はどのような生きなのですか!?」
「やはりエリノア様からなんらかの支援をけているのでしょうか?」
「お隣のローレン公とご婚約という噂がありますが真相は!?」
一歩、地面に付いた瞬間である。
有名誌、あるいは聞いたこともない雑誌の記者と思しき輩が詰め寄り、質問を突然の豪雨のように浴びせかける。
中には聞き捨てならないものも混ざっていたが、その勢いに口を挾むのは容易でなかった。
「なんだお前らあ!」
咄嗟にファニが、その大柄な軀で記者とアニエスとの間の壁となる。ネリーとルーも彼の怒鳴り聲で我に返り、主の左右を固めた。
「下がりなさい! 無禮ですよ!」
ネリーが一杯の威厳を出して、記者たちを睨みつける。
しかし、そんな彼らも彼らにとっては、格好のネタだった。
「辺境伯、お付きの方は異國人ですか!?」
「やはり人材不足が深刻ということでしょうか!?」
「現在はどの程度の兵數をお抱えで?」
さらにが狹まり、アニエスはきが取れなくなった。
(まさか、こんなに食いつかれるとは・・・)
取材が來ることは予想していたが、それはおそらく結婚披宴の會場でのことで、飛行船の発著場で張り込みをされるほど彼らに興味を持たれているとは思っていなかった。
「なあ、空砲一発撃つか?」
だんだん業を煮やしてきたらしいファニが、背中の銃に手をかける。
「獣はそれで散るぞ」
「待ってください」
アニエスは後ろから彼の手を押さえた。
空砲とはいえ、王都で護衛に銃を撃たせたなどと話が広がれば、どんな事態になるかわからない。
(ある程度は相手をする必要があるか)
辺境伯とわざとらしく呼びかける彼らは、基本的に敵側のメディアであるため、なんと答えようが批判からは逃れられない。
よってここは、手短に質問に答えながら、馬車の乗り場まで速やかに移する。この場に留まっていては周りの迷にしかならず、また付き人たちの安全も確保できない。
アニエスは覚悟を決め、ファニとネリーを軽くどかし、その隙間から一歩出た。
「アーナーグーマぁ!」
突如、記者たちの頭上を越え、おそろしい聲が飛來した。
アニエスは全の筋が引き攣る音を聞いた。
振り返った記者たちを左右に割り、闇夜でもうるさくりそうな、鮮やかな黃緑の髪の男が、大に迫って來る。
「ずいぶん人気者になったもんだなあ!? アナグマぁ!」
天敵の笑みはすべて獰猛なものに見える。相変わらずの派手な髪は警告だ。
學院で教壇に立っている時と同じように、あちこちからひらひらと紐が出て、脇腹など意味のない場所にが開き、素に彫り込まれた刺青が垣間見える、さっぱり構造のつかめない服裝で、衆人の注目を一に集めていた。
(來ないで・・・)
願ったが、葉うべくもない。
六番目の兄、レギナルトは勇気をもって一歩踏み出した妹の首に、勢いよく腕を回した。
「話は聞いてるぜえ? アナグマのくせに、近頃は派手にやってるそうじゃねえか。この俺様を差し置いてよぉ!」
「・・・そのような、ことは、決して」
完全に首を固められ、苦しみながらアニエスはなんとか弁解する。
しかしこの男が人の話をろくに聞くわけがない。
「――ファル兄のこと、全部吐いてもらうからな」
不意に耳元に低い聲を落とされ、アニエスは凍り付いた。
それを知ってか知らずか、兄は呆然とする記者やファニたちへ、気に片手を振り上げる。
「アナグマの取材なんぞにご苦労さん! そんなお前らにとっておきの特ダネをプレゼントだ! いいか? 驚けよ? なんとこの度、俺ら紋章開発チームは新たな屬を発見した! ここで特別に披してやろう!」
そう言って、レギナルトは見慣れぬ紋章が甲に刻まれた右手で、アニエスの頭を摑む。
「兄様? 何を――」
嫌な予を覚えた瞬間、視界が黒くなった。
無數のが前方から後方へ駆け抜け、上下左右の覚が消え失せる。
剎那のことである。
視界に現実の景が戻った時、アニエスは馬の上に落ちた。
「あ、來た來た」
馬には鞍が付けられ、さらに手綱を持った小さな乗り手もいた。
十歳の、弟のハイニである。
まるで悪戯の功を見たかのように、無邪気に笑っていた。
「姉様、早く俺につかまってよ。見つかっちゃう」
「え・・・っと」
急いで周囲を見やれば、記者たちの人だかりがし離れた背後にある。
(どういうこと?)
まったく頭が追い付かない。しかしい弟は、姉の理解を待つつもりがなかった。
「いっくよー!」
自分勝手に宣言され、アニエスは慌てて腕を弟の橫に通し、鞍の前を摑む。弟のはさすがに摑まるにはまだ頼りない。
二人が乗った大きな馬は、王都の通りを駆け抜けていく。
通常は二人も乗れば馬は走れなくなるものだが、ハイニの重が軽いためか、走行に問題はない。
昔から生きが好きで、兄弟の中でも誰よりもよく乗馬を練習しているハイニは、十歳ながらすでに見事な騎手である。重が軽い分、馬に負擔がなく、しかし腕力のほうは存外にあるため、手綱を捌くことができる。これもまた天の才能なのだろう。
「ハ、ハイニ、あ、いっ、いったい、どういうこと?」
慣れない馬の振に舌を噛みそうになりながら、どうにかハイニから狀況を聞き出せないか試みる。
「なにがー?」
上手に揺れに合わせ乗っているハイニは余裕である。
「なぜ、私は、馬に、乗っているの」
「だからレギー兄様の新しい紋章だよ。瞬間、移? だっけ。とか人とかを、一瞬で別のところに移すなんだって。あんまよくわかんないけど兄様すげーよね!」
つまりアニエスはレギナルトの開発した新しい紋章により、記者たちの囲いの中から救出されたらしい。
(・・・それ、ものすごいなんじゃ)
作用範囲等、詳細は不明だが、もし実用化し一般化するのであれば、世界の在り方が変わってしまうかもしれないほどの技である。
そんなものを創り出した兄の才能と、そしておそらくまだ実験段階にあったのであろうを強制的に試させられた事実にアニエスは戦慄した。
(助けに來てくれたのか、人実験が目的だったのか)
どうしても後者の目的が大きかったのではと疑ってしまうのは、これまでのさんざんな経験によるものである。
「ハイニ、でも、待って。私の、付き人が、まだ、あそこに」
「そっちはエリー姉様が拾うって言ってたよ」
どうやら、エリノアも含めた兄姉たちが策を立ててくれていたらしい。おそらくの発案者はメディア慣れしているエリノアなのだろう。
しかし、必ずしもレギナルトに助力してもわねばならなかったのか。
後にどんな方法で尋問をされるか、アニエスは今から背筋を震わせていた。
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