《した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》20 肝試し
「アンタか」
結果を知った修司の開口一番がそれだった。
メグの勘違いから仕組まれた彼とのペアだが、芙はしだけホッとしていた。なくとも、祐や他の男子よりは面識がある。
「よ、よろしく」
彼と闇を歩いて「何か」が出たら、どうすれば良いのだろうか。本當に亡霊が出るなら、悲鳴を上げて走り去ればいいだろう。
けれど、もしそれが魔翔(ましょう)だったら。
芙に戦うはない。けれど、自分が居ることで奴等をおびき寄せているなら、何かしなければならないと思うが、そのシミュレーションが全くできない。
不安を逃がすように顔を上げると、修司が「どうした?」と聲を掛けてくる。
「そんなに怯えた顔するなよ。ただ歩くだけだろ?」
歩くだけであってしい。彼に々悟られたくない。
町子が絡んでいるし、魔翔が出る可能もあるのだから、咲に相談しておけば良かったと後悔が募る。
「うん、大丈夫」と、気遣う修司にそんな言葉しか返す事ができなかった。
そして、おなかの前で組み合わせた両手に渾の祈りを込める。
――魔翔さん、私じゃ貴方のお腹を満たしてあげられないので、出てこないで。
「何やってんだ?」
ごにょごにょと呟く芙に、修司は怪訝な表を向けてくる。
「神頼み……お化けが出ませんように、って」
「やっぱり怖いのか」
一組ずつスタートしていくペアを見送って、張が高まってくる。魔翔や亡霊のことを差し引いても、闇を歩く行為は芙にとって難関だ。
そんな折、スタートを直前に控えたメグの聲が耳に屆いてきた。無口な祐を相手に、実に楽しそうに盛り上っている。
「怖いから、手、繋いでもいい?」
「あぁ」とつれない返事をしながらも、しっかりと祐はメグの手を握り締めている。
おい! と後ろからツッコミをれたくなり、芙はぽかんと口を開いた。
メグはそんなキャラじゃなかったはずだ。実家の裏は墓地で、暗闇なんて全然平気じゃなかったのか。
あの小柄で可らしい容姿は恐ろしい武だと、改めて実した。
いってらっしゃいと笑顔の先輩たちに見送られ、芙たちも意を決してスタートする。
照明のない道のりは、どんどん闇が深くなっていき、手摺を伝って足元を確認しながら一段一段を上っていく。
一歩前を行く修司が「気をつけろよ」と振り返る。し速いペースの足取りを、芙は必死に追い駆けた。
三階に著いた途端、ホールのざわめきが遠退いた。
しんと闇の音が広がって、今まで気にならなかった自分の足音にを震わせる。
二年生の教室が並ぶ廊下を東の端までまっすぐ移し、突き當りの階段を下りれば、ゴールの育館はすぐだ。今日は満月が出ているせいで教室側は多明るかったが、廊下の反対側はトイレや文化部の部室が並んでいるせいで窓が遠く闇に塞がれている。
五分前に出た前のペアは、既に姿が見えなかった。
何よりも先に『怖い』という言葉が浮かぶ。傍らの修司は廊下の奧を見據えて、何かを警戒しているように見えた。彼もやはり恐怖をじるのだろうかと思ったが、怯える様子はなく、そんな姿が頼もしく見えた。
縋(すが)りたい気持ちが先立って芙は彼へと手をばすが、ハッと我に返る。
こんな時、人でもない男子にれても良いのだろうか。
理と恥心に邪魔され、摑みかけた手を引いて自分の元に握り締めた。
やっぱり、メグと一緒が良かった。彼になら思う存分泣きつく事ができるのに。
「行こうか」と促されて頷くと、修司が広げた右手を芙に差し出した。
「怖いんだろ?」
嬉しいと思うその手を、芙はすぐに摑むことが出來なかった。恐して俯くと、先に彼に手を取られる。
途端にが火照って、芙はを強く結び、気丈に振舞う努力をした。
けれど、そんなぎこちない表に修司は笑いを浮かべるばかりだ。
「今は真っすぐ歩くことが優先。祐たちなんて、腕組んで歩いてるんじゃないのか?」
「う、うで……じゃなくて、手だけ、貸してください……」
「はいよ。でも、この様子だと何も出てないんじゃないか?」
修司は廊下の奧の闇を見據える。確かに靜かだったが、それでも恐怖は変わらない。
し冷たいとじる掌。一度繋がれた手を離すまいと、芙はぎゅっと握りしめた。
「あとは歩くだけ。平気だろ?」
――「平気だよ、芙」
修司の言葉にふと思い出したのは、父・和弘とのエピソードだった。前にファーストフード店で會った時もそうだった、と芙は一人で吹き出した。
「熊谷くんって、うちのお父さんに似てる」
「おい、それは俺がオッサンくさいって言ってるのか?」
「オッサンじゃないよ。まだ三十五だし」
彼に手を引かれて、ゆっくりと廊下を進んでいく。急いで走り抜ければあっという間にこの時間から逃れることが出來るかもしれない。
そうすれば楽だと思うのに、もうしこのままで居たいという自分でも驚くようなが邪魔した。
「小學校の時、お父さんと大學の學祭に行った事があって、初めておばけ屋敷にったの」
東京に住んでいた時だ。和弘の出大學で祭があると言われ、風邪引きの弟を置いて二人で出掛けた。
「うちのお父さんて筋金りの方向音癡で、お化け屋敷で居なくなったことがあったの」
どれくらい方向音癡かといえば、休日に家族で伊豆の溫泉に車で向かったのに、辿り著いた海で太が水平線に沈んでいったくらい質が悪いものだ。
突然の昔話に修司は相槌を打っていたが、まさかの展開に「えっ」と聲をらした。
「一本道の筈なのに、中で迷子になっちゃって。真っ暗なところで泣いてたら、お化け役の男の人が、塗れメイクのままで助けてくれて……」
「それで駄目なのか、こういうの」
芙は「うん」と頷いた。
る前に「平気だよ」と言ってくれた言葉も空しく、和弘がお化け屋敷から出したのは芙の出た五分後だったのだ。
「――って。俺は方向音癡じゃないからな?」
「うん。でも、頼りにしてるから!」
強く訴えて、芙は彼の手を強く握り締めた。
話をしていると暗闇への怖さをしだけ忘れることが出來たが、闇に浮かぶ一つ一つの風景が現実へと引き戻してくる。
教室の機や椅子の後ろにそれ以外のが潛んでいる気がして、なるべく教室の中を見ないようにした。
廊下の半分が過ぎた時、修司がふと芙を呼んだ。
「有村さん、もし何か出たら、アンタは一人で育館まで逃げろ」
「えっ?」
「出たら、の話だけど」
突然何を言い出すのか。真面目な顔で修司は逃げろと言う――この手を解いて。
「一人で、って。どうして?」
「危険な目に遭ったら困るだろ?」
かっこつけているつもりなのだろうか。
「嫌だよ、一人にしないで。何か出たら一緒に逃げて」
何かが出たら――自分が取るべき行の正解すらまだ出てはいないが、この手を振り解いて逃げるのは自分じゃない。
思いつく手段の中に、彼が殘る選択は絶対にない。
修司は困り顔で芙を見下ろしていた。
「分かったよ」と、そう答える彼の聲が、その場しのぎに聞こえて、芙は再び神に祈る。
階段まであとし。こんな會話が杞憂で終わりますように、と。
しかし、最後の教室に差しかかった時だった。
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