「リールゥ、リールゥどこ？」

彼がまだ近辺をうろうろしていることを祈りながら、廊下に出たユーディトは気まぐれな夢魔を呼んだ。

「いるなら出て來て頂戴！　今度、あなたの気が済むまで、著せ替え人形になってあげるから！」

聞こえているなら、これが一番の餌だ。

「ほんとっ、ユーディ？　それじゃ今度はウチカケを著てみせて！　ユーディの髪は日本(ジャポネーズ)みたいに黒くてつやつやだから、きっと似合うわよぉ」

目をキラキラさせて、リールゥが現れた。ユーディトはほっと息をついた。幸い、近くにいたようだ。

「リールゥ、ドレスよ！」

「え？　ユーディ、キモノは嫌？」

勘違いをしている彼に、ユーディトは詰め寄った。

「違うわ。あなたが著ていた灰のドレス！　あれ、肖像畫で見たって言ってたわよね？　どこで見たの？」

ちょっと考えると、リールゥはぽん、と手を打った。

「ああ、あれね。この上の階の大きい寢室よ」

「案して！」

を翻して空中を泳ぎだしたリールゥの後を追って、ユーディトは走り出した。

「先に行っているぞ」

行き先に見當が付いたのか、ジーヴァは姿を消した。

ユーディトにも、どの部屋に向かうのか予測はついた。城はほぼくまなく見て回ったが、唯一、彼の覚に引っかかったのは、あの部屋だけだった。

闇に沈むジュヌヴィエーヴの寢室にると、ユーディトは目を見開いた。

天蓋付きの寢臺の向かい。鈍くる金縁の額の中。

彼の目に映ったのは、花瓶に生けられた花束の絵ではなく、緻な意匠のドレスを纏った婦人の肖像畫だった。

「ほら、この絵よ。素敵なドレスでしょう？」

得意げにリールゥが指し示した。

前回この部屋にった時は、まだ日が沈みきっていなかった頃だった。そして暗くなってからは、ジーヴァとアドリアンの遣り取りに気を取られていた。

だから花の絵の下から見えている、彼の姿に気付かなかったのだ。

絵に魔を封じ込んだ後、絵師に上から別の絵を描かせたか。いずれにせよ、普通の人間の目には、この額はただの花の絵だ。

場所が特定できた今、その絵から滲み出る気配は、間違えようの無いものだった。

（絵から叩き出してあげるわ……）

「ジーヴァ、この絵を壊して頂戴」

も言わず、夢魔は右手を振り下ろした。

びぃいーん、と楽の弦が切れたような音が響いて、ごう、と風が起こった。

「よくぞやってくれた、夢魔の姫。禮を言おうぞ」

驕慢な聲が響いて、ゆらり、とユーディトの前の空間が歪んだ。

灰の髪と瞳を持つしい貴婦人が、先日のリールゥのものと寸分違わぬドレスを纏って、目の前に降り立った。

「年月を経た死霊だな。」

ジーヴァの言葉に頷く。

「あなたが灰の婦人(マダム・グリ)ね」

「いかにも」

鷹揚に頷くと、彼は一歩近付いた。橫でジーヴァがじろぎしたのが気配で分かった。