翌日には、ユーディトはすっかり回復した。

その夕刻。

「それではごきげんよう、ドーギュスタン子爵。お世話になりましたわ」

アドリアンに駅まで送られて、ユーディトは挨拶した。

「こちらこそお禮を申し上げます、公(プランセス)。おで當家の呪いは解けました」

まだ今一つ顔が冴えないアドリアンは、優雅にを屈めて彼の手を取った。挨拶の口づけにしては、中々が離れない。彼もまた、諸々の衝撃から立ち直りつつあるようだ。

アドリアンには、灰の婦人(マダム・グリ)がドーギュスタン家に呪いをかけていた魔で、バベットが彼にられていた事と、自分がそれを倒した事しか教えていない。

オーギュスタン家の男子に伝わる、特殊な質の事は言わなかった。知られても、自分たちが不利になるだけだ。

また、灰城館(シャトー・グリ)の庭園が、人ならぬ庭師の手で世話されている事も、話すと長くなるので黙っていることにした。

汽笛の響きとともに、列車がホームにり込んできた。

乗り込もうとして、ふと思い出したようにユーディトは足を止めた。

「ああ、そうそう。一つし忘れていることがありました」

「何ですか？　お別れの口づけですか？」

「いいえ。これですわ」

懲りないアドリアンににっこりと笑いかけると、ユーディトは彼に思い切り平手打ちを食らわした。

目の前を火花が散って、アドリアンは思わずたたらを踏んだ。

「あら、手応えがありますわね」

ユーディトは、薄紫の手袋におおわれた自分の手を見た。ししびれたような覚が殘っている。

「ね、熱烈な表現ですね」

「いえいえ、ちょっとした実験ですわ」

満足そうに微笑むと、「それでは」と言い捨てて、彼は列車のコンパートメントに乗り込んだ。向かいの席にはいつのまにか、眼鏡をかけたジーヴァが座って、にやにやとこっちを見ている。

「やっぱり、人の手なら彼を殺せそうね」

「そのようだな」

毒か、刃か、銃か。油斷させて彼を抹殺しよう。

そう心に決めたユーディトは、ホームに立つアドリアンに向かって、にこやかに手を振った。

汽笛が鳴り、アミアン発パリ北駅行き、最終急行列車(エクスプレス)がき出した。