《魔法が使えないけど古代魔で這い上がる》59 限界突破
魔王フィアニスは困していた。
「おらぁあああアアアアッ!」
金の瞳に緑銀のを纏う年の持つ短剣二刀に右手を斷ち切られる。
それを時魔で修復しながら左手で年に拳を叩き込もうとするも、白金が滲む空間の壁によって防がれた。
「ハッ!!」
直後、短い咆哮と共に銀のを纏う斬撃が己の肩から腰にかけて袈裟斬りにした。
それも修復しながら振り返りつつ、右腳を跳ね上げて斜め上への橫薙ぎに蹴りを放つ。
それを剣士は剣に右手を添えて剣の腹で防ぐ。その瞬間に、頭上から白金が滲む空間の炸裂による衝撃で地に膝を著いた。
そしてその度に大きく魔力が削られるのをじた。
(これは……まさか『神力』は魔力を消すのか?)
魔王とて『神力』使いと戦った経験はない。厳に言えば勇者との大戦にて決著の間際に覚醒した勇者やアリアと対峙していたが、あまりに一瞬だったのでその効果を分析するには至らなかったのだ。
このに起きる事態を説明するには、この仮説が最も道理に合う。
そして、もしこれが正しいとすれば、魔王にとってはまさしく危機であった。
(これは……まさか、魔力が、足りなくなる……?)
生まれてこれまで盡きたことのない程の、無限とさえ思えた自の魔力。
それがかつてない程減っている事は自覚していた。
まだ余裕はあるし、念の為にダメージをもらわないように最大に強化したを維持する事で、これ以上ダメージの修復に魔力を割かないようにしている。
この狀態でダメージを與えられるとすれば々レオンという剣士くらいのはずであり、そのレオンの攻撃だけ気をつけて殘りを始末すれば魔力は何の問題もない。はずだった。
それが、発的な包する力の上昇を見せた2人によって覆されてしまう。
むしろその2人の『神力』によって格段に魔力の減速度は増しており、ついにはそれの底が見えてきた事に、魔王は経験したことのないが生まれることを自覚した。
(早く、倒さねば)
しかしそのを強引に押し殺し、フィアニスは敵を見據える。
標的は変わらず、過去の大戦には存在しなかった年だ。
魔力を消し去る『神力』と魔力を併用するという理屈の通らない現象を現する不可思議な年。 確かにその猛威は格段に増しているが、練度や扱い方はやはり魔王からすれば拙い。
「はぁあああっ!」
今も絶大な力を二刀に込めて振りかぶる年は、しかし魔王からすればつけいる隙はいくらでもある。
その攻撃よりも早く、最短距離で年の心の臓を穿つ為に指をばして束ね、それを放つ。
「ふんっ!」
しかしそれは葉わない。真橫に現れたレオンによって突き出した腕を斬り捨てられたからだ。
節約したいものの戦闘に影響が大きいダメージを後回しには出來ず、即座に修復するフィアニスに間髪れず短剣二刀が叩きつけられた。
両肩を大きく斬り裂かれ、両腕の自由が効かなくなる。
そして何より、緑銀のによって自の纏う魔力が極端に減した。
「ぐ……っ!」
それに歯噛みしながらも、バックステップで距離をとりながら両肩を修復。
間髪れずに追撃に迫るレオンや、瞬間移を発したのであろう年が消える姿を見據え、フィアニスは抑え込んだ自に湧き上がるが強まるのを自覚する。
「隙だらけよ!」
「ぐあっ!」
レオンやロイドよりも早く、背中から空間魔の斬撃が放たれた。
それを背にけ、走る痛みと消し飛ぶ魔力にフィアニスはついに苦痛の聲をらす。
そしてついに隠しきれなくなったが自を蝕んだ。
(ま、まずい……まずいぞ。このままでは……!)
焦燥。
まさかとるに足らないと思った年がここまでやるとは。
練度こそ自分や英雄達に劣る。だが生きる年數の膨大な差を考えれば當然だ。もしこれがあとほんの10年も待っていたとしたらーー?
(何が面白い、だ)
自分がかつて年に告げた言葉。なんと呑気なものか。
(……この年は、危険だ)
彼のスキルの関係だろうが、包する力が異常だ。高等魔を複數り、膨大な魔力と『神力』。
人生をかけてようやくモノにする高等魔を二つも、しかもこの齢で、魔王であるオレに通用するレベルに仕上げた執念と努力。
そしてかつて誰もがさなかった『神力』と剛魔力の併用というブースト。
強い。そしてこれからも強くなる。
瞬間、魔王は自の奧底から巻き上がる悪寒に従い、目減りした魔力から力任せに大量の魔力を摑み、魔に叩き込む。
「森羅狂!」
自最大最強の魔。
無差別に死を振り撒く厄災。
自を起點として放狀に広がる無の波。
「おォオあぁぁあああッ!!」
その波は、発生源である自の周辺であっさりと刻み、霧散させられた。
代わりに、緑銀の殘滓と短剣二刀を振り抜いた制の年が息を切らせながらもこちらを鋭く睨んでいる。
その鋭い金の瞳に、言いようもない覚がを駆け巡る。
そう、まるで小さな蟲がを這い回るかのような……
(ま、まさかここまで……!)
見誤った。致命的な程に。
英雄達は、確かな戦力としてこの場に年を連れてきていたのだ。
まずい、まずいまずいまずい……
ーーこのままではやられる。
そう思った瞬間だった。
「ぐぅ………っ!」
年が、纏うを霧散させて膝をついたのは。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ロイド!」
「ちっ!」
まずい、と奇しくも魔王と同じ思考がロイドを支配した。
短期決戦と持ち込んだロイド達だが、最も燃費の悪いロイドが先に力盡きるのは當然のこと。
それ故にこれまで優位に進めてこれたのだし、フィアニスの魔力ももうあとしで盡きるところまで來た。本人は知り得ないが、魔王に初めての恐怖をも抱かせた。
が、魔王を倒すに至るよりも、ロイドの力が盡きる方が早かった。
こちらを見るフィアニスは一瞬何が起きたのな目を丸くするも、即座にその表を変える。
口が裂けたと錯覚する程に嬉々としてこちらを標的にして嗤うそれは、ロイドの背筋を凍らせた。
「っ!」
思わず後退って餅をつくロイドの前に、先回りしたレオンが立ち塞がった。
しかしそのに纏う銀も目に見えて弱っているのが分かる。
レオンとて、限界はそう遠くないとすぐに気付いた。
「どけ、剣士」
「いかせるか!」
直後、師の背の向こうで発生するとてつもない衝撃と轟音。
その衝撃は師によってロイドを襲うことはなかった。が、代わりに聞こえるのは師の苦しそうな聲。
「ぐ…ぬぅ……っ!」
「連攜も崩れたな。これまでだよ、終わりにしよう」
衝撃と轟音はなおも止まず、その度に師からは苦痛の聲がもれる。 ロイドが視線を下げると、足元にはなくないが飛んだ。
「『斬空』!」
「ちっ」
割ってるように鈴を転がすような聲が鋭く響く。
それによって白金の斬撃が空間を斬り裂くが、咄嗟に回避したらしい魔王は無傷のままバックステップで遠ざかるのが見えた。
ロイドは顔を上げる。
そこには、全からを流す師がいた。
「悪あがきだな」
意識が遠のきそうな枯渇による疲労と倦怠の中、遠くから魔王の聲がする。
微かに殘る冷靜な部分がその言葉を拒否出來ずに肯定していた。
3人の連攜があったからこその戦況だったのだ。その一角が崩れれば、ジリ貧にるのは明らか。
さらにレオンもアリアも今の力を発揮出來る時間はもう長くない。
先程から一気に一転して、この上ないピンチだった。
「ぐ、く……そっ」
俺のせいだ。あとしければ勝てた。
を噛み切る。足りない。
地面に額を叩きつける。し目が覚めた。
象でも抱えているのかと思うような重いを持ち上げて立ち上がり、額から流れるが視界に滲むのも無視して魔王を睨む。
今にも途切れそうな意識を繋ぎ止めるように、拳を握り締める。
「……すまん、レオン。すぐに立て直すから……頼むから、まだ、死ぬなよ…」
まだどこかぼうっとする頭で、目の前の背中に聲をかける。
ほとんど何も考えずに放った言葉なので屆いたのかは分からないが、そうでもしないと意識を失いそうだからとロイドは口をかす。
「ぜ、絶対、俺が助ける、から……まだ、死ぬなよ。生きて、くれ」
「恩を、返す……まで、待って、死なないで…くれ」
だというのに、一向に反応のない背中にロイドは不安になる。 聲が屆かないならまだしも、聲となってないのではないか。
最悪なのは、すでにレオンの意識がないか、またはもうーー。
しかしそんな不安は次の瞬間、消えた。
「ォおおおおおおォォオオオオオォォオオアアアアアアッッ!!!」
聞いた事のない獣じみた咆哮が轟いた。
その聲が、師のものであると気付いたのは、その背中が消えたと思えるような速度で駆け出した時だった。
「な、に……ッ?!」
「はあッ!!」
先程までとは比べにならない衝撃と轟音が一帯を揺らす。
困したような魔王の聲と、師の裂帛の気合いの聲が耳を叩く。
底が見えたにも関わらず、否、だからこそ出し惜しみなく強大なドス黒い魔力――剛魔力を纏う魔王。
その黒を喰い盡くさんと眩く輝く銀のが目を灼く。
「どこに、そんな力が……!」
「『崩月』っ!」
「ガぁ、っ!」
それは平時であれば止めたであろう、後先どころか自の負擔を考えない捨ての猛攻。 防を捨て、自己治癒すら後回しにして流れ落ちるをそのままに猛獣の如く剣と拳を振るう。
飛び散るは、攻撃をける魔王より攻め立てるレオンの方が多い。
しかし、初めて焦りを自覚して余裕をなくした魔王にとって、それは隙の多い大振りではなく強大で苛烈な連撃だ。
確実に、そして急激に魔王の魔力と命を食い破っていく。
そんな師を見て、ロイドは自分でも気付かずに言葉が口からこぼれ出た。
「が…んばれ、師匠」
「っ、ゼァぁああアアアッ!!」
それが聞こえたかは定かではないが、ついに。
「……ば、かな…」
銀を纏う剣が、魔王の黒を斬り裂いた。
靜かに崩れ落ちる黒を、呼吸で肩を揺らす銀が見下ろす。
それを見屆けると同時に、何故か視界が歪み、そして溫かい何かが頬を伝っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁっ!はぁっ!」
激しく息切れするレオンは、そのままその場に膝をついた。
し離れた場所で、影ながらレオンを支援していたアリアもまた白金のを霧散させて地面に腰を下ろしている。
「はぁっ!はぁっ!」
レオンはそのまま背中から地面に倒れ込み、なおも整わない息のままに空を見上げる。
もう一歩もけなかった。文字通り、最後の一滴まで出し盡くしていた。
そんな中、首をかして視界を橫に移す。そこには、餅をついたように座り込み、それでも力無く短剣を離さない弟子の姿があった。
「はぁっ!はぁっ!」
荒げる呼吸のせいで視界は揺れるも、その年の目からこぼれる涙が見えた。
だからだろうか。必死に酸素を取りれてようとするを無視して、レオンは言葉を発しようとした。
だが、
「………!?」
それよりも早く、その弟子の顔が歪んだ。
そして同時に、頭上から落ちてくる聲が聞こえた。
「よくもやってくれたな、剣士」
「レオン!」
不思議と聲は出た。
歪む視界はそれでも、全ボロボロの満創痍な魔王が師へと拳を振り上げているのが見える。見えてしまう。
「やめろォ!」
魔王へとぶ。止まるはずがないのは知りながらもんでいた。
それでもがいてくれない。重度の魔力枯渇により、まともにが機能していない。
――がんばれ、師匠
それが先程自らの口からこぼれた言葉だと自覚はしていないが、きっとこの口から出たであろう言葉が脳裏を過ぎった。
(……は?がんばれ?)
――違う!
「ふざけるなッ!!」
返し切れない、恩があるのだ。
死にたがりの師を、死なせたくないのだ。
なら頑張るのは、俺だ。
「アアああぁあああっ!!」
生命維持に殘る魔力も限界まで捻り出し、震えながら持ち上げた右手に集めていく。
それと引き換えに、かつてない倦怠と激しい痛みが全を襲う。
そんなロイドに一瞬だけ魔王が目を向けてきた。
しかしすぐレオンへと戻す。
魔力のなさと倦怠や痛みで遅々として進まぬ魔力の収束に、言葉に出來ない怒りを抱く。自のけなさと無力さを、これほどまで憎く思った事はない。
そんな時だった。
「『魔力譲渡』!『魔力増幅』!」
「『蒼炎』っ!」
憎悪も怒りも消し去るような安心する聞き慣れた聲。
その聲と共に、自を満たす魔力。それに合わせてロイドの思考はかつてない速度でく。
(炎や風じゃ間に合わねぇ、空間は発が遅いーーだったら)
痛みと倦怠さえもこの一瞬は消えた。
即座に己が求める結果の為に最善の行に移る。
「これしか、ねぇか!」
自の橫を突き進まんとする『蒼炎』の前に飛び出して、その隙間に風を生み、そして自も風を纏う。
譲渡と増幅された魔力を大半を風に注ぎ込む。最も長く付き合ってきた風魔は、この一瞬とも言える時間でも力を発揮してくれた。
まるで空間が圧されたと錯覚しかねない速度で周囲の風がロイドへと集まり、そしてそのままーー蒼き炎に呑まれた。
「ばっ……!ロイドっ?!」
エミリーの焦る聲を聞き流し、そして直後訪れる背中を激しく叩く大発。
「っぐぅうあぁァアアッ!」
遠のきかける意識を歯を食い縛って無理矢理繋ぎ止める。
衝撃と風圧に軋むを無視して、殘る全ての魔力を強化に込めて短剣を構える。
「ったばれぇええ!」
「な……?!」
弾丸の如き突撃は、レオンによって疲弊しきった魔王では反応が遅れ、一瞬の直の余儀なくされる。
その微かな隙を突くかのようにロイドは魔王の橫を突っ切りーーそれと同時に、魔王の首を斬りつけた。
高速で流れていく視界の中で魔王のが後ろに倒れるのを確認すると同時に、ロイドは立つどころか呼吸すら出來ない事に気付き、そして意識は闇に呑まれた。
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