《異世界から日本に帰ってきたけど、やっぱりダンジョンにりたい! えっ、18歳未満は止だって? だったらひとまずは、魔法學院に通ってパーティーメンバーを育しようか》335 大魔王様の世直し行腳
かなり長い容です。これだけ文字數を使っても、結局日本に戻れないとは……
水門の建設自は午後3時には完了するが、その後はイーラ河の水が正常に湖に流れていくか等々確認が殘っているため本日は河の畔のやや高臺になっている場所で野営となる。
魔族やドワーフたちが用意された天幕を張って寢床の確保に勤しんでいるのをよそに、鈴といえば聡史がアイテムボックスから取り出したバンガロー風の小屋の中へ早々に引っ込んでいる。小屋とはいっても部は4LDKもある立派な造りで、簡単な料理がいつでもできるように魔道式のコンロまで設置されている。
「鈴、お疲れさんだったな。お茶を淹れたぞ」
「聡史君、ありがとう。さすがに魔力の大盤振る舞いをしたから、し休まないとが怠いわ」
大魔王様に限って魔力切れという狀況ではないにしろ、あれほど大掛かりな土木工事を魔法でし遂げたとあれば々の疲れが出てくるのも無理もない話。聡史が運んできた紅茶にちょっとだけ口をつけると、そのままソファーにゴロンと寢そべって大魔王様には相応しくないお姿を見せる。というよりも自分の部屋ならともかく、異の前でこんな姿を曬すのは年頃の子としてどうかと思われる。
「鈴、眠たいんだったらベッドに連れていくぞ」
「いいのよ。このまま聡史君の傍にいたいの」
中々破壊力のあるフレーズが鈴の口から飛び出てくる。聡史としては反論するもなく、鈴がしたいようにさせるだけ。
聡史がしばらく無言でその場に佇んでいると、いつの間にか鈴は目を閉じて寢てしまったらしい。それほど寒くはないが、念のためにアイテムボックスから取り出したタオルケットをそっと鈴のにかける聡史。鈴が寢っているのとは反対側のソファーに腰掛けたまま、彼はしばらくその寢顔を優しげに眺めている。子からすると寢顔を見られるの相當こっ恥ずかしいシチュエーションなのだが、稚園の時分から一緒に寢ていた鈴的には今更聡史に見られようとも至極日常の出來事。むしろ聡史が傍にいるほうが安心してぐっすりと眠れるという変な習がについているよう。
そのまま時間だけが流れて外がすっかり暗くなった頃合いに、鈴はようやく目を覚ます。
「はぁ~、よく眠れたわ。あれ、聡史君は?」
「鈴、お目覚めか?」
寢起きの鈴がキョロキョロと室を見渡していると、ちょうどそのタイミングで聡史がキッチンから顔を覗かせる。
「そろそろ腹が減る頃だろうと思って夕食を用意しておいたぞ」
「まあ、聡史君の手料理を振舞ってもらえるなんて栄ね」
キッチンから漂う鼻をくすぐる味しそうな香り。鈴は自他共に求める料理上手で、しかもある意味料理が趣味のようなモノ。これまで聡史が鈴の料理を手伝うことはあっても、彼が率先して作った手料理などもしかしたら鈴にとっては初めてかもしれない。
「なんだか味しそうな香りね~。もしかしてビーフシチューかしら?」
「ビンゴだ。もっとも市販のルーで作った代だから、それほど自慢できる味じゃないぞ」
「聡史君ったらそんなに謙遜しなくってもいいのよ。同じルーを使っても作る人によって味は変わるの。その點でいうと聡史君の料理の腕は信頼に値するわ」
「大魔王様からお褒めにあずかり栄の極み。ということで顔を洗ったら冷めないうちに食べよう」
「ありがとう。ちょっと待っていてね」
ということで鈴は寢起きの顔をシャッキリさせるために洗面所に向かい、サッパリした表でキッチンにやってくる。
「まあ、溫野菜にサーモンのマリネまであるじゃないの」
「男の手料理だから味は大雑把だぞ。量だけはたくさんあるから力を使った分しっかりと食べてくれ」
「ええ、いただきます」
ちょっとした新婚夫婦の遣り取りがあってから鈴がひと口パクリ。
「えっ、想像以上に味しいじゃないの。聡史君にこれほどの料理スキルがあるなんて知らなかったわ」
「そりゃあ3年間も異世界で妹の腹を満足させてきたんだから、それなりの料理スキルはに付くさ。味がいいのは使っているがミノタウロスの霜降りだからだろう」
「それにしても味しいわ。日本に戻ったらカレンに自慢しちゃいましょう。『聡史君の手料理を食べた』なんて聞いたら、カレンは絶対にヤキモチを焼くわよ」
「そんなことないって。これだけ褒めてくれたのは鈴とウチの母親だけだよ。桜なんか俺が作って當たり前みたいな顔をして想すら言わないからな」
「桜ちゃんらしいじゃないの。たぶん文句を言わないんだったら味しいのよ」
「そういうものかな。まあ、あいつに『作った人に謝しろ』といったところで右から左に聞き流すだけだし」
日本いるのをいいことに散々な言われようをされている桜。だが食べるだけ食べて謝すらしないという格にも問題はあると言わざるを得ない。そんな繊細な神経など、あの脳筋子はおそらく持ち合せてはいないのだろう。特に兄に対しては辛口な點を含めてもうちょっと何とかならないものだろうか。
二人っきりの晩餐を終えると、聡史が淹れたお茶を飲みながら今後の予定に関する話が始まる。
「それで、明日以降はどうするんだ?」
「まずは水門が正常に水を引き込んでいるかの確認と、あとはイーラ湖に水がちゃんと流れているかをこの目で確かめないとね。正常に水が流れているようだったら次の目的地に向かうわ」
「次の目的地?」
「ええ、今度は東イーラ河の本流に沿って西に向かう予定よ」
「西に… ということは洪水を起こす流域ってことか?」
「そう、特に地帯がどうなっているのかを確かめたいのよ」
「地帯か… エリザベスがそんな話をしていたな。でも何の用事があるんだ?」
「全部私が答えるのは面白くないわ。聡史君が考えてみてよ」
「鈴の考えを當てるのか… まあ、やってみよう。俺もあまり詳しく話を訊いていたわけじゃないから何かヒントがしいな」
「じゃあちょっとだけ。エリザベスの話によると、洪水で溢れた水によって夏まで広い範囲に原が出來上がるということだったわ」
「夏までということは、現在はかなり乾いていると考えていいんだな」
「そうね。でも地面をちょっと掘ると水がジワジワ溜まってくるような土壌だと思うわ」
「それは扱いに困る土地だな。でも今後は洪水が起きなくなるとしたら、その土地に利用価値があると考えているんだろう」
「ええ、その通りよ」
首を縦に振る鈴に対して聡史はしばらく考え込む仕草を見せている。そして…
「ははぁ~、なるほど。そういうことか」
「あら、聡史君にもわかってもらえたかしら」
「ナズディア王國の主食は小麥だよな」
「ええ、穀としては小麥がメインと考えて間違いないわね」
「もしかして新たに違う穀を食用に取りれようと思っているんじゃないのか」
「さすがは聡史君ね。それで、どんな穀なのかしら?」
「ズバリ米だな。元々原だったらその土地は保水力が高いはず。その土壌を生かして田んぼを作ろうと考えているんだろう」
「正解よ。わかってもらえて嬉しいわ」
聡史が自らの考えを理解したのが嬉しいとピカピカの笑顔になっている鈴がいる。だが聡史には々疑問が殘る。
「小麥の栽培がメインでパン食に馴染んでいるこの國の人々が、そうそう簡単に米食に切り替えられるかな?」
「そこは無理やりにでも切り替えざるを得ない事があるのよ。この國の小麥の1粒當たりの収量は平均で20~25粒といったところなの。北米の穀倉地帯では40~45だから圧倒的に生産効率が劣るのよ。でも田んぼを整備して稲を育てれば、籾1粒當たり100粒以上の収量を見込めるわ。この國の食糧事を劇的に好転させるには稲作の導が必要不可欠なの」
鈴が指摘した通りで小麥はイネに比べて栽培効率が低い。例えば古代のメソポタミアの沃な土地でも1粒の小麥のタネから30~40粒程度の収量しか得られなかったし、中世のヨーロッパに至っては20粒程度だったという記録がある。つまり余程広大な土地があれば別だが、小麥だけではこの國の國民の胃を満たせない。その點でいくと稲作というのは1粒のモミが100倍以上になるので、単位面積當たりの収量が格段に違ってくる。現在の地球を見渡しても稲作が盛んなアジアに世界人口の半數が集まっているのは、稲の単位面積當たりの収量が高い點に要因があるともいえるだろう。
それだけではなくて冬の気候が厳しいナズディア王國には味いコメが取れる條件が整っている。日本でも東北や北陸地方に米処が集中しているように、朝晩の冷え込みが厳しくて夏の気溫が高いほうが味の良いコメが収穫される。近年ではより寒い北海道でも上質のコメが収穫可能なように品種改良が進んでおり、この國でも十分に栽培が可能と予想される。
これほどまでにいいことずくめなコメの栽培だが、なおも聡史は納得がいかないような表。
「でも新しい水路が出來上がれば耕地を広げられるんじゃないのか。麥の栽培面積が広がったら、敢えて米を持ち込む必要もないだろう」
「新しく切り開く土地もあるにはあるけど、そこには別の作を栽培したいの。不足しがちな生鮮野菜やジャガイモ、玉ねぎ、豆類、それと家畜を育てるためのトウモロコシや牧草も必要になるでしょう。あとは服の品質を向上させるために綿花の栽培も必要不可欠だわ」
「そうか、類や製品も必要になってくるか。そのうえ綿花まで… なるほど、鈴が目指している方向が理解できた」
「ナズディア王國は気候的には北海道や東北に近いのよ。だから酪農にも力をれるべきだと思っているわ。あとは果樹園なんかも出來るといいわね。リンゴやモモなんて収穫できるようになれば人々の暮らしがかになるんじゃないかしら」
「確かにそうだけど、俺たちだけでは農業の知識が足りないぞ」
「そこはダンジョン対策室にお願いするしかないわね。日本から農業技者を派遣してもらって栽培の指導を手広く行っていくつもりよ。3年程度この國に滯在して魔族と生活しながら日本式の農業を伝えてもらえるとありがたいわ」
「そこは渉次第だな。もっとも戦爭が終わったから民間人の派遣もそれほどハードルは高くないだろう」
マハティール王國に滯在している日本人は駐留自衛隊しか現狀存在しないし、當面は民間人の派遣は行わない方針が確認されている。だがこちらナズディア王國に関しては鈴が政治と軍事の全権を一手に握っているとあって、彼が一言命令を下せば日本の民間人が安全に暮らしながら農業指導を行っていける可能が高い。もちろん一定數の自衛隊員の同時派遣は必要不可欠と思われるが。
「ともあれ食生活が満ち足りていれば侵略戦爭なんて起こそうという気持ちが無くなるでしょう。魔族たちにはかな食生活が送れる未來を提示するのがこの世界を本から平和にする足掛かりになるはずだわ」
「確かに現時點では大魔王の命令として人族との講和が結ばれてはいるが、それが將來的に長続きするためにはそういう政策も必要だろうな」
聡史は鈴の話に頷きながらも、その為政者としての様々な配慮に心では舌を巻いている。「和平を結んだらそれでお仕舞い。あとは平和を保つように努力しろ!」では、いずれどこかに歪みが生じかねない。そうならないようにナズディア王國の喫の課題である食糧生産を本から変えていこうとするあたり、一國の支配者に相応しい度量をじている。
そうこうしているうちに夜は更けていき、そろそろ眠りに就く時間。備え付けの簡易シャワーでサッパリすると、二人はベッドルームに。だがここで…
「鈴の部屋はこっちだぞ」
「いいじゃないの。誰もいないんだから今夜は聡史君と一緒に寢たいのよ」
大魔王様はまるで子供に戻ったかの表で聡史の腕を取ったまま離れようとしない。無理やり引き剝がして後から機嫌を損ねるのも不味かろうと考える聡史は敢えて鈴のさせたいまま。そのままベッドに橫たわると、待ってましたとばかりに鈴も布団の中に潛り込んでくる。
「やっぱり聡史君と一緒に寢るのが一番落ち著くのよ」
などといいながら、聡史の右側から両手を回してしっかりとをホールドする。鈴によっての自由を奪われた聡史だが、ここは敢えて抵抗せずに黙って鈴がやりたいようにを任せる。
そのまま目を閉じて10分ほど経過すると、聡史の耳には穏やかな寢息が聞こえてくる。
(いつものことだけど、本當に鈴は寢つきが早いな)
小學生の頃からしょっちゅう聡史のベッドに潛り込んでくる鈴ではあったが、布団の中で彼に抱き著いているうちにあっという間に眠りの世界にわれるのが常の姿。おそらく彼にとって世界で一番安心できる場所なのだろう。その安心と心地よさに包まれると、いくら頑張って起きていようと努力しても數分も持たずしてグッスリと寢ってしまう。
(さて、出しようか)
聡史は鈴を起こさないように気を遣いながらソロリソロリとベッドから這い出していく。自分の代わりにとアイテムボックスから取り出した等大の抱き枕を鈴の橫に置いてから、別の部屋へと退散するのだった。
◇◇◇◇◇
翌朝…
聡史がキッチンで朝食の支度をしていると、頬を膨らませた鈴がやってくる。
「聡史君、心の底から苦を言いたいんだけど」
「ああ、おはよう。何かあったのか?」
「何かあったかですって! なんで私の隣に抱き枕があって聡史君の姿がどこかに消えているのよ! あんな幸せな気持ちでグッスリ眠れたのは久しぶりだったのに」
「鈴がグッスリ眠れても、あのままでは俺が寢不足になってしまうだろう。ひとりで落ち著いて眠る権利を認めてもらいたいな」
「たまにはいいでしょう。あんな素敵な夢を見たのに、朝になって抱き枕が相手だと知った時には本當にガッカリだったわ」
「素敵な夢? どんな夢だったんだ?」
「言えるわけないでしょう!」
どうやら鈴にとって口に出すのも恥ずかしい夢だった模様。まあお年頃だし、あの場で鈴の魔王の手から逃れた聡史の鋼の意思をここでは褒めるべきなのかもしれない。
「まあそう言わずに機嫌を直せよ。朝食の支度が出來ているから食べようぜ」
「・・・・・・」
無言のままプイっと顔を背ける鈴。聡史に対してなんだかんだいっても従順な大魔王様ではあるが、昨夜の出來事はよほど腹に據えかねているらしい。
「仕方がない」
聡史は何か吹っ切れたような表を見せると、つと鈴の前に立ってその額に優しく口付けする。
「えっ…」
あまりに突然の出來事ゆえに、鈴のが一瞬直。その後顔を真っ赤にしながら両手を振り回して…
「聡史君のバカ~」
などと口走りながら彼のに顔を埋めている。言っていることと行がまったく結びついていないのは、大魔王様のツンデレ屬がなせる業か。さらにその狀態はもうひと時継続する模様。
「こ、この程度じゃ、夕べの件の埋めにはならないんだからね」
「はいはい、わかったから機嫌を直せ」
鈴の見事なまでのツンデレぶりが発。口ではなんやかんや言いながらも、その聲には嬉しさが全然隠し切れてはいない。ということでしばし聡史のに飛び込んで顔を埋めていた鈴だが、を離すとすっかりいつも通りの表に。というよりも普段の5割増しで機嫌がよろしい。
そんなわけですっかり復活した鈴のご機嫌と共に本日も大魔王様の職務が開始される。幸いなことに東イーラ河からイーラ湖に向かう流れは順調で、湖底にわずかずつではあるが水が貯まっていく様子が見て取れる。この分ならば雪解けの時期と共にいい合の貯水狀況を迎えられそう。湖水がいっぱいになればひと夏の水の不安が解消されるので、鈴の青寫真通りに新たな形態の食糧生産が進められそうな目途が立ってくる。
「それじゃあ地帯に向けて出発しましょうか」
鈴の一聲に合わせてエリザベスの號令が発せられると、馬車の一団が西に向かってき出していく。とはいえここから先はほとんど住民たちが足を踏みれてこなかった地域となっており、まともな道は存在しない。発車したと思った馬車の一団はあっという間にこれ以上先に進めなくなってその場に停車を余儀なくされる。
「エリザベス、急に止まったようだけどどうなっているのかしら?」
「しばらくお待ちください。原因を調べてまいります」
馬車の外に出たエリザベスは狀況を把握するとすぐに戻ってくる。
「大魔王様、この先は深いヤブが続く道なき原野となっておりまする。到底馬車では進めませんがいかがいたしますか?」
「仕方がないわね~。朝のひと働きを始めましょうか」
ということで聡史を引き連れた鈴が馬車の外に出てくる。まずは邪魔なヤブを切り開くところから始めるらしい。
「ヘルファイアー」
鈴の口から騒な式名が繰り出されると、漆黒の炎が藪に向かって一直線に進んでいく。さらに地獄の炎は勢いを増して見渡す限り地の果てまで突き進む。そこには真っ白な灰に変わった幅30メートルほどの一直線の焼け野原が続くだけ。
「このままでは馬車の乗り心地が悪いわね」
ということで生い茂っていた藪の姿がキレイに消えた箇所に重力をかけてキッチリと地面を均していく。こうしてあっという間に馬車が通れる道が開通した。
「いいじの道が出來たわね。このまま進めるところまで進んでちょうだい」
大魔王様の繰り出す魔法のスケールに再び圧倒されながらも、馬車は一団となって新しい道を進んでいく。きれいに均されているだけあって乗り心地は思いの外快適。だが順調に走る馬車が何度も立ち止まっては再発進を繰り返す狀況が続く。
「エリザベス、なんで急に立ち止まっているのかしら?」
「おそらくは原に特有の魔が道を塞いでいるのではないかと存じます」
「ああ、確かにそういうケースは想定していなかったわね。ちょっと外に出てみるわ」
鈴が外に出てみると、ちょうど護衛の騎士団が馬上から槍でカエル型の魔を突き刺している場面に遭遇する。
「あれが原に特有の魔かしら?」
「はい、ポイズンフロッグですね」
「あんな魔が跋扈するようでは安心して農業など出來ないわね。いいわ、ちょっと見ていなさい」
ということで鈴の両手には夥しい數の火球が形されている。それは今から原を絨毯撃するがごとくに赤々としたを放つ。
「ファイアーストーム」
鈴の両手から打ち出された火球は迫撃砲のような速度で藪に向かって突き進み、折からの乾燥した気候もあって著弾と同時に大きな火の手を上げていく。さらに鈴はパチンと指を鳴らすと突然猛烈な突風が吹き荒れ始める。
ファイアーストームは炎と同時に強風を生み出す式だが、火の手が上がった場所に大魔王様特製の強風が吹き荒れるとなるとその威力は絶大。臺風のような風に煽られた炎はあっという間に風下に向かって燃え広がっていく。そこにいる魔たちが逃げ出す暇さえ與えるつもりはないようで、鈴が創り出した炎は藪が広がる原野を躙しながら舐め盡くしていく。
原野一面を炎が進んだ跡には見渡す限りの焼けただれた大地が広がる。
「これでサッパリしたわね。魔に行く手を邪魔されることもないでしょう」
「大魔王様、お見事です」
こうして何度も原野を焼き払ってからそこに大地を圧し固めた道を敷いて馬車を進めていく一行。そろそろ高臺に建つ魔王城のシルエットが遠くに見えた辺りが本日の目的地となる。
鈴は馬車を降りて同じように一面を焼き払うと、真っ黒に焦げた地面が広がる原野を魔力で掘り返していく。その範囲はイーラ湖の底を漁った規模とほとんど同等で、川岸に沿って2キロ×10キロ程度の土地が振を伴いながら土壌ごと混ぜ返される。さらに表面の土砂を土壁のように周囲に押しやってから、今度は粘土質の保水に優れた地盤を重力で圧して圧し固めていく。十分に粘土質の地盤が固まったところに、周囲に積み上げておいた表層の土を均等に広げつつ100メートルおきに碁盤の目のように馬車が悠々通れる通路を創り出す。
「大魔王様、一この場で何をされるおつもりでしょうか?」
「エリザベスは日本でお米を食べたから知っているわよね。この場所でコメの栽培をするのよ」
「ああ~、なるほど。コメの味は私も大変気にりました。ここで栽培するとなると、今後は気軽に味わえるのですね」
どうやらエリザベスはすんなりとけれているよう。もっとも彼は日本での生活経験があるだけに一般的な魔族の意見を代表しているとは言い難いが、なくともコメの味に拒否を抱かない味覚の持ち主には間違いない。ということはこの世界の魔族たちにも米食をけれる土壌は十分に存在するはず。
さらに河の下流に進んでもう一度同様に耕地を造り出したところで、今回の大規模土木工事は一旦終了となる。まだ日が高いのでそのまま魔王城に戻ってようやく一息つく鈴。
「鈴、大変な作業お疲れさん」
聡史が労う聲に微笑み返している。だが一つ溜息をつくと。話を切り出していく。
「聡史君、明日1日休息をとったら、私ひとりで出掛けるわ」
「どこに行くんだ?」
「日本に戻る前に水路の整備を可能な限り進めておきたいのよ。まだナズディアポリスから下流の區域ではまったくの手付かずでしょう」
「それなら俺も一緒に行くぞ」
「聡史君からの嬉しい申し出だけど、ちょっと無理だと思うわ。ここまでは魔族たちに実際にその目で魔法の土木工事に関する運用方法を見せるために、いわばデモンストレーション的にやってみたの。この先は時間の節約のために私ひとりでチャチャっと片付けるわ」
「おいおい、ひとりでやるなんて無理をするなよ」
「いいえ、無理じゃないわ。以降は空を飛びながら魔法で河の整備を進めていくつもりよ。だから聡史君に一緒に來てもらうのは無理なのよ」
「ああ~、そういうことか」
どうやら聡史もウッカリ見落としていたらしい。鈴はその気になれば自らの翼を広げて大空を飛翔可能ということを。これなら馬車でノロノロ道を進むのと比較して格段に手早く工事を終わらせるのも容易いであろう。
「この國の他の街の様子もついでの覗いてくるつもりよ。2日もあれば戻ってこれると思うから、聡史君は石材の確保をお願いしたいんだけれど。橋を架けたり水路の護岸工事をしていかなければならないから、石材はどれだけあっても足りないわ」
「わかったよ。俺に任せておけ」
聡史の頼もしい返事を聞いて鈴は満足げに頷いている。それにしても自ら率先して國の灌漑事業と治水を同時に片付けようという鈴のバイタリティーに聡史は心することしきり。部下に無茶な仕事の割り當てをするだけではなくて、こうしてトップが陣頭に立って問題解決に當たる姿を見れば、自ずと配下の者たちも襟を正さざるを得ないだろう。そういう點でいえば、鈴は獨裁的な権限を持ちながらも國民にとっては理想的な為政者なのかもしれない。古來より地球の各地では獨裁的な権力者がその力を用する例が後を絶たないが、鈴の大魔王としての支配というのは常に國民ファーストで政策が決定されている。
翌日は休養という話ではあったが、鈴には抱える課題が山積の狀況。まずは數日間同行させて東イーラ河と放流水路の整備現場をその目で見させた役人たちを集めて、今後すぐに取り掛かる事業に関しての説明を行う。的にはドワーフたちに設計を依頼した橋の工事や石を積み上げて土手の土が崩れないように補強する水路の護岸のやり方等々。それぞれに責任者を決めると、彼らの間から意見が出てくる。
「大魔王様、ドワーフたちによる設計と監督という助力を得るのは承知いたしましたが、的に工事に當たる人手はいかがいたしましょう? 國民に割り當てて人員を徴集しますか?」
「いいえ、國民に迷をかけるつもりはないわ。あなたたちは知らないかもしれないけど、魔王城にゴーレムをれる人材がいるのよ」
「はて、そのような者たちがこの城に居りますでしょうか?」
「マハティール王國に攻め込んでいた兵士たちを使うわ。彼らは現在手が空いているし、何よりもゴーレムをる式をに付けているもの」
「なるほど、大魔王様の深い造詣に服いたしまする」
鈴の考えとしては、なにも兵士たちを直接土木工事に駆り出すわけではない。彼らがアライン砦に攻め込んだ際にゴーレムを用いていたのを覚えているだろうか? つまり現在魔王城にいるクルトワ親衛隊は最初からゴーレムをる式を保有している。これを工事に利用しない手はないと、鈴は彼らの員に踏み切っている。というよりも最初から兵士たちにやらせるつもりだったらしい。
ということで大よその人員の割り振りが決まり、同時に必要な予算なども決定されていく。この辺の細かい部分は、鈴はエリザベスと役人たちにほぼ丸投げ狀態。その予算の半分程度は、ついこの間追放された貴族たちの財産があてられるらしい。大魔王に反逆した愚かな連中の最後の奉公というオチまでついている。
「それでは大の方向が決まったようだから、私は明日から2、3日留守にするわね」
「大魔王様、どちらに行かれるのでしょうか?」
「よ。何かあったらエリザベスに問い合わせてちょうだい。それじゃあ、私は私室に戻るわ」
と言い殘して去っていく鈴。何から何まで自分が決めるのではなくて、しは役人たちに頭を絞ってもらおうというつもりのよう。結局この日は聡史以外とは顔を合わせることなく、翌日以降のスケジュールに備えて英気を養う。
◇◇◇◇◇
そして翌朝、ルノリア宮の裏手にある庭園に聡史と一緒に姿を現す鈴。
「それじゃあ、いってくるわね」
「ああ、気をつけてな」
聡史の短いフレーズに見送られて鈴が漆黒の翼を大きく広げて空に飛び立っていく。見送る聡史の目にその姿があっという間に小さくなったと思ったら、ゴマ粒のような黒い影はやがて見えなくなっていく。
大空を悠々と飛翔する鈴。ツバメほどは速く飛べないにしろ、時速50キロ程度の速度は余裕で出せる。というかこれ以上スピードを上げると寒いため敢えて速度に制限をかけているよう。そのまま水路の上空に出ると、上から大地を見下ろして新しい水路の復元をしつつナズディアポリスから下流域へと向かっていく。馬車で進むよりも圧倒的に早いので、半日の飛行で最も遠い街であるデルッヘの上空に。そのまま街を飛び越してイーラ河の本流と東イーラ河の合流地點まで水路の修復を完させると、その場でUターンしてデルッヘに戻っていく。
街の門からやや離れた場所に著地すると徒歩で街にろうと進んでいく。門の前には人の出りをチェックしている兵士が數人目をらせており、鈴は場しようと並ぶ列に混ざって順番を待つ。
「次の者」
しばらく待つと自分の順番がようやく回ってきて呼ばれたので、鈴は兵士の前へ。
「どこから來たのだ?」
「ナズディアポリスよ」
「名前と仕事は?」
「西川鈴、この國での職業を強いて言うなら大魔王かしら」
「お前、何をふざけたことをぬかしているのだ? 神話にも出てくるような偉大なる大魔王様がお前のような小娘のはずがなかろう。それよりも通行証を出さぬか。持っていないとあらば詰め所に手取り調べを行うぞ」
「通行証は持っていないけど、こんなモノならあるわ」
鈴がアイテムボックスから取り出したのは1枚の羊皮紙。その文書にはナズディア王國の公文書の紋章が面書きに描かれており、署名の欄には宰相を務めるエリザベスのサインがある。そしてその容はというと…
〔この書狀を持った人は正真正銘の大魔王様ご本人であり、間違っても不作法のなきように丁重におもてなしいたせ〕
鈴が手渡した書狀の中を確認した兵士は、その場でを固くしながら真っ青な顔でブルブル震え出す。まあ、それは無理もないこと。ナズディアポリスから遠く離れたこの街で門番を務める一介の兵士が大魔王の顔など見知っているはずもない。
「この書狀をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「誰かに預けるような真似はしないようにエリザベスから固く言い渡されているから無理ね。それよりもあなたの上を呼んできなさい。この書狀が本かどうか確認してくれるでしょう」
「今しばらくお待ちを」
他に並んでいる場者など放りだして兵士は門番の詰め所に走っていく。その後ろ姿は「に火が付いた」と表現するのが最適かもしれない。しばらくあって、詰め所の責任者と思しき人がやってくる。
「書狀を拝見させていただいてよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
責任者が羊皮紙に書かれている容に目を通すと、やはり彼も顔を真っ青に変えてブルブル震え出している。
「誰か、ヒンデンブルク総監にお知らせせよ。大魔王様は迎えの馬車が到著するまで今しばらく詰め所でお待ちいただけますか」
「しょうがないわね~。案してもらいましょうか」
門の橫に設置されている詰め所はかつてない程の張に包まれている。この街に魔王がやってくるのですら百年に一度あるかどうかの出來事。それが魔王を飛び越して伝説の大魔王がひとりでフラッとやってきたという出來事自、街全が引っ繰り返る大事件に相當する。
直立不で鈴を出迎える門番の兵たちは額から冷や汗がダラダラ。何か相があれば自分の首が理的に飛びかねないこの事態に「夢なら覚めてくれ」と全員が祈るような気持ちになっている。
「だ、大魔王様、部下が大変ご無禮な応対をいたしまして申し訳ございません」
「別に気にしないでいいわ。門番としての職務を果たしてだけで、その態度を咎めるつもりはないから。ひとつだけ忠告するとしたら、場者に対する言葉遣いはもっと丁寧にした方がいいわね」
「肝に銘じまする。部下にもきつく言い聞かせます」
「ええ、それで結構よ。それで、この街の総監という人はあなたの目から見てどうかしら?」
「そ、それが… なんとも答えにくいと申しますか」
歯に何か挾まっている様子で言い淀む責任者。ちなみに彼ら街の守備隊は総監の直屬という立場にはない。ナズディア王國ではすべての兵士は魔王の直轄下にあって、その補助で親衛騎士団長が軍を統括している。つまり彼らの一番上の上はフィリップにあたり、街の行政を擔う総監は宰相たるエリザベスの管轄下にっている。言ってみれば守備隊と総監で相互に不正がないかを監視する制が出來上がっていると考えてもらって差し支えない。
それはそうと、言いにくそうにしている責任者に鈴が続きを促す。
「歯切れが悪いわね~。正直に述べなさい」
「はっ、あまり良くない噂が數多くございます。稅収を誤魔化して私腹をやしているとか、街の住民をまるで自分の所有と勘違いしているような振る舞いをしているとか」
「まあありがちよね~。ところでナズディアポリスからの食糧援助は屆いているかしら?」
「ゴーレムが引っ張る荷馬車は到著いたしましたが、いまだに住民への食料の配給は行われておりません」
どうやら鈴が知りたいのはこの件だったらしい。せっかく苦労して援助資を輸送しても、それが住民の手に屆かないとなるとせっかくの苦労が水の泡。それどころかあと3週間もしないうちに深刻な食糧不足が引き起る可能もある。表には出さないが、鈴は心の中で々と覚悟を決めた模様。
「そう、わかったわ。あとは本人の口から洗いざらい聞き出すことにしましょう」
鈴の瞳に暗い炎が宿ったちょうどその時、詰め所に迎えの馬車が到著したとの報告がる。応対していた責任者の表が明らかにホッとした様子に変わるのは言うまでもないだろう。
出迎えの馬車に乗り込むと、鈴はこの街の総監の屋敷へと赴く。門番の責任者から聞いた話によると、この男の名前はヒンデンブルグといったはず。デップリと太った軀に脂ぎったその顔は、鈴の中に本能的な嫌悪を抱かせるに十分な外見。
「ナズディアポリスから遠く離れたこの街に大魔王様をお迎えできるとは栄でございます」
口調こそ丁寧なものの、その表の裏側には得も言えぬ腹黒さをじ取っている鈴。叩けば相當なホコリが出てくるだろうと、ある意味舌なめずりでもしているかのごとし。一般的な認識では犯罪を働くような悪人をシメるのは桜の専売特許と思われがちではあるが、鈴の中には一片の躊躇もなく武漢やバチカンに隕石を落として更地にしてしまうルシファーさんが包されている。銀河の中樞を擔う神様が自の部にいるのであれば、必然的に鈴は容赦なく裁きを下す立場になるのは自明の理。
「出迎えに謝するわ。疲れているから部屋を用意してもらえるかしら」
「承知いたしました」
あまりに素っ気ない大魔王の態度に、ヒンデンブルグはやや肩かしを食らったがある。だが、その心では…
(なんだ、大魔王が急に現れたと聞いてみれば年端も行かぬ小娘ではないか。しかもその外見はどう見ても人族としか思えぬ。大方大魔王を語る偽に間違いはないであろう。しばらくは歓迎する素振りを見せてから化けの皮を剝いでやろう。まあ見た目はしいゆえに、奴隷として死ぬまでワシの傍に侍らせてもよかろうて)
このような邪な考えを抱いている。そもそも魔族にとっては人族を見下す価値観が長い歴史の間に本能に近い部分にまで刷り込まれているせいもあって、ヒンデンブルグはこのような誤った考えを抱いたのだろう。人を外見で判斷すると大ヤケドを負うという典型的な例かもしれない。
もっとも鈴の魔力の隠蔽が巧妙なせいで、ヒンデンブルグは彼が本の大魔王だと見破れなかったのかもしれない。鈴的には、つい先日謁見の間にてついついキレてしまって自ら魔力の封印をぶち壊しにした反省を生かしているのであろう。
部屋に通された鈴は音以外の周囲からの干渉を排除する結界を張ってベッドにを橫たえている。さすがに水路の整備を行いながら長時間空を飛ぶのは疲れが倍増らしい。しばらくウトウトしていると、部屋のドアをノックする音で目が覚める。
「大魔王様、お食事のご用意が出來ました」
聲の主は鈴を案してきたメイドのよう。そういえば晝食も取らずに水路の改修に沒頭していたせいでかなり空腹をじていることにようやく気付いている。
「わかったわ、ちょっと待っていてちょうだい」
サッサっとなりを整えると、結界を解除して鈴は部屋を出る。メイドの案に従ってメインダイニングに向かうと、そこには信じられないような食卓風景が広がっている。數えきれない程の料理や川魚料理に加えてサラダやスープなど、一見して魔王城よりも豪華な食事がテーブルに並ぶ。
「あら、街の住民たちからは『食料が盡きそうだという』聲が上がっていると聞いたけど、ここには隨分とふんだんに料理があるみたいね」
「大魔王様、ご存じないかもしれませぬが、この街は農産品に恵まれてかなのです。何分田舎料理で申し訳ありませぬが、大魔王様を歓待するために用意させていただきました」
もちろんこのセリフはヒンデンブルグの口から出まかせにすぎない。彼は口先ひとつで鈴を簡単に誤魔化せるとでも考えているよう。対する鈴は、その心を隠したままのポーカーフェイスで…
「そうなの、それではお腹もすいていることだし遠慮なくいただくわ」
こうして始まった歓迎の宴ではあるが、それはけっして和やかな雰囲気というわけにはいかない。鈴にしきりに問い掛けてはその腹のを探ろうというヒンデンブルクに対して、彼は食事に気がいっている風を裝って最低限の返事しか返さない。次第にヒンデンブルクが苛立ってくる様子が、鈴には手に取るように伝わってくる。
やがて食事が終わると…
「大魔王様、このあと場所を移して懇親の機會を設けておりますゆえ、今しばらくお付き合い願えますでしょうか?」
「いいわ、案してちょうだい」
ダイニングを出てヒンデンブルクの先導に従って廊下を進むと、ひとつのドアの前に連れていかれる。
「こちらの部屋でございます。どうぞおりください」
「いいわ。でも部屋の中は真っ暗で何も見えないじゃないの」
「おお、これは明かりを用意するのを失念しておりました。これ、明かりを持ってまいれ」
いかにもウッカリしていたという表でヒンデンブルクが従者に命じている。その間に鈴は月明かりしかってこない部屋の中で立たされたまま。大魔王様に対する扱いをしては、これは相當に失禮極まりない行為に該當するのではないだろうか。
「失禮いたします。明かりをお持ちいたしました」
従者がランタンを置いてさらに室のロウソクに炎を燈すと、ようやく部屋の様子が浮かび上がってくる。そこは家などは特に何も置かれてない部屋で、とても大魔王を迎えれるには相応しくないのは明白。
「ずいぶんな歓迎ぶりね。何を考えているのかしら?」
「ふん、人族が大魔王に扮したところで最初から正などわかっておったわ。大魔王の名を騙る不逞の輩をこの場で召し捕ってくれる」
ヒンデンブルクの聲と共にカーテンのから鎧にを包んだ兵士が數人飛び出してくる。それだけではなくて部屋の側にあるドアからもを潛めていた10名以上の兵士が雪崩れ込んできており、鈴は槍を突き付けられる形ですっかり包囲される。
「これだけの人數に取り囲まれたら手も足も出まい。今からそなたには奴隷の紋章を刻んでやる。死ぬまでワシに仕えるのだ。生きているのがイヤになる程毎日いたぶってくれよう」
「つまらない余興ね。あとから後悔しても知らないわよ」
「まだ余裕ぶったセリフを吐くか。いつまでその強気が持つか楽しみだぞ。おい、こいつに奴隷紋を刻んでやれ」
「かしこまりました」
どうやらヒンデンブルクと組んでいる奴隷業者なのだろう。ちなみにナズディア王國では魔族を奴隷に落とすことはじられているものの、他の種族に対してこの規則は適用されてはいない。もちろん人族もその例外ではなくて、戦爭捕虜を奴隷として酷使し続けるのは當然という風さえいまだに健在。
「クックック、どうやらその濁り切った目では真実はいささかも見えぬらしいな。せっかく魔王城の掃除が済んだと思いきや、ひとたび我の目が屆かぬ街ではかような佞臣が蔓延っておるとは。民を苦しめ國を腐敗させる元兇はこの大魔王の名の下に敗してくれよう」
鈴の瞳が銀に変化している。それに伴い、ここまで何とか我慢していた口調がいつの間にか廚2度合いを増している。その変貌に鈴に槍を突き付けている兵士たちの手がガタガタと震え出し、いつの間にか室の気溫が下がったようにじ取っているよう。
「な、何だと! 不逞の輩の分際で訳の分からぬ戯言を。これ、早く奴隷紋を刻まぬか」
聲を荒げて叱咤するヒンデンブルク。だがその聲にも拘らず、奴隷業者は一向にこうとはしない。というよりも鈴の強烈な魂の波にあてられたせいでが言うことを聞かなくなっている。
「羽蟲の分際で口をつぐめ。まずは我に敬意を表して床に這い蹲るがよい」
鈴の指がパチンと鳴ると、部屋中にいた魔族たちが一斉に床に伏せている。もちろんこの現象はグラビティ・プリズンが発したからに他ならない。息も絶え絶えにきひとつできないヒンデンブルクと彼の手下たち。さぞかし今頃はおのれの所業を後悔しているだろう。
「ようやく我の話を訊くに相応しい姿勢となったな。大魔王の前に羽蟲共がどうあるべきかその空っぽな頭で理解するがよい」
「・・・・・・」
せっかく鈴が話し掛けても、誰も聲を発しようとはしない。というか呼吸が出來ないせいで聲を発するどころの騒ぎではないよう。要するにいつも通りの景が展開されている。これまで大魔王の本を抑えに抑えてきた鈴さんは、ようやく平常運転に戻って何やら楽しげな表。ただし無理に抑えてきた分、その反がいつになく大きいのもまた事実。
たっぷり1分以上経過してから鈴がもう一度指を鳴らすと、その場に這い蹲る全員がゼイゼイと荒い呼吸を開始している。
「どうだ、大魔王の力ををもって験した想は?」
鈴の質問はヒンデンブルクの耳には屆いていない。に欠乏した酸素を取り込むのに必死で、今はそれどころではないらしい。倒れている連中は放置したまま鈴は宛がわれた部屋に戻っていく。どうせ一晩や二晩では起き上がることすらままならないだろうから、明日になってから諸々を片付けようと考えている。それに今日は疲れてもう眠くなってきたし…
◇◇◇◇◇
翌朝、鈴がベッドから起き出すとヒンデンブルクの館中が大騒ぎに包まれている。なにしろ當主と取り巻きの兵士たちがまとめてひとつの部屋で倒れているところを発見されたものだから、大騒ぎにならない方が無理というもの。そんな喧騒渦巻く中悠然と起き出してダイニングにやってきた鈴に、この家の家令が近づいてくる。
「大魔王様、當家の當主なのですが、昨夜原因不明の事故に巻き込まれまして現在起き上がるのもままならない狀況です。このような事で大変申し訳ございませんが、おひとりにて朝食をお召し上がりくださいませ」
「ああ、そのことなんだけど、この街の守備隊長と兵士を50人くらいまとめて呼んできてもらえるかしら。々と調べたいことがあるのよ」
「か、畏まりました」
額に冷や汗をかきながらも家令としての職務意識なのか努めて冷靜な表で下がっていく。しばらくすると、屋敷に守備隊長に伴われた兵士たちが到著する。
「大魔王様、急なお呼び出しでいかがなさいましたでしょうか?」
どうやらこの守備隊長は援助資を運んで來た輜重部隊からの報告で大魔王の存在を知っていたらしい。極めて丁重な態度で鈴の前に傅いている。
「この街の総監と取り巻き連中に重大な犯罪行為があったわ。全員広場に引っ立ててもらえるかしら。それから可能な限り街の人間を集めてちょうだい。多くの人の前で長年に渡るヒンデンブルクの犯罪を暴くから」
「承知いたしました。おい、大魔王様のお言いつけ通りにヒンデンブルク一味を拘束せよ」
「はっ」
守備隊員らはまだくのもままならないヒンデンブルクたちを擔架に乗せて館から運び出していく。同時に街の人間たちにれを出して、本日の午後一番で広場に集まるよう方々に呼び掛けも実施。ちなみに引っ立てられたのは昨夜床に転がされた連中だけではなくてこの館の料理人、庭師、下働きの男、メイドたちを除いた魔族たちすべてが対象。多なりともヒンデンブルクの悪政に加擔した者たちは、すべて鈴によって処罰が加えられる予定。
午後になって広場には大勢の街の住人たちが集まって、これから始まるヒンデンブルクに対する糾弾のり行きがどのように運ばれているのか好奇に満ち溢れた眼をして待っている。それこそ街の住民がすべてこの場に集まっているのではないかと錯覚するほどの熱気に包まれているといっても過言ではない。
「街の住民たちよ、長らく待たせた。ただいまよりこの街の総監を務めていたヒンデンブルクに対する裁判を行う。なお今回の裁判はナズディアポリスからはるばるお越しになった大魔王様が直々に罪を暴いてくださるので期待するがよい。まずは大魔王様に街全の忠誠を捧げよう」
拡聲の魔法で広場中に守備隊長の聲が屆くと、住民たちは一斉に跪いて目を伏せる。その様子を眺めつつ、鈴が用意された臺上に昇っていく。
「皆の者、そう畏まる必要はない。楽にするがよかろう」
すでに鈴は大魔王モードを完全発中。威厳全開で臺に立つ姿に、住民たちはあたかも魂を打たれたかの様子。魔王城に初めてその姿を現した際と同様に、誰の目にもその場に立っているのが神話上の存在にも等しい大魔王だという事実が明らかとなっている。中には鈴が一言述べただけで涙を流し始める者も出てくる始末。それほど魔族にとって大魔王というのは強烈なインパクトを與えるらしい。ではなぜヒンデンブルグが気付かなかったのかといえば、やはりに目が眩んで魔族として事の本質を見る力を失っていたというべきか。
「まずは街の者たちに朗報を伝えよう。収穫時期を前にして食糧が不足していると聞いているが、現在ナズディアポリスから支援資を運んでいる最中となっている。すでに第一陣が屆いているゆえ、後程住民たちに無償で配給されるであろう」
「なんだって!」
「食料が配られるのか?」
「良かった… これで子供たちが腹を空かさずに済む」
住民たちは大魔王様の前ということも忘れて肩を叩き合って喜んでいる。どうやらこの街の食糧事は相當危ういところまで來ていたらしい。
「者共、喜ぶのは配給をけ取ってからにするがよかろう。さて、昨夜我はヒンデンブルグ一味を捕らえた。まず第一の罪として、この者たちは我に危害を加えようとした。大魔王に歯向かうなど言語道斷。この手で命を奪おうかとも考えたが、せっかくの機會ゆえに街の者たちに詳しき罪狀を明かそうと考えて此度そなたらに集まってもらった」
「なんだと、大魔王様に危害を加えようなどとんでもない話だ」
「ヒンデンブルグに死を!」
「反逆者は命を以って償え!」
街中の住民から非難の聲が相次ぐ。伝説の大魔王様に刃を向けるなど、それは間違いなく死に値する行為だと誰もが考えている。
そんな住民たちの聲が靜まるのを見計らって、再び鈴が聲を上げる。
「さらに第二の罪として、こやつはナズディアポリスからけ取った食料を住民には配らずに懐にれようとしておった。これは職務上の不行き屆きとして済ませるような軽い過失ではない。むしろこの大魔王に対する反逆行為と呼んでも差し支えないであろう」
「ヒンデンブルグの野郎、なんてヤツだ!」
「俺たちに配られる食糧を懐にれようなんて、八つ裂きにしても飽き足らないぞ」
「街の住民を飢えさせて平気だったのか。呆れてモノが言えないな」
まあこれが當たり前の住民というものだろう。食糧援助の話など何も聞いていなかった住民たちは顔を真っ赤にして怒りをにしている。
「さて、この件に関して何か申し開きがあるのか當人たちに訊いてみよう。そなたらは食糧援助を自らの利益にしようとした罪を認めるか?」
鈴は臺の右手に目を遣る。そこには柱に柄を括りつけられたヒンデンブルグとその一味の哀れな姿が。主犯であるヒンデンブルグとその手足となっていた実行犯の手勢の兵士たちはすでに鈴の眼に魅られており、言うがままに答えるしかない存在とり果てている。そこに大魔王様からの詰問が飛んでくると…
「大魔王様の仰せの通りです」
すっかり魂が抜けてしまったような抑揚のない返事が返ってくる。ほとんど鈴のり人形狀態になっているヒンデンブルグたちは全員が自分の意思とは関係なく罪を認める。
「これだけでも萬死に値する罪であろうが、街の者共よ、そなたらが何かこの場で告発したいのならば、聲を上げるのを認めよう」
鈴の発言にひとりの男が立ち上がる。
「コイツらは稅が払えないカタに俺の一人娘を連れ去ったんだ。奴隷にされて散々に辱めをけて、最後には門の外に捨てられてそこで息を引き取った。俺は絶対にコイツらを許さないぞ」
「俺の婚約者もこいつらの餌食となって自ら命を絶ったんだ」
「俺の娘も… まだ13歳だったんだぞ」
続々とヒンデンブルクに対する告発が相次ぐ。ここまで悪辣な所業を繰り広げていたとは、さすがの鈴も予想外だったかもしれない。
「良かろう。そなたらの告発は我の耳に屆いた。さすればこれより判決を下そう。ヒンデンブルグよ、心して聞くがよい」
住民たちの告発や鈴がこれから判決を言い渡すという聲にもほとんど反応を見せないヒンデンブルグたち。すでに自分たちの狀況がどうなっているのか判斷する力も失っている。
「それではこやつらの刑を伝える。ヒンデンブルグ並びに取り巻きの兵士たちはこの場で石打ちの刑。家族や主だった使用人たちは街からの永久追放を命じる」
「おお」
「やったぁぁぁ! ついにこの手で悪人どもを敗できるぞ」
「娘の仇を晴らせる時が來るとは…」
大魔王様からの沙汰を聞いて思わず涙ぐむ住民が多數。誰もヒンデンブルグに同しないところを見ると、この連中は相當街の住民から恨みを買っていたに違いない。今まで権力をかさにしてやりたい放題だった日々の清算をする日がついにやってきた。だがこれで鈴の仕事は終わりではない。
「そなたらに問う。ヒンデンブルグの後任として最も適した人の名を挙げよ」
「大魔王様、それはナルザル地區の區長を務めるスローダーさんで間違いございません」
「おお、あの人なら正直で公平な人だ」
「ぜひともスローダーさんにこの街を立て直してもらいたい」
賛の聲が相次いでいるので、鈴は當面この人に街を任せようと決めた様子。
「よかろう。守備隊長、そのスローダーなる人に本日中に総監の館に出頭するよう伝えよ」
「しかと承りました」
こうして後任の人事が決まったので、もうこの場に用はないという風で鈴は館に戻っていく。
さて日本人にはあまり馴染みのない石打ちの刑だが、これは現在でも中東辺りで行われている刑罰のひとつ。要は住人たちが気の済むまで罪人たちにコブシ大の石をぶつけて死のうが障害が殘ろうが一切お構いなしという、ナズディア王國では広く用いられている刑罰となっている。もちろん住民たちはヒンデンブルグたちを生かしておこうなどと考えているはずもなく、息のが止まるまで石を投げ続けるだろう。
そして鈴が退席して守備隊が荷車で広場に石を運び込むと、住民たちは挙って恨み辛みを石に込めてヒンデンブルグたちに投げ付ける。もちろん容赦などするはずもなく、頭に當たれば頭が割れて、手足やに當たれば骨が砕ける。だが罪人たちはすでに鈴の眼によって神を破壊されており、この期に及んでは痛みすらじないであろう。それはほんのしの大魔王の慈悲であったのかもしれない。
結局この日の夕暮れまで石打ちの刑は続いて、罪人たちはひとり殘らず息を引き取るのだった。
鈴回が続いていますが、次の投稿ではようやく舞臺が日本に戻ります。何が何でも戻します。これだけ魔族の國で大暴れしたのなら大魔王様もさぞかしご満足なはず。そして日本に戻って待っているのは…… この続きは出來上がり次第投稿いたします。どうぞお楽しみに!
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