《現実でレベル上げてどうすんだremix》W-006_ガンジ、行きまーす! 2
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余所の世界にあって、食住を得ることはなかなか容易ではない。
なにせ世界が変わる度に無一文にならざるをえない。加えて分も詐稱でもしないかぎり住所不定無職なので、まっとうな職に就くのもほぼ不可能。
いっそ野に生きるという選択肢もまあ、なくはない。木のうろやら窟やらで雨風を凌ぎ、狩猟採取で糧を得る……そんな暮らしも、レベル由來の力がある以上普通の人よりはよほど楽だろう。
しかし選べるのであれば、俺だって文化的な生活のほうがいい。
そしてそれもまた、変な力がある俺は人より実現が難しくない。
的な方法については、“困ってそうな人に恩を売る”のが一番手っ取り早い。
いわゆる一宿一飯の恩の、恩のほうを先に売りつける手口である。この場合、なるべく善良そうな人の助けになったほうが事は上手く運びやすい。そのうえで裕福そうだったり分の高い人間ならば、より快適な滯在が約束されるだろう。
……ひでえ押し売りもあったもんだと、我ながら思わなくもない。
しかしどうせ働くなら、悪行より善行。
あるいは手段を選ばないのなら、家主を始末して余所の家に居座るなんてのも可能といえば可能だが――
(――なるべく自発的にはやらねえって決めたしな、人殺し)
一度死んでみてわかったが、
あれはあんまり、いいものじゃない。
意識がなくなるのなら、それは寢るのと同じ。眠る瞬間のように自覚できず、いつの間にか途切れてそれきり――おそらく多くの人間が死をなんとなくそういうものと思っているだろうし、俺もまた実際死ぬまでは同様だったが、
あれはそんな単純な、否、簡単なものではない。
上手くは言えないが、
死(あれ)は酷く気分の悪い、気持ちの悪いものだ。
あの経験で俺は今まで殺した人らに対して、悪いことをしたな、と素直に思うようになったほど。
あんな験、わざわざするもんじゃないし、まして他人に強いられるもんでもない。
そんな理解から、俺はもう自分から人を殺すつもりはない。
……つってもこちらがどうこうする前に殺しにかかってきて勝手に返り討たれる場合は、まあしゃあねえかと思うしかない。〔反〕やめればいい話かもしれないが、なにがあるかわからない渡世、都合一回分の脅威を無力化するがあるのに、わざわざ使わないのも阿呆らしいだろう。
他人を死なせないのと同様、
俺だってまた死ぬのは、できれば免こうむりたいのだ。
さておき、
よすがもない余所の世界での文化的な滯在のため、困ってそうな人を見たらとりあえず手を差しべておくことにしている俺。
「いいですよ」
「不躾な頼みであることはわかっている! だが、かの帝國を退けるには一人でも多くの優秀な人材が――って、今、なんて?」
なので追われていた軍服、イルダを助けたし、その後の突然の頼みもこうして深く考えず頷いてしまっている。
「いいですよ、と。出來る範囲ならですけど」
「そ、そう! ありがとう! ――いや、かたじけない! 本當に心強い!」
聞き返されたので再び頷けば、彼は満面の笑みでこちらの手を取り、はっとして手を離し一歩引いて、あらためて禮を述べる。
ほのかに赤面。
しかしそれよりなお目につくのは、その髪と瞳の赤。
その鮮やかさは故郷の世界にいたら間違いなく二度見するほどで、そんなことからもつくづく別の世界にいるのだなあと実させられる。
ところで當然、イルダが話すのもまた余所の世界のまったく知らないはずの言語。にもかかわらず自然に會話できているのは、これも例によってあの児がおまけのようにくれた力のおかげ。
ステータスボード上では【意訳】となっているこの力。これは実際耳で聞いている音聲はそのままだが、不明の原理でその意味が大わかるじになっている。こちらが話す場合も同様で、発話はそのままにどういうわけか問題なく意味は伝わる。
「ではさっそくで悪いが、私についてきてしい。こっちへ」
そんなわけで、言語の違う相手ともやりとりに齟齬はなく。
言われるまま彼について、ひとまず移。
その裝いや先の発言からも察せるが、イルダの國は現在戦爭中。
そして先程追われていたことからもわかるように、戦況はあまり芳しくないという。
敵である帝國は、數と資源にを言わせて攻め込んでくる大國。対するイルダの所屬する公國は総合的な國力ではどうしても劣るが、それでもどうにか戦線を維持できているのは、彼含む“士”とやらの質が帝國よりも上だかららしい。
士――要は魔法使いみたいなもんで、どうやら俺もまたここではその枠にるようだ。
でもってその士がなんで重要なのかというと……
「……」
くすんだ金屬の裝甲。
おおまかに箱型の。そこからびる、肘から先が盾や砲口で武裝された腕。
半端な中腰のような姿勢の短い腳。そしてその足の裏は、いわゆるキャタピラ――
ロボだ。
今俺の目の前に佇む、そうとしかいえない乗り。
このロボがこの世界での戦爭の主役であり、
これをかせるのが士しかいないがゆえ、その存在もまた重用されるということらしい。
「――どうだ? 我が國の誇る汎用機械歩兵壱百弐式‐碧。貴殿の乗ることになる機だ」
隣にイルダがやって來て、やや得意気な顔でそう語りかけてくる。
現在俺がいるのは公國の前線基地、その敷地にある一際大きな天幕――要はこのロボの仮設の格納庫。
彼に連れられここまで來て、道中で上記の話も聞いてはいたが、しかし……
「……不安か?」
「え? ああ、はい。ええまあ」
問われ、ついなんとなく頷いてしまったが、べつにとくに不安なわけではない。
実際は戦闘ロボという存在を目の當たりにして、ただ唖然としていただけ。
全的には手足のついた重機といった印象だが、それでもロボはロボ。
この世界の人らは、なぜわざわざこの形狀を戦わせようと思ったのやら。
不可解なのは、トラックとか普通の車両も基地で見かけたこと。しかしそれらは主に輸送用らしく、裝甲つけて戦闘に出すとかの発想は、なぜかこの世界ではないらしい。
戦車とかのが効率よさそうな気がするが……あるいはこれは素人考えなのか。
威圧はあるよな、まあ。現代でも暴徒鎮圧とかには騎馬が有効とかいう話もあるし……。
「そう心配することはない。先の検査でも魔導係數は閾値を大きく超えるものだったろう? 貴殿ほどの士であれば、この子も十全にその力を発揮してくれるはずだ」
「そう、ですかね」
なんともいえない俺を見てか、勵ますようなことも言うイルダ。ここへ來てすぐ圧計みたいなのでなんかの數値を計り、それで俺がこれに乗れるのは判明しているらしい。
さらに縦には、専門的な知識や技などはいらないとか。縦席に著き縦桿を握れば、士であれば自ずとかしかたがわかるというか、意のままにかせるようだ。
もちろん、ぶっつけ本番で戦場に出されることもないらしい。このあと試運転が予定されていて、今はその場を整える待ち時間とか搭乗機との顔合わせというか、そんな時間だ。
「……すまない」
不意に、イルダから謝罪。
見れば俯きがちに、やや沈痛そうな面持ち。
「君は私を窮地から救ってくれた恩人なのに……その恩人を、私は戦地に赴かせようとしている。私に、我々にもっと力があれば、君が戦う必要などなかったのに……」
全然関係ないが、彼の顔立ちは滅茶苦茶濃い。や、人であることは間違いないが劇畫調というか、古い海外小説の挿絵を見ているような。というか彼に限らず基地で見かけた人間はもれなく同じ作風(?)なので、古い洋畫の世界に紛れ込んだ気分だ。
……逆にここの人らには、俺はさぞかし薄(うっす)い顔に見えてんだろうな。実際二度見とか、まじまじと見られたこともあった。
すげえどうでもいいこと考えてしまった。
「君の獻に私、――我が國は、報いることができるだろうか? もちろん、出來うる限りの禮は盡くすつもりだけど……」
「や、そんな、重く考えることないですよ」
切り替えて、だんだん深刻になっていくイルダに、俺は努めて軽くそう返す。
虛を衝かれたような、見開いた赤の瞳がこちらに向けられる。
「飯と寢床が得られれば俺は十分なので」
「そんなっ、それでは――」
「や、本當に。戦爭で余裕ない國(とこ)からふんだくるのも気が引けますし」
「…………」
俺の言い草に、彼はいわく言い難い表。
冗談めかしていると思われているかもしれないが、掛け値なしの本音だ。
ここの人たちは、それこそ命懸けの戦いにを投じているのだろう。
けど翻って俺は、この戦場に出ても死ぬ心配はまずない。どうもこの世界には“レベル持ち”相當の力の持ち主はいないようだし、それにロボ相手でも、あるいは……
ともかく、圧倒的に安全な立場にいるのに、危険にを曬している人たちにたかるほど俺も鬼ではない。
「……わかった」
ややあってイルダの、神妙な頷き。
「貴殿の心意気に、あらためて謝を。……そして帝國を退けた暁には、貴殿を我がイスペルの都アムネセへ招待しよう」
「それは……」
「いや、是非させてくれ。でなくばイスペラーダの名が廃る」
「……」
それからすこし微笑んで、そんな風にもつけ加える。
意気込まれても俺が彼の國の歓待やらをけることはまずないだろう。三日後にはこの世界を出なきゃならんし。
ついでに言えば、ここ前線基地もそれからたぶんこの國の都とやらも、次に【境界廊】が繋がる地點とは、最初にこの世界に出た場所から真逆の方向だ。というか話を聞くに、地點はむしろ敵國である帝國とやらの中にある可能が高い。
「――姫様、そろそろ」
「ああ、準備が整ったようだな。ではガンジ殿、機へ」
「あ、はい」
駆け寄ってきた兵士の連絡を合図に、俺はロボの試運転へ。
その後は明日の出撃の段取り、その説明を軽くけ、食事ののち就寢場所の天幕の一つに案された。一人部屋かつ余裕のある造りから、幹部とか士とかそういうの向けの場所を用意されたのかもしれない。
「……さて」
簡易寢臺に寢転がり、ひとつ呟く。
とりあえずこれで、一宿一飯は得られた。
であればこの恩には報いねばならないだろう。
出來る範囲で。
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