《魔法が使えないけど古代魔で這い上がる》60終幕
「ロイドぉっ!」
「先輩っ!」
クレアとエミリーは倒れるロイドへの元へと走る。
ウィンディア領の面々をルナに任せた2人は、アリアの言う通り自分の意志で判斷して、ここに駆けつけた。
大地と大気を揺らす余波に吹き飛ばされそうになりながら辿り著いた先で見たものは、風前の燈のような生命力と魔力を振り絞るロイドと、立ちあがろうとするもけない様子のアリア、そして倒れるレオンにトドメを刺さんとする魔王だった。
それを見て、2人は考えるよりも早くいた。
クレアは命と引き換えにしようとするロイドの助けと支えに。
エミリーは命を賭してまで為さんとするロイドを手伝いに。
だが、ロイドの無事はともかく、レオン救出は間に合わないタイミングでもあった。
魔王はあと手を振り下ろすだけなのだから。
しかし、ここでロイドは予想外の行に出た。
回復した魔力を全て風に変えた彼は、蒼い炎の前に躍り出たのだ。
慌てて消そうとするエミリーだが間に合わず、全てを焼き盡くす炎がロイドへと迫る。
だが、それが當たる事はなかった。
これはクレアは知らないが、エミリーにはその現象が知っていた。
かつて「恥さらし」と呼ばれていた頃に、ロイドが編み出した高速移である風の発を推進力に変えるーー今思えば捨てな移法だ。
それを蒼炎の火力と風魔によってかき集めた酸素によって行使したのである。
結果は劇的だった。目にも止まらぬ速さで吹き飛んだロイドは、魔王の振り下ろされる腕よりも早くーー魔王の首を撥ねた。
もっとも、首を切れたのはきっと偶然だろう。魔法を行使せんとしていた右手の反対、左手に握りしめていた短剣をただ突き出していたに過ぎない。
ともあれ、ロイドは間に合った。
本當にギリギリだった。レオンもアリアももはや魔のひとつも行使する力は殘っておらず、ロイドは力盡きていた。
クレアこそ生命力まで注ぎ込んで治癒魔法を使ったものの、魔王と戦うことを前提とすればエミリー含め余力は無いに等しい。
これで魔王が倒れなければ負けていた。
そんな局面で立ち上がった魔王を、しかし英雄2人が殘したダメージの隙をついてロイドとクレア、エミリーの力を合わせてトドメを刺せた。
次に同じ事を繰り返しても上手くいく可能は低いとさえ言える綱渡りだった。
そして今、無茶の反重癥で死の淵に立っている。
思わず目を逸らしたくなるような大怪我を背中に刻み、が止まらず、はぜている。
呼吸もしていないのか、微だにしないはーー死のそれにしか見えない。
「先輩!『神清』!」
だが、だからと言ってクレアが諦めるはずがなかった。
最上級の治癒魔法をロイドへと施し、さらには自らに『魔力増幅』を使って限界まで治癒魔法の効果を高める。
魔力が足りずが危険信號として頭痛を訴えるも、それを歯を食い縛って無視する。
「っ……!」
あまりの損傷に難儀する治癒を、しかし行使し続ける。
かつてない集中と使用魔力に脳が焼き切れそうになるのも無視した甲斐があり、ロイドの傷はしずつ塞がっていった。
「ちょ、っと……なんで?息、してないわよ…?」
呆然と呟くエミリー。
言葉の通り、傷が回復して致命傷の域から抜け出しつつあるにも関わらず、ロイドのは微だにしていない。
「だったらもっと治すまでですっ!」
半ば悲鳴のような聲で、クレアは治癒魔法に大量の魔力を流し込み続ける。
治癒魔法という大量の魔力を使用するそれを、途中抜けたとは言え魔王との戦いの後に行使するのはいかにクレアとて厳しかったが、しかし彼はやり遂げた。
ついに見た目には完全に完治した背中。
服を吹き飛ばしてぜたそれは背中を剝き出しにしているが、見えるのはに濡れたや骨ではなく綺麗なだ。
だが、ロイドのは呼吸はおろか心臓の震えすらじられない。
「……ウソでしょ?」
ぽつりと、エミリーの聲がこぼれた。
息も絶え絶えのクレアもまた、その大きな瞳はただ呆然とロイドを見ていた。
「そ、んな……」
呆然とするクレアとエミリー。
し離れた場所で、アリアが悔しそうな、悲しそうな表で目を伏せる。
多くの死を見屆けてきたアリアからしても間違いなくーーロイドはもう、手遅れだったのだ。
そして、を引きずるようにして歩いてきたレオンが、ロイドを真っ直ぐ見つめていた。
彼は重たいをどうにかロイドの橫に移させ、そして力盡きたように腰を下ろす。
かぬ弟子に、師は目を細めた。
「っ……」
クレアの力無く開かれていた瞳から涙が浮かび、エミリーが力なくうずくまった。
ーーそんな視線の先でレオンが拳を持ち上げて、ロイドに躊躇なく振り下ろした。
ドンッ! と音を立てて跳ねるロイドの。
「な……な、なにをしてんのレオンッ!」
死に鞭打つレオンに、思わずアリアがぶ。
狀況についていけないのか、目を丸くするクレアとエミリーの前で、
「っはッ……ごほっ、げほっ!ってぇええ!ぐぅうっ!」
ロイドが咳き込みながら痛みに転がり回った。
「い、いってぇ…?!なんかすげぇ背中がいてぇ!?」
「1人寢こけていたから起こしてやったんだ」
「んぁっ?!てめえかクソジジイ!ざけんな俺にも毆らせろや!」
「どうぞ?出來るものならな」
「ぼろぼろのくせに偉そうにしてんじゃねーよ!」
「死にかけたお前にだけは言われたくない」
「元気ですけど?!……いや待て、んん?」
ふと思い當たったようにロイドは振り返る。
そこで涙を浮かべるクレアとエミリーを見て、ポンと拳を掌に乗せた。
「あぁ、そーいやあの……あれだ、発…いや、ボンバー…うん、ボンバーダッシュが失敗してちょっと背中やられたっけか。クレアか、治してくれたの。ありがとな」
確実に今思いついた安直な技名の失敗を思い出して、クレアに頭を下げる。
「エミリーもすまん。ほんとは完璧にボンバーダッシュ決める予定だったんだけど、ミスったな。なんかごめん。次はうまくやるから今度練習しよーな、ボンバーダッシュ」
気にったのか安直な技名を繰り返すロイド。
「てかジジイのせいだろーが!魔王が突っ立ってるのに何寢そべってんだよ!歳のせいで腰でもやっちまったのか!?」
「うるさい。クソガキが余計な事をしなければ隙をついて俺が魔王のトドメを刺していたものを。當然、無傷でな」
「はいウソ!なんなん?たまに見栄はるよね?!絶対無理だったろ!今もすんげーしんどそーじゃん!」
「だとしても魔王やお前くらいなら簡単に倒せる」
「言ったな?!かかってこげふ?!」
言い切る前に、クレアとエミリーがをていして止めた。いや、抱きついた。
「お、おぉ……?」
思わぬ2人の行に目を丸くしていたロイドだが、肩を震わせる2人に、どうやら本當に心配をかけてしまったのだと悟る。
もしかしたら本當に死にかけたのかも知れない、と反省して2人に聲をかけようと口を開く。
「あー……えっと、」
「心配かけるんじゃないわよバカ!」
「先輩先輩先輩!死んじゃったかと思ったんですからね!」
それよりも早く、2人がガバッと顔を上げてまくしたてた。
「バカ!アホ!間抜け!考えなし!バカ!」
「次やっても治しませんからね!何が今度練習しようですか!バカなんですか!バカ!」
めっちゃバカバカ言うやん……とロイドは言葉を挾む間もくれない2人にただ気圧されるしかなかった。
とは言え、いまだに涙を浮かべる2人にそもそも反論しようと言う気があるはずもなく、ロイドはただただけれる事しか出來ない。
「はぁ……ロイドは元気そうね、良かったわ……ねぇあんた、何したのよ?驚いたじゃない、ついに頭イカれたのかと思ったわよ」
それを橫目に見ていたレオンの橫に、しんどそうに移してきてアリアが腰を下ろす。
「あぁ……ほどよく心臓を毆るとたまに復活する事がある。ロイドは傷も消えていたからな、復活すると思って試した」
かつて死神として多くの死に立ち會った彼のちょっとした経験値だったりするそれは、まさに心臓マッサージそのものだった。
やり方が暴かつ獨特ではあったが、結果はどうにか功となったようだ。
ちなみに元日本人のクレアが思い付かなかったのは、まぁその時の心では仕方ないのかも知れない。
「ふぅん。まぁ結果オーライで良かったわ。あんたもよく頑張ったわね」
「お互い様だ。そもそも俺達が片をつけるべき事だったしな」
「そうね。でも、最後のあんたはすごかったわよ?よくあんな力引き出したものね」
文字通りの渾の力。否、あれ程の力を出せた事などレオン自かつてない事だった。アリアから見ても、かつての大戦最後のコウキにも劣らぬ力だったと斷言出來る。
そのきっかけとなったのは、言うまでもなくなくーー
「まぁ、最終局面だったしな。火事場の馬鹿力というやつか」
「ふふっ、そういうことにしておいてあげるわ」
鼻を鳴らすレオンに、アリアは可笑そうに笑った。
そしてどこか子供が拗ねたようにも見えるレオンの顔を覗きこみ、アリアは言う。
「ちなみに、頑張ったわねって言ったのはそれだけじゃないわよ?」
「? なんだ?」
「あんた、ロイドの心臓叩いて復活させる時……手、震えてたでしょ」
「?!」
ニヤニヤ笑うアリアの思わぬ言葉に、ついレオンは目を丸くする。
その表にさらにアリアが笑いを深め、レオンは慌てて無表に戻る。
「ロイドが死ぬの、怖かったんでしょー?素直に心配したって言ってあげたら良いのにー?」
「バカを言え。クレア達の前でうっかりのままにクソガキを砕しないか、力加減が心配だっただけだ」
「ふーん?でもロイドが起き上がった時、あんた笑ってたわよ?」
「ウソをつくな」
「ウソじゃないわよー?」
ニヤニヤ笑って詰め寄るアリアと、顔をそっぽに向けるレオン。
クレアとエミリーに説教混じりに抱きつかれて、気まずそうに苦笑いするロイド。
人類史上最大の厄災とされた魔王を倒したという歴史的快挙をし遂げた師弟は、しかし隨分と肩が狹そうな終幕であった。
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