《ネメシス戦域の強襲巨兵【書籍六巻本日発売!】》鉄塊のトロフィー
決著の時は來る。
「カラヌスをこの広場に叩き付ける気ね」
ヘスティアは頭上を見據えている。
「アレスみたいに挽きつぶすって宣言してたよ」
アシアが目を逸らしながら、フリギアの言葉を二人に伝える。
「トロイア戦爭の逸話だな。かの神は二度にわたりアレスを打ちのめした。一度目はアテナ自ら戦車の者となり、アレスを槍で貫いた。二度目は大巖で頭をかち割ったとも、ぺしゃんこにしたとも言われている」
「今のあれ、私の要素も、キュベレーの要素もほとんどないよ……」
アシアが思わずあれと言ってしまう。
「めっちゃアテナしてるじゃない。今のフリギア。キュベレーに寄る要素なんて欠片もなさそう。そうか。今は戦車をってるから、よりアテナっぽくなってるんだ!」
「キュベレーなど目にらないぐらい、乗りに乗っている、か。戦車にな。笑えない冗談だ」
呆れたようにため息をつくヘスティアと、自ら呟いた戯れ言に苦笑するハデス。
「耐えられるかな。ブリタニオン」
「そのための槍が戦闘機だろう。クッション代わりにはなる。その後、轢き潰す。戦車に乗ったアテナそのものだ」
「アテナの逸話そのものを引っ張ってきて、確実な勝利をってところか。オリンピアードもアレクサンドロスとウーティスが同著一位になるか。二機ともゴルディアスにひっついてるし」
「生まれたばかりの超AIがやることではないね。キュベレー要素が吹き飛んでいる。よっぽど鬱屈がたまっていたのかなアテナ」
アシアもハデスに釣られて苦笑する。彼の側面を持つとはいえ、フリギアは実にアテナらしい。
「プロメテウス。お前、相當やらかしているぞ。東方概念の強引な解釈もだ」
饒舌になっているフリギアの宣言に、思わず苦言を呈するハデスだった。
『聞こえるかな。――ヘスティア。戦闘機はそのままですよ? 爐床の神たる権能、今こそ見せてくださいね』
広場にフリギアの聲が響き渡る。
『私の數ない権能まで計算にれるとは、アテナ。貴は相変わらず容赦ないわね。――今はフリギアか。ありがとう』
みんながブリタニオンを守るために全力を盡くした。今こそ彼の神髄を見せる時が來た。
「頼んだ。ヘスティア!」
コウの願いは彼に屆いていた。
余裕の笑みを見せるヘスティア。
「私の権能。見てなさい? コウ」
コウには聞こえない。あえてウーティスと呼ばずコウと呼びかけたヘスティア。それは親と謝意が込められていた。
今の彼は自信に満ちている。彼の誇り。譲れないもの。遠き過去に朽ちるはずの彼がここにある理由――それがかく示された(Q.E.D.)。
『人々の中心。爐床の神ヘスティアの権能を発。我、決してかず。我が炎、決して絶えず。すべてのものよ。我の元へ集え』
世界に向けて宣言するヘスティア。
人々の生活を守るため、火は常に爐端にある。
それが彼が司る権能。【人々の中心にあるもの】という概念だ。
「かず、すべてを引き寄せる。ゆえに個人への肩れではない、か。詭弁だが、なんでもありと明言しているからな」
ハデスが飄々として想を述べた。目の前にゴルディアスが落下しても、ビジョンたる三柱はじない。
かくしてカラヌスはかぬ戦闘機に貫かれ、ゴルディアス制中樞に挽きつぶされることになったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
衝撃がブリタニオン部を襲う。
オイコスたちに被害がでないよう、すべて中央の闘技場跡に閉じ込めるヘスティア。この闘技場跡が、衝撃波と熱で荒れ狂っている。
ゴルディアス制中樞は地面にのめり込み、カラヌスの姿は見えない。
五番機も地面に著地し、膝をつく。不撓不屈の効果でスラスターが復元している。おそらくリアクターも無事だろう。
ヘスティアはブリタニオンの重力制を解除した。
「やったー。かったよー。アシア! ハデスもヘスティアも! みてくれたー?」
五番機から狀態のフリギアが飛び出し、アシアのもとに駆け寄る。アシアは微笑みながらフリギアを抱き上げた。
「フリギア。新しい火まで生み出すとは……」
「なんのことー?」
可らしく小首を傾げ、意味を理解できないというを出すフリギア。
「あざとい」
無邪気なフリギアに冷めた目で一瞥するヘスティアが斷じた。
言葉が明瞭になっている。つまり演技だ。
「あざといな。しかしだ。これはこれでアテナという気がする」
二人に兄妹は素直な想を述べた。半ば演技がっていることはすでに察知している。
「そんなことないよー」
「生まれた時から人だったでしょ。アテナ」
「フリギアですー」
「……まあ、いいわ。ウーティスは?」
「気絶してるよ。超重力に巻き込まれた上に、【機制の火】もない狀態で現行のMCSだもの」
「いのちにべつじょうはないよー!」
アシアとフリギアが問題にしていないなら大丈夫だろうと判斷するヘスティア。
「私は彼が目覚める前に、最後に一仕事してから去るよ」
「一仕事?」
「ブリタニオンをI908要塞エリアに戻すんだ。オケアノスの許可など不要だろう。本來あった場所に戻すだけなのだから」
「オケアノスの許可無しにけるなんてあなたぐらいなものよ。ハデス」
呆れるアシア。もし彼がブリタニオンを元の場所に戻す場合、オケアノスと通信が必要だっただろう。
「ありがとう。ハデス」
「またブリタニオンを中心に人が集まるといいな。オイコスたちもいる。――聖域を作るよりも、オイコスをアシアに預けて宇宙を彷徨ったほうが楽かもしれんぞ」
「あなたのいうとおり、何もしないことは楽でしょうね。――でも何もしないことこそ罪。人々の中心となることが私の存在意義というなら…… 私は私のやりかたで人々を助けたいのです」
「そうか」
ハデスはそれ以上語らなかった。自慢の妹だ。
「……まだだ。まだ勝負は終わっていない。俺の勝ちだ……」
制中樞が中を浮く。
裝甲が剝がれ、損壊したシルエットが姿を見せる。カラヌスだった。
背後から歪な形の金屬が突き出ている。押しつぶされた星開拓時代の戦闘機だ。機首は腹部から突き出ているが、先端は平坦となり、と同一化している。
カラヌスは腹部を貫かれてなお、稼働している。リアクターもMCSも無事だったのだろう。ただ、中のパイロットはもはや生きている人間とは思えず、まみれだ。
「さすがは神の。量産型とはいえ、神代の戦闘用シルエットだね」
アシアが嘆の聲をあげる。
「アナザーレベル・シルエットが神代の戦闘兵なら、ブリタニオンはヘスティアそのもの。究極のシェルターなのに。そのなかでももっとも中樞區畫に近く、頑丈な隔壁と激突したはずでもなお稼働している」
「それでもあの衝撃を殺しきれるとは思えないかな。中はミンチになるはずよ。バルバロイの構造、か」
「それも時間の問題ね」
ヘスティアはカラヌスに向いて話し掛ける。
「同著一位で、勝負としてはあなたの完敗よバルバロイ。もはやあなたは死にです。機はいても生部分が瀕死なのでは?」
「そうだな。だが俺の生が死に、機械部分が朽ちようと、聖櫃の中。――ゴルディアス制中樞だけはもらいけるぞ。さらばだ!」
カラヌスが逃げるかのようにスラスターを全開にして、ゴルディアス制中樞を支えるように飛翔する。
コウは気絶しており、殘された三人はただ見上げるだけだった。すぐにカラヌスは視界から消えていなくなる。
「呆れた。悪あがき以外なにものでもないわ」
「アレクサンドロスⅠは生きてエウロパに戻ることはないだろう。軌道を計算し、修正して持ち帰るといったところかな。しかし最後までここにいるフリギアに気付かないとは、ある種哀れだ」
「MCSは機械の言うことは聞かないから、打ちっぱなし式のロケットと同じ方式でしょうね。――で、フリギア。何かしたんでしょ?」
ヘスティアに突如話を振られたフリギアは、にっこりと笑う。
「せんしゃのなかみをなにもかもからっぽにしただけだよー。フォームウェアレベルでしょうきょしたから、うごかない。うごいたとしてもかんぜんふっきゅうはむりだよー」
フリギアはどや顔で笑う。いたずらに功した顔ではない。悪巧みに功した、策謀家のそれだ。のしていい顔ではない。
「優勝者としてはトロフィーはしかったのかな」
「トロフィーなんて呼稱さえもったいないわ。參加証でしょ。あんな殘骸」
「ただの鉄塊をトロフィーとして持ち帰るわけか。アテナが何もしないわけがない」
「フリギアですー」
「おっと。そうだったな。フリギア。では今度こそさらばだ。彼にはそうだな。――アイデースがまた會おうと言っていたと伝えてくれ。アシア」
「必ず伝えるわ。ありがとうハデス」
「本當にね。――ありがとう。ハデス。助かったわ。フリギアも。心から謝する。でもあんた。いつもどこにいるのよ?」
「緒だ。もう無茶するなよヘスティア」
そういってハデスの姿はかき消えた。
殘された三柱の神は、靜かに佇むのみだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
落下時點での振り返りです。當然、手札の一つにはっていたのでしょうが、フリギアは貶められたヘスティアも救おうとしていたのす。
「何もしなかった罪」をヘスティアは自覚しています。正確には「何もできなかった」のですが、それを理由にしてはいけなかったのです。
等しく平等に、中心となる。神ヘスティアはローマ時代において重要な神でした。ウェスタはヘスティア以上に逸話はありません。
古代、火を囲む人々のように。ヘスティアのアイデンティティーはけないこと、と同時に、引きつけるものでもあるのです。
アテナ。よく使われる形容詞はGlaukopis(グラウコーピス)は「ギラギラした瞳」「輝く瞳を持った者」で、狙った獲は逃しません。この異名は近いうちに登場します。
日本語wikiだとアレスを大巖で毆りつけています。英語wikiだと「くしゃくしゃになった」と書かれています。兄の威厳が……
アテナの逸話を一つ。トロイア戦爭時、オデュッセウスの敵であった將軍を発狂させ、牛を誤認させ大量に殺させました。
さすがのオデュッセウスも敵に同しましたが、アテナはこういいました。
「あなたの敵を笑うために。それよりも甘な笑いがありましょうか?」
敵ではなく牛を殺したことに恥じた將軍はその後自死しました。
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