《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第234話 アンフェール大學
アンフェール大學校。刻印都市ルーナリアにそれが創設されたのは300年もの昔だ。
ルーナリアの歴史そのものとも言える、由緒あるアンフェール大學は、ロスメルタにおける知識の寶庫。
各地から研究者や學生が集まり、都の一角で學園都市とも呼ばれる特別區を形するほどに日夜盛んに研究や実験が行われているようだ。
「あそこは素晴らしい學校ですわ。私の息子も數年前に卒業しているのよ」
「學校ですか。確かに調べや、波導について理解を深めるなら最適ですよね」
「ちょうど二の月から新學期が始まるわ。急げば今期の開始に間に合うんじゃないかしら」
「學校……。私、學校に通ったことがないのでし憧れます」
「私も家庭教師の先生に勉強を教わりましたから、全然想像できませんよ」
「みんなで學校に通うなんて、なんだか楽しそう! って、あれ、どうしたのナトリ?」
「…………」
「ナトリくん、なんだかちょっと顔よくないです。大丈夫ですか?」
俺は學校が嫌いだ。大キライだ。何しろ一つもいい思い出がない。
その代わり嫌なことならいくつだって挙げられる。學校なんて忌々しいもの、もう二度と関わらずに済むと思っていた。
「いや、なんでもないよ……」
アンフェール大學なら、厄災や影の軍勢についてのんな資料や文獻があるかもしれないし。創世神話や魔法について研究している人だっているかもしれない。
ルーナリアの街で、ただ迷宮出現を待つよりきっと有意義な時間を過ごせるだろう。
けど……、正直なところ気が進まない。
「ええんやないか? 迷宮が出現するのもいつになるかわからんし、目的もなくただ待ち続けるんはちょっとな」
「迷宮の出現時期とかって、ある程度予想されてたりするんですか?」
リィロの質問に対し、アリョーナは首を傾げて答える。
「そのような研究がされていると聞いたことはありますが……、正確な日時がわかるわけではないのです。大三年から五年くらいの間隔ですわね」
「そろそろ現れてもおかしくはないけど、一年以上出てこない可能もある……。ってじですね」
「みんなは、アンフェール大學に學してみたいと思うのか?」
俺の問いにみんなは揃って頷いた。
こうなってしまっては、俺一人意地を張ったところでどうしようもない。
「じゃあ、迷宮が現れるまでの間學校に通ってみようか」
「決まりだね」
「アンフェール學園都市はグレナディエ區にあります。ここアマリリスからはし離れていますから、學生寮に寮するのが良いでしょうね」
「ところでアリョーナ叔母さま、アンフェール大學には學資格や試験はあるのでしょうか」
「いいえ。あの學校は學ぶ意志ある者全てにその門扉を開いていますよ」
つまり授業料さえ払えば誰でも講義をけられると。進級や卒業ができるかはまた別問題だろうけど。
學校に対するトラウマとは別の部分でまた不安だ。俺、授業についていけるのか?
俺が一人のに抱く不安とは裏腹に、みんなはなんだか楽しそうだ。
楽しそうに學校について語るアリョーナの話を、ふわふわと暇そうに近くを漂っていたフラーを捕まえ膝の上に乗せながら聞いた。
§
翌日、俺たちは早速グレナディエ區の學園都市までやってきた。
朝からアリョーナ夫人の屋敷を発ち、アマリリス區とグレナディエ區を接続する移用リフトに乗った。
都市の下部にある力機構から供給されるエネルギーにより、離れた區間を行き來する自リフトが利用できるのだ。
機械的にく金屬製の屋つきリフトにみんなで乗り込んだ俺たちは、ゆっくりとく都市の景観を興味深げに窓から眺めていた。
一刻ほど街を遊覧するようにしてグレナディエ區に辿り著いた。アンフェール學園都市は非常に大きな街で、途中リフトの窓から學校の全容を見渡すことができた。
「これがアンフェール大學校……!」
「でっかー……」
浮遊する居住街區に囲まれるようにして年季のったあせた赤い校舎が浮かんでいる。まるで城のように複雑な建築に、増設を重ねたように様式の微妙に異なる校舎が連なっている。
円環狀の校舎が上下に重なるようにして浮かび、それぞれがゆっくりと回転している。全像は巨大な山形で、300年の歴史の重みをじさせる威容を誇っていた。
周囲には整備された街並みが広がっているのが見下ろせる。
発著場でリフトを降りると、すでにそこはアンフェール學園都市と呼ばれる地區だった。ここらはもう既に學生や研究者が集まり居住している地區なのだろう。
今日は見學を兼ねた學と寮手続きのために皆でやってきた。
それにしてもルーナリアの街並みは獨特だ。プリヴェーラが話の世界だとすればここは刻印回路が張り巡らされた機械都市といったところ。雰囲気は王都エイヴスの王宮オフィーリアに近いか。
フウカも興味深げに學園都市に立ち並ぶ高層建築を眺め回している。
「なんか楽しそうだなフウカ」
「みんなと一緒にいろんな場所を旅できて、私すっごく嬉しいんだ」
「そうなの?」
「うん。昔の事は全然思い出せないけど、みんなと一緒に旅した事は確実に私の大切な思い出になるから」
思い出か。……そうだよな。
もしかしたら明日全ての厄災が同時に復活して、こんな日常が永遠に失われる可能だってあるのだ。
フウカの笑顔やみんなとの日々を出來るだけ憶えていたい、とそう思った。
§
學校の大門を潛り、く歩道に乗って大學の敷地の中心へ辿り著く。巨大なアンフェール大學の校舎は直上に浮かんでいる。
中心地に建つ、広くて天井の高い壯麗な円形のホールにっていく。り口でキョロキョロと周囲を見回していると、後から來た揃いの學生服を著た男達がホールを進んでいった。
彼らは壁際にずらっと並ぶシャッターの前に進み、扉の橫にあるレバーを引く。ガラガラとシャッターが開き、彼等が中へると昇降機はそのまま上昇を始めた。
「この昇降機に乗って上の學校まで上がるみたいですね」
「よーし」
フウカが男達と同じようにシャッターの一つを開く。全員で昇降機に乗り込むと、箱は上昇を始めた。
學園都市の景観を橫目に箱は高度を上げていき、やがてチン、と音を立てて停止した。
昇降機を降りた先には、高い吹き抜けのこれまた広いエントランスロビーが広がっている。太い柱が並び立ち、高い天井まで張り巡らされたガラス窓の數々が印象的だ。
付カウンターに座るコッペリアの學校職員に聲をかける。
「學したいのですが、どこでけ付けてもらえますか?」
「本校にいらっしゃるのは初めてでしょうか」
「はい」
「でしたら、もうすぐ學説明を兼ねた軽い見學會が開かれる予定ですので參加してみてはいかがでしょう」
「なるほど、俺たちも參加したいです」
「あちらで々お待ち下さい」
職員が示したロビーの一角には人が集まっていた。見學參加者達だろう。
「見學會ですか、わざわざ説明してもらえるなんてありがたいですよね」
「渡りに舟やな。正直右も左もわからん」
「なんか親切だよねー。校舎の中もすっごい綺麗にしてあるし」
その後俺たちは揃って見學に參加し、學校についての説明をけた。
§
アンフェール大學への學は、前期と後期に分かれた學期の授業料をその都度払えば可能になる。
それなりの金額ではあるが、學生となって學校にある各種施設が自由に利用できるようになり、大學教授達の講義をける事ができる。
出費は痛いが俺たちの懐はプリヴェーラ大暴走の戦果によってそれなりに潤っているし、學業の合間にみんなでモンスターを討伐して素材を売ればなんとかなるだろう。
とりあえずこれから始まる前學期の授業料を払えば當面は學生となれるので、そこは皆問題ないようだった。
ただ、リッカはさすがに手持ちが心許無く俺がいくらか貸すことにした。拾ってよかった迷宮産風のフィル結晶。本當に。
フウカの方は一応王宮神の職務として旅をしているので、エイヴス王國よりある程度の経費が支給されているので問題ない。
リッカは申し訳なさそうに謝った。彼から金銭関係で謝られるのは最早何度目だろう。
とはいえ學に際した出費はそれだけでは済まないし、寮費や食費も稼がねばならない。そうそう暇ということもなさそうだ。
學校の方が落ち著いたら、とりあえずルーナリアのバベルに顔を出そう。
あまり贅沢もできないので、學生寮は揃って下位グレードのものを選ぶことにした。
資金に余裕のある波導士の三人は俺たちに合わせる必要はないのだが、寮の場所の問題であまり離れるわけにもいかず、同じところを選んでくれた。正直申し訳ない気分だ。
「俺は別にどこでもかまわんぜ。ま、普通に寢られればの話やけどな」
「私はみなさんと同じところが良いです。庶民的な暮らしというのにも憧れますし」
「私も。っていうか、普通に節約したいだけだったり……」
三人ともそこまで嫌がる風でないのが救いか。とはいえ資金面はちょっと不安。みんなでバベルに行き、わりのいい依頼でも探す必要がありそうだな。
肝心の授業の容だが、アンフェール大學には無數の學部が存在する。學部毎に専門課程の容は異なり、學びたい分野に合わせて學部を選ぶ事になる。
「俺は普通に波導學部やな。お前らもか?」
「はい。一通り學んだとはいえ、ここで行われている専門的な研究にも興味がありますし」
「私も波導ですね。フウカちゃんも?」
「うん。もっとちゃんと波導(ウェザリア)のこと知っておきたい」
フウカが勉強か。あんまりイメージできないけど大丈夫か……。
「俺は刻印學部にろうと思う」
「え、ナトリは違うところなの?!」
「だって俺、みんなと違って波導使えないし……」
「そりゃ、せやろな」
なんとなくで選んだわけじゃない。クレイルやリッカの持つ「盟約の刻印」は、神や厄災と多いに関係があるし、俺の武であるリベリオンは機械だ。
刻印(エメト)について理解を深めれば、今後々と自分達のためになるような気がする……。そう思って決めたことだ。
「私もナトリ君と同じ刻印學部にするわ」
「リィロさんは波導學部じゃないんですか?」
「うん。私は響波導でも探知に特化してるから、正直これ以上び代もないのよ。かといって他の屬(エモ)使えるわけでもないし……。だったらこの際、刻印について知見を得るのも悪くないかな、ってね」
それぞれ希の學部を決めたところで、今日のうちに學手続きまでしていこうということになった。
必要な金額を払い、機械によって板に自分の個人報が刻印として刻まれた學生証をけ取った。ルーナリアではこれさえあれば住民証明にもなるらしい。ありがたいな。
さすが刻印都市と呼ばれるだけあって、住民報の管理もしっかり刻印で行われているらしい。
學生証には難解な文様が刻まれているだけのように見えるが、これはある特定の機械でしか解析できない暗號刻印を含み、落としたり無くしても売られたり悪用されたりするのを防げるそうだ。なんなら落とした場所すら検索できるそうだから驚きだ。
「學適試験もけていきますか?」
「適試験?」
手続きが終わると急にそんなことを聞かれた。
「ええ。新生は新學期が始まるまでに必ずける決まりです。試験結果によって進級に必要な単位數が変化するのです」
「そうなんですか……」
適試験で高得點をとれば、マメに授業をけたり定期試験を頑張らなくても進級しやすくなり、落第する可能を減らし自分のやりたい研究により時間を使う事ができるわけだ。
學早々試験があるなんて。どのみちけねばならないのであれば斷る理由はない。
ただ、試験に対する備えなんて全くしていないんだけどな。
刻印學部の適試験は合同で行われるらしく、しばし待たねばならないようだ。
波導學部の方はすぐにやるそうなので、見學のため俺とリィロはみんなの適試験に付いていくことにした。
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