《【書籍化】絶滅したはずの希種エルフが奴隷として売られていたので、娘にすることにした。【コミカライズ】》第89話 メイド、ファインプレー
重厚なドアの隣に據え付けられた呼び鈴を鳴らすと、程なくして若いメイドがドアから顔を出した。メイドは俺の背中で眠りこけているジークリンデに気がつくと、慌ててドアを開け俺たちを中に招きれた。燦々とに満ちたエントランスに備え付けられている、魔法省の応接室にあったものより更に高級そうなソファにジークリンデを寢かせると、メイドが心配そうにジークリンデの傍に寄る。
「酔って寢てるだけだ。心配しなくていい」
「良かったあ…………送って頂きありがとうございました。あの…………ヴァイス様、ですよね?」
そう言って、メイドは珍しそうな視線を俺に向ける。妙に微笑ましげな目を向けられている気がするのは果たして気の所為か。
「…………名乗った覚えはないんだがな」
ジークリンデの格上、俺のことを誰かに話しているとは考えにくい。リリィがハイエルフだということは俺とジークリンデ、それとエスメラルダ先生しか知らないことであり、その上でわざわざリリィに注目が行くようなことを話す奴ではないだろう。
フロイド家の若いメイドが俺の名前を知っている理由が思いつかず、得の知れない寒気が背筋をでていく。このメイドはどうしてそんなニンマリした笑顔で俺の顔を見るんだ。
若いメイドは人懐っこそうな笑みを浮かべながら、ぐいっと俺に顔を近づけてくる。貓のような大きな瞳が俺の前を通り過ぎ、耳元で止まった。
「…………あの、お嬢様のこと、よろしくお願いしますね」
「…………?」
耳元からすっとを引いたメイドは、相変わらずの笑みを顔にり付けて俺を真っ直ぐに見つめている。それは監視しているようでもあった。コイツ、一何を知っている…………?
「なあ────」
「さぁてと! 私はお嬢様を運ばなくっちゃ!」
メイドは機先を制すようにジークリンデを背負って歩いていこうとする。俺は慌ててその背中を捕まえた。
「重いだろう。俺が運ぶよ」
「ま! ダメですよヴァイス様、お嬢様を重いなんて言っちゃ」
言いながらも、やはり重かったのか大人しくジークリンデの柄を引き渡してくるメイド。まるで友人かのような言いにツッコむ気すら失せてくる。この前対応してくれたメイドはしっかりしていたと思うんだが、どうしてここまで勤務態度に差があるんだろうか。フロイド家は意外と緩いのかもしれない。
「ここがお嬢様の寢室です」
メイドに案されるがままとてつもなく長い廊下を歩いていると、やっとジークリンデの寢室に辿り著いた。家が大きすぎるのも考えものだな、などと思いながら遠慮なく部屋にると、うちのリビングより広い豪華な部屋の奧に、天蓋付きのベッドが鎮座していた。
…………コイツ、こんなお姫様みたいなベッドで寢てたのか。イメージと合わなさすぎる。
「うーん…………むにゃ」
ベッドにジークリンデを寢かせると、ジークリンデは気持ちよさそうに寢息を立て始めた。慣れ親しんだベッドに辿り著いて、本格的に寢るモードにったようだ。
「ヴァイス様、ありがとうございました。あとは私がやっておきますね」
「ああ。済まないがよろしく頼む」
部屋から出ると、當然のようにメイドも付いてきた。見送りはいらないと言いたい所だったが、生憎迷わずに玄関まで辿り著ける自信もない。俺は大人しくメイドの後ろを歩くことにした。
「────そうだ、一つ聞きたいことがあるんだが」
「はて、何でしょう?」
「アイツは…………今日みたいなのは大丈夫なのか? この前もうちに泊まっていったが」
「あー…………」
俺の質問に、メイドは歯切れの悪い相づちを返してきた。それはもう答えを言っているようなものだったが、一応しっかりとした言葉を待つ。
「…………実は、あんまりよろしくないかもしれないですねえ……。奧様はその辺り寛容なのですが、旦那様は今でもお嬢様のことを大切にしていらっしゃいますから…………先日、お嬢様が朝にお帰りになられた際も、珍しく口論していらっしゃる様子でした」
「…………そうだったのか」
この歳になっても自分の行を指図されるとは、アイツも苦労してるな。名家に生まれた者の宿命と言えばそれまでかもしれないが。
「それなら、もうこういうのは止めた方が良さそうだな」
ジークリンデと飲むのが楽しくないとは言わないが、流石にフロイド家の當主を怒らせてまでとはいかない。こうしてメイドにも迷を掛けてしまうし、ジークリンデの立場も悪くなってしまうだろう。
しかし、メイドはわざわざ俺の方に向き直ってまでそれを否定する。
「いえ、是非これからも遠慮なく、お嬢様を連れ出してあげて下さい」
メイドの真剣な眼差しには、さっきまでの緩い雰囲気は微塵もじられない。本気で言っているのは確か。
しかし、言っていることは意味不明だ。使用人が雇い主の意に反することをしているんだから。
「いいのか? 父親は怒ってるんだろ?」
「構いません。それは奧様の意思でもありますから。更に言えば…………メイド一同は何よりお嬢様の味方をすると決めていますので」
「…………また複雑な事がありそうだな」
察するに「もう大人なんだから好きにさせてやれ」派の母親と「いくつになっても娘は娘だ」派の父親で対立しているってことだと思うが、一番意外だったのはメイド達がその二人ではなくジークリンデの味方だということだ。あの自分にも他人にも厳しいジークリンデがそこまで慕われていたとはな。
「そういうことですので。どうかこれからもお嬢様をよろしくお願いしますね」
最後に笑顔に戻ったメイドに見送られ、俺はフロイド家を後にした。
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