《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第5章 1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 2 巖倉節子(4)

2 巖倉節子(4)

実際、戦後生まれである剛志には、到底及びもつかない苦労だってあっただろう。もしかしたら、不思議なくらい厚塗りの化粧は、そんな過去の生き様からきているのかもしれない。

ただなんにせよ、剛志はそんな時代をまったく知らない。

「昭和二十年にあった大空襲の時って、名井さん、東京のどの辺りにいらしたの?」

なんてことを尋ねられても、生まれてないから答えたくても答えようがなかった。下手な場所を告げて、「そこは火の海だったでしょう」なんて返されれば、きっと生き殘れた理由まで話すことになるかもしれない。

お互い、四十四歳と四十六歳という二歳違いだ。

本當なら共通する験も多いだろうし、特に終戦直後、當時のことは、絶好の話題となるはずだ。ところが剛志にとってはその手の話が一番困る。

「病院食なんて、今の人にはきっと味しくないんでしょうけど、闇市の時代を知っている世代には、今の食べなんて、なんだって味しいって思えるわよね」

わたしたちの世代なら……きっとそうだと言いたいのだろう。

それからさらに、闇市シチューは怖かったとか、それでも代用うどんは味しかったなどと言われて、笑って頷く以外にどうしようもないのだ。

「あれって、進駐軍の殘飯を煮込んだものって聞いてたから、そんなもの絶対に食べないって思ってたの。でもね、本當に何日も食べてなくて、そんな日に偶然出會った人に言われたのね。どんなことがあっても生きなきゃダメだって。そうしないと、この日本を救うため、遠い異國の地で死んでいった人たちに申し訳が立たないだろうって、真剣な顔で怒られたわ。その人と出會っていなければ、わたしはきっと、どこかで野たれ死にしていたと思うの。それからその人、グイグイわたしの手を引っ張って、どこかの闇市に連れて行ってくれたわ。そこで、さ、食べなさいって出されたのが殘飯のシチューだった。あれね、殘飯だけじゃないのよ。煙草の吸殻なんてマシな方、ちょっと口に出せないものだってってたりするんだからね。もう、本當にあの頃の日本人は、奴隷みたいなものだったのよね……白人さんたちの……。ああ、やだやだ……」

その時、隣で同じものを食べていた勤め人風の男が、いきなり「ウッ」と聲をあげ、慌てて指先を口の中に突っ込んだという。

そして口から引っ張り出したのが、後になって考えれば使用済みのコンドームだったという〝オチ〟だ。

「その頃のわたしはそんなもの知らないし、へえ、風船までってるんだ、くらいに思っていたのね。その人、それを道に叩きつけてね、それで、じっとおわんの中を見つめているの。脂っこくて、底に殘っているドロドロっとしたのをしばらく見つめて、それでも、また勢いよく食べ始めたわ。きっとね、いろんなことを考えたのよね。でも、結局は食べたのよ。食べてこの日本を立て直すんだって、きっとそんなことを考えたんだと思う。だって、泣いてたのよ。その人は泣きながら、くそっくそって、小さな聲で言って、それでも必死に、ドロドロしたシチューを一生懸命食べてたわ」

そんな姿を目の當たりにして、彼は殘飯シチューを殘さず食べると決めたのだった。

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