學適試験をけてからは、新學期に向けての準備を進めながら過ごした。

マリアンヌの叔母さんの屋敷に數日世話になった後、俺たちは揃って學生寮へ移った。

アリョーナ婦人は困ったことがあればいつでも頼ってくれと言って送り出してくれた。彼はマリアンヌのことをずっと心配しているようで、學生寮で同室となる予定のリィロに々と頼み込んでいたみたいだ。

マリアンヌは大人びているけどまだ１３才。そりゃあ心配もするよな。

夫人は嫌な顔一つせず俺たち全員を泊め、歓待してくれた。本當にいい人だった。

「うおッ、汚ねえ！」

ベッドカバーをばさりと取り払ったクレイルが思わず聲を上げる。狹い部屋の中に大量の埃が舞った。

「ちょ！　——ごほ、ごほっ！」

振り向いた拍子に放たれた埃を被って激しく咽せる。

「この部屋、最後に掃除したん何年前やねん」

「さあ……、前の住人が立ち退いた時じゃないか」

俺たちはこれから住む事になる學生寮の部屋を片付けていた。

目つきの鋭いネコの寮母さんに挨拶し、部屋の鍵をけ取って中を覗いたが、なかなかの汚れ合。

とりあえず掃除しなければまともに生活もできやしない。

一つしかない窓を大きく開け放ち、ひとまず部屋の澱んだ空気をれ替える。

「ん？」

開け放った窓から外を見ると、通りを挾んで向かい側に建つ建、子寮二階の一室の窓が開いており、中に橙頭の人影が見えた。

あそこがフウカとリッカの部屋か。ちょうど通りを挾んだ向かいになる位置だな。

「おーい、フウカ！」

いていた人影が聲に反応し、顔を上げてこちらを見る。

「あ、ナトリ！　部屋そこなんだね」

「ああ。でも部屋の中が埃だらけでさ。ちょっとこっち來てくれない？」

「うん。今行くー」

フウカは窓枠に手をかけを乗り出すと桟を蹴る。軽やかに宙を舞い、通りを飛び越えて俺とクレイルの部屋に著地した。

「お、フウカちゃんか。ええとこ來たな」

「フウカ、ちょっと風を起こして部屋の埃を吹き飛ばしてくれよ」

「あはっ、任せなさい」

三人で部屋の外へ出ると、フウカを扉の前に立たせる。彼が部屋の中に向けて手を差し出すと、室の埃が舞い上がった。

部屋中を渦巻くように大量の埃が風に乗っている。こうやって風を可視化するときが非常にわかりやすい。

飛んでいるものがものだけに、結構おぞましい景だが。

「これを全部外に押し出せばいいんだよね」

「頼むよ」

「それっ」

部屋の中を渦巻いていた風は、その勢いのままに一気に窓から外へ放出される。あまりの勢いにボロボロだったカーテンも一緒に吹き飛んでいった。

「おおー」

フウカの風波導に関心していると窓の外からいくつもの悲鳴が上がった。

さっぱりした室を進み窓から外を覗くと、子棟の窓ごしに咳き込んだり大騒ぎしているの子達の姿が見える。

どうやら勢い余って向こうの棟まで埃を吹き飛ばしてしまったらしい。

「やっべ」

彼達の視線が一斉にこちらを向く。なんとなく想笑いで誤化そうとしたが、皆一様にぎろりと俺を睨んでから窓を閉め切った。本當に……前途多難だな。

「はっ！」

見下ろすと一階の部屋からマリアンヌがこちらを見上げていた。

「ナトリさん、何やってるんです……」

そして彼も悲しそうな一瞥をくれた後、ぴしゃりと窓を閉て切る。

それを見屆け、がっくりと肩を落とした。他の子はまだしも、マリアンヌには嫌われたくない……。

クレイルが肩に手を置く。

「気にすんな。部屋、綺麗になったぜ」

「ナトリ、なんかごめんね」

「いいよ。むしろフウカのせいだと思われなくてよかった。うん、そうだよな、はは……」

學後、子寮の生徒達が俺に冷たかったのは言うまでもない。

§

なんやかんやですぐに學式の日はやってきた。揃って學校まで行こうと、朝食を終えるとみんなで寮の前に集合する。

「おはよー、二人とも。……あははっ！」

「俺見て笑たやろ、フウカちゃん」

「だって、なんかクレイル面白いんだもん」

今日の俺たちは全員アンフェール大學指定の學生服を著用している。

「似合ってねえのは自分でもわーっとる」

「クレイルさん、なんか不良っぽいです」

「あはは、これぞミスマッチってじだわ」

確かにクレイルは元々目つきが鋭いし、威圧もある。著崩した制服姿は、リッカの不良學生という表現がしっくりくる。

「他の學生から舐められなくていいなって思うけど」

「こんなん著る必要なくねェか？　せめてストルキオの型に合わせたヤツをだなァ……」

「仕方ないじゃないですか。規則なんです」

校で指定制服を著用することは校則で定められているらしい。王都で配達してた頃も緑の制服を著ていたので、クレイルと違ってあまり違和はない。

視線を陣の方へと向ける。立ち並ぶ子制服を著た四人は、それぞれ普段と趣が異なり見慣れているはずなのに非常に新鮮に映る。

「あの……、私、似合ってますか？　ナトリくん」

著こなしを気にしているのか、リッカがどこかそわそわしながら聞いてくる。

アンフェール大學の學制服はブラウンを基調とした落ち著いた合いだ。子制服はフードの付いたブレザーにスカートというスタイル。どことなく波導士っぽい出で立ちに見えなくもない。

清廉な印象をけるリッカには非常によく似合っていた。

「うん、よく似合ってる」

「……よかった！」

答えを聞いて微笑む姿もなかなかに可憐だ。

「ちょっとサイズが小さいような気がして不安だったんですけど、リィロさんはこっちの方がいいって言うから」

サイズのせいか、制服のデザインか、服はぴったりと彼のに沿うように、その意外と満なボディラインを強調している。

リッカの大きなが、その存在を憾なく発揮している狀態だ。

リィロの方を向くと、彼はバチっとウインクしながら親指を立ててみせる。そういえばこの人、みんなの制服買いにいく時にやたら張り切ってたな……。

「私はー？」

リッカの制服姿に見とれていると、フウカが両手を腰に當てて俺の前に立つ。改めて彼の裝いを確認する。

リッカより短いスカートと、そこからびるすらりとした形の良い足は、フウカの快活さと明るさを存分に引き立たせている。

元には、リッカのタイとは異なる鮮やかなリボン。元々派手めな容姿のフウカと非常にマッチしており、そのっぷりが明らかに底上げされていた。

うん、めちゃくちゃ可い。

「フウカも、よく似合ってる」

自分の語彙力のなさに呆れながらも素直に褒めた。

「やったー！　リィロってば、合う著こなしを見つけるのすごく上手いんだよね」

リィロを見るといかにも誇らしげな笑みを浮かべ、堂々として腕を組んでいる。正直こればかりは素晴らしい仕事だと文句なしに賞讃せざるを得ない……。

「ちびすけ、お前も似合っとるやないか。普段のっ気のねえローブに比べりゃな」

「褒めてるんですか？　馬鹿にしてるんですか？」

「カッカッカッ」

マリアンヌがクレイルに冷たい視線を向ける。彼も貴族の分であるためか、こういったお固いよりの服裝はとても馴染むようだ。

マリアンヌの見慣れぬ制服姿を眺めていると、ちらりと彼は俺を見る。

「？」

だがすぐにふいっとそっぽを向かれてしまった。あれ、やっぱ俺嫌われてない？

彼はその後も目を合わせてくれず、微妙な居心地の悪さをじる。

「おい、リィロのだけなんか違わへんか？」

「え、そうかな」

よく見ると、リィロの學生服は他の三人と異なる點が多い。

膝下までのスカートは彼のだけタイト気味でシルエットが細く、裾にはフリルがあしらわれているし、ブレザージャケットの下に著ているシャツも元にフリルと細長いリボンがついている気合いのれ用だ。

「リィロさん、すごくおしゃれですね」

「お前、ソレ年齢的にちょっと無理ねェか？」

「！！！」

リィロ以外、あのフウカですらクレイルの言葉に若干引いた。

「あ、はは、は……。そう、だよね。みっともない、よね……」

「ぐおっ！」

マリアンヌがクレイルの脇腹に杖を突き込んでいた。

「酷いよクレイルー」

「クレイルさん、今のは……」

「デリカシーがなさ過ぎて呆れ返ります」

陣からは散々な言われようだ。そう言われても仕方ないとは思うが。

おそるおそるリィロを見やると、俯き気味に下を向いている。目元には若干涙まで溜まっていた。多分気合いをれて調整した服なんだろう。

「リィロさんの著こなしも、すごいイイと思います」

思った事を素直に伝える。深刻なまでに語彙力が足りてない。

「本當……？」

「はい。大人っぽいじで、でもちょっと可いっていうか、いかにも選び慣れてるっていうか……」

「あはは……、お世辭でも、嬉しいわ」

リィロはしだけ機嫌を持ち直したのか、眼鏡の下の瞼をこする。

クレイルの隣に寄って背中を叩いて囁く。

「さすがに謝れよ。クレイル」

「……俺が悪かった。すまんなリィロ。失言やった」

「いいよ……本當のことだし」

「まァ、その、なんだ。俺よりは似合ってると思うぜ」

「確かにね」

リィロは可笑しそうに苦笑する。

「みなさん、そろそろ學校へ向かいませんか？　學式に遅れます」

「うん。初日から遅刻はよくないよね」

俺たちは街中を移する歩道に乗るため、急いで寮前の急坂を駆け下りた。

§

「學式っちゅうのは、退屈なモンやな……」

「だなぁ。……若干眠い」

アンフェール大學でもっとも大きな第一講堂は人で埋め盡くされていた。その多くが前學期の新生だ。

こんなに多くの人間が、皆一様に同じ制服を著て集まっていることに不思議な覚を覚える。

故郷クレッカの學校には制服なんて灑落たものはなかったし、生徒數も十數人程度だった。都會の學校は俺の想像を超えている。

アンフェール大學の歴史から始まり、くどくどと新生に対する激勵の言葉を並べ立てていた校長の長い話が、ようやく一區切りついたところだった。

続いて生徒の名前が呼ばれる。新生の一人が代表で挨拶するようだ。呼ばれた徒が立ち上がって通路を進み、段上に上がった。

ん、あの人……？

「初めましてみなさん。新生の代表を務めさせていただきます、フィアー・ニーレンベルギアと申します」

「ああっ？！」

思わず間抜けな聲を上げてしまった。靜かだった講堂に聲が響き、何事かと周囲の注目が集まる。

段上の生徒もそれに気づいてこちらを見る。目が合った。

ある時は偽の司書、ある時は王宮に潛り込む諜報員。

濃い青髪に眼鏡をかけた、知的な容姿を持つ、フィアーは俺に向かってニッコリと微笑みかけた。