《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》2-6 刑部の二人

先行く歩みの早い上司に、翔信は駆け足で近寄る。

「李尚書、今回のこの特例ってどういうわけですか」

「どういうわけとは?」

「だって、あまりにも突然に言い出されて。史臺も驚いてましたし。むしろ、ちょっと怒ってましたし」

史臺は自分たちの領分を侵されたと思ったんだろうさ。だが、特例と言えど私は今回の件は間違ってはいないと思うがな」

李庚子は燕明に呼び出しをけた時のことを思い出した。

『李尚書。これはあまりにも月英にとって不利な狀況とは思わないか』

『不利と申しますと?』

『未だにあの者をよく思っていない者がいることは、お前も知っているだろう』

燕明は己の瞳をトントンと指で示した。

それで李庚子も、月英という者がよく思われていない理由を察する。

『まあ、それは否定しませんが』

『もし彼をよく思っていない者が嵌めたのだとしたら、刑部は一杯食わされたということになるな』

『その真偽を見極めるのが我ら刑部ですので。そう易々とは騙されはしませんよ』

『さあ、どうかな? 現に史臺は彼を拘束した』

『疑いがあれば拘束もするかと』

全ては裁判で決するのだから、牢屋にぶち込まれた云々はこちらも考慮しない。

『つまり、陛下は月英を解放しろと。お気にりの醫だからと?』

例の香療師が彼のお気にりだということは、周知の事実だ。

なんせ、彼が推し進める異國融和策を進めるきっかけとなった者なのだから。

所詮、皇帝もこの程度かと李庚子が面白くなさそうに視線を逸らした瞬間、ビリと首筋に張が走った。

刺されたと勘違いするほどの痛みに、李庚子は即座に視線を正面へと戻す。

『冗談はそれくらいにしておけよ、李尚書。私が私で権力を振りかざすと?』

靜かな言い方だった。

だが、元に槍の穂先でも突きつけられているような、がある。

『……失禮いたしました』

気がつけば、自然と腰を折っていた。

かつての彼は侍中職にいた蔡京玿に隨分と手こずっており、李庚子は燕明に頼りない印象を持っていたのだが、これは認識を変える必要があると悟る。

『好悪で事を判斷してはならない立場だろう。私も、お前も……』

中々どうして。

史臺は既に月英が犯人としていているはずだ。彼らが不公平だとは思わんが、それでもやはり多なりの先観はあるだろう。未知のを怖がるものはまだ多い』

史臺は自由にき回れるのに、月英は捕らわれ自己保できるがないと』

まあ、確かに。

月英のの上を考えれば、今の狀況は些か不利だと言わざるを得ない。

『なるほど。つまり、反証を集める者達を揃えろというわけですね』

『いや、自分で集めさせろ』

『は?』

月英自に反証を集めさせろということだろうか。

ただでさえ疑われている立場で反証集めなど、絶対に困難を極めるというのに。まだ第三者を奔走させた方が、皆口を開いてくれるだろう。

『疑われたのだから、それを自ら払拭するのは當たり前だろう。彼にはまだ味方がない。だが、それは彼の責任だ。ここで刑部や私が人を集めるのは簡単だろうが、それでは彼のためにはならない』

驚きで李庚子が二の句を継げないでいると、ふっと燕明は薄く笑った。

『言っただろう。私は全てに平等でなければならんとな』

片眉を下げ、どうしようもないといった表で。

李庚子には、それが自嘲にも見えた。

『詳細は李尚書に任せる。私からはそれだけだ』

そうして、月英に今回の提案をする運びとなったのだが。

「まあ、々なところから意見をもらってな。それに私にも々思うところがあったし、ちょうど良いかと思ったまでだ」

へえ、と翔信は頭の後ろで手を組みながら、気の抜けたような返事をした。

「翔信こそ、監視役を引きけてくれて助かった」

監視役ならば自分の部下からと思い聲を掛けてみたのだが、彼以外の部下からはよい返事は聞けなかった。

なるほど。皇帝の『味方がない』と言った意味が分かった。

香療に日頃世話になってはいても、現時點で不利な相手にかけるには、々二の足を踏むと言ったところか。

彼らは特に月英を嫌ってはいないが、これと言ってハッキリ好きだとも思っていない。

その中、じゃあと手を上げたのは翔信だった。

「まあ他人事じゃないっていうか、月英にはよく世話になってるんで。それに、正直あいつがそんなことするなんて思えなくてですね……」

へへ、と照れくさそうに頬を掻く翔信の姿に、自ずと李庚子の表も和らぐ。

しかし次の瞬間、李庚子は表を引き締める。

「分かってると思うが、肩れは不公平の始まりだからな。君は刑部の吏だ。自分の立場を見失えば、君も彼と同じ場所にることになると肝に銘じるんだ」

「分かってますって。何年俺が刑部にいると思ってるんですか。大、李尚書も俺がそんなことする奴じゃないって分かってるから、監視役を了承してくれたんでしょう」

隣からニヤついた目で見上げてくる部下が々面白くなく、李庚子はし低い隣の部下の頭を一発はたくことで返事とした。

翔信は「あだっ」と言って、後頭部をさすりながらまだニヤついていた。

「それと正直なところ、一週間業務がサボれるから手を上げたんです」

「ははっ、一週間後皆から袋叩きにあわないといいな」

「やめてくださいよ。本當にあいつらやりそうなんで」

翔信の表からようやくニヤけが消えたのを見て、クツクツと李庚子はを鳴らして笑った。

し歩速を落とし、李庚子は自分より小柄な翔信の歩みに合わせる。

空を見上げれば、雲一つない青空だった。

「それにしても移香茶なあ……」

「あ、李尚書もご興味が?」

「さてね」

李庚子は口元に緩く弧を描いた。

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