《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第5章 1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 3 名井良明として(5)

3 名井良明として(5)

「良かった、目が覚めたのね。どうです? 合の方は……?」

そんな聲が耳に屆くまで、長いことトイレの前に立っていた気がする。

剛志が驚いて顔を上げると、リビングの扉から節子が顔を覗かせていた。きっともう一方の扉からリビングにって、寢ていたはずの剛志がいないので捜してくれていたのだろう。

節子の顔には心配する印象と、ホッとしたという安堵がり混じってじられる。

そしてとにかく、ここはやっぱり節子の家だ。

「あの、わたしは……どうしてここに……?」

だから、なんとかそう聲にした。

「どうしてって、名井さん、昨日のこと覚えてないんですか?」

たったこれだけで、顛末のおおよそが知れるというものだろう。

「もう、飲みすぎなんですよ……」

そう言ってから、節子はやっと剛志に向かって笑顔を見せた。

「お壽司屋さんを出たでしょ? そうしたら、もう一軒行くんだって名井さん聞かないの。だからタクシーをつかまえたんです。だけど名井さん、途中で気持ち悪くなっちゃって、それでその時、うちの方が近かったからこっちにお連れしたんです。だけどリビングにるなり、今度はウイスキーが飲みたいとおっしゃって……」

困ったもんだ! そんな印象で剛志の顔を睨みつける。そうしてすぐに、いつもの優しい表に節子は戻った。

「昔はわたしも仕事をしていたから、その関係でお客さまがいらっしゃることもあったんです。そんな時たまに、お酒なんかもお出ししたりすることがあって、だけどここ十何年はずっと棚にしまいっぱなし。だから本當に古いウイスキーとかなんですよ、なのに、それを名井さんソファーに座るなり見つけちゃって、それから飲む飲むって大騒ぎ……」

完全に明るくなったリビングに戻って、節子は棚から一本のウイスキーを取り出した。

「どうしてもこれが飲みたいからって、ほら、これくらいをグイッと、あなた一気に飲んじゃったのよ……」

ボトルに親指と人差し指を當て、節子は五センチくらいを作って見せた。

きっとボトルをラッパ飲みして、一気にそのくらいを流し込んだのだろう。しかし普段の剛志なら、どんなに酔っていようとそんなことなどするはずない。

たとえそれが、正一の大好きだった、〝ジョニ黒〟だったとしても、もちろんだ。

するはずのないことを、ならばどうして昨夜に限ってやったのか?

「きっとそれで、一気に酔いが回っちゃったんだと思うわ。それから後は、聲をかけても返事がなくて。ただね、名井さんおかしいの。何度も何度も、わたしの名を呼ぶのよ、だからわたしは返事をするでしょ? でもね、なんの反応もしてくれないの……」

巖倉、節子……巖倉、節子……。

まるで呪文のようにそう呟いて、剛志はそのまま酔いつぶれてしまったらしい。

――俺はどこかで、きっとそのことに気がついたんだ。

表札か、トイレに行って気がついたのか?

もしかしたら上がり込むより前、屋敷全を眺めて思い出していたのかもしれない。

ここは間違いなく元いた時代、昭和五十八年で訪ねていた巖倉邸で、その二十年前にはあの林があった場所だ。そしてきっと、あの時、俺を出迎えた……あの男こそ、

――あれは、きっと俺だった……。

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