《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》3-8 調査四日目

朝、高窓から聞こえる鳥の聲で、月英は目を覚ました。

を起き上がらせれば、ずるりと掛布が落ちる。

「あれ? 僕どうやって牢屋まで戻ってきたんだろう」

確か、疲れ果てて戻ってきたあと、燕明に會った覚えがあるのだが。

「なんか……おでこかな? 溫かいものがれたような記憶があるようなないような……」

曖昧な記憶に、月英が筵の上であぐらをかいて頭を悩ませていると、ガシャンと牢屋の鍵が開く音がした。

「おい! 朝飯ですよ!」

いつもご飯を持ってきてくれる衛士が、朝食を持ってきてくれたようだ。

月英はいそいそと立ち上がると、食事を取りに向かう。

「どうもありがとう――って多!!」

出された食事量の多さに、思わず月英は聲を大にした。

石造りの牢塔の中というのはよく人の聲を反響させるもので、増幅されたやかましい聲に衛士は迷そうな顔で耳を塞ぐ。

実に申し訳ない。

しかし、いつもの五倍はあるのだ。驚くなと言う方が無理だろう。

急にどうしたのか。もしかして願いが通じたのか。

――いや、きっと間違えて多く作りすぎちゃったんだね!

昨日はたくさんき回った上に、いつの間にか寢こけていたようで夕食も逃してしまった。だからこの量は余計にありがたい。

「じゃあ、いっただっきまー……」

そこで月英は衛士の視線に気付いた。

いつもなら食事を置いたらさっさと出て行くのに、今日に限って彼はまだ鉄格子の向こう側に立っている。

「……あの?」

衛士が口を開いた。

「いいですか! しっかりと食べやがれですよ!」

それだけをぶと、衛士は背を向けて去って行った。

「……お母さん?」

◆◆◆

調査四日目。

移香茶葉を使っていた全ての店から聞き取りを終え、月英と翔信は茶心堂で鄒央をえて意見をわしていた。

「僕がやってないって証拠って、つまりは犯人を示すしかないんですよね」

「その犯人だけど、鄒王さんでも張朱朱さんでもないならあとは……」

「おいおい、翔信くん。私まで疑ってたのかい」

鄒央は、やめてくれよと大げさに肩をすくめていた。

「いやぁ、すみません。疑うことが刑部(俺たち)の仕事なもので。こればっかは勘弁してくださいよ」

翔信は顔の前で手を立て、片目を閉じると顔にをのせた。

翔信も本気で鄒央を疑ったわけではないのだろう。一応の可能として考慮したまでで。

それが彼の軽妙な表から伝わったようで、鄒央も特に気分を害している様子はなかった。

「ねえ、思ったんだけど……配達人が犯人ってことはないですか?」

茶葉に手をれられる者は限られている。

鄒央でも張朱朱でもなければ、あと殘るは配達人くらいだろう。

月英の脳裏に、茉莉花の香りが好きだと言った、人の良さそうな青年が思い出される。

「あの人を疑うのは気が引けるけど……」

しかし、気を遣ってこちらが有罪になっては堪ったものではない。

「鄒央さん、あの配達屋の場所って教えてもらえますか?」

さっそく當人に會いにと思ったのだが、なぜか鄒央は難しい顔をしていた。

「どうしたんですか? 鄒央さん」

「えーと、確か毒が混していた移香茶は、茉莉花の茶葉だったかな?」

その通り。それ以前の松明花の移香茶葉では、何の問題も起こらなかった。

月英がそうですが、と首を傾けながら肯定すると、ますます鄒央の「うーん」という悩ましい聲は間延びする。

「あーその、誠に申し訳ないんだが……配達人が分からないんだ」

「わ、分からない!?」

「どうしてです!?」

月英と翔信はまさかの鄒央の返答に目を瞬かせた。

「それが……」と鄒央は、擔當だった青年が遠方への配達に行ってしまったこと、その代わりに手の空いている配達人たちが、代で配達に當たっていたということを説明してくれた。

「それが、ちょうど茉莉花の移香茶葉を卸し始めた時期からなんだ。つまり、配達人が茶葉に細工をしたとして、私にはどの配達人かは分からないんだよ」

「そ、そんなぁ」

はぁ、と三人は頭を抱えて、付臺に突っ伏した。

「何か鄒央さん覚えてないんですかぁ……誰でもいいんでその配達人の特徴とか」

臺に頬をくっつけながら喋る月英の聲は、すっかり意気消沈といったじである。

「特徴かあ……皆青年だったくらいしか」

眉間の皺の數を増やし、鄒央はむむと唸る。

「ああでも、騒ぎがあるまでに來たのは三人だったかな」

「三人かあ。配達屋で聞けば分かるかもな」

「でも、その中に犯人がいたとして、正直に『僕がやりました』なんて言うと思いますか?」

三人は顔を見合わせ、再び沈鬱なため息をらした。

しかしそこで、月英が「あ」と、何かを思いついたとばかりの聲をらす。

「ねえ、もし移香茶が流行り始めたってなったら、犯人はまた同じようなことをすると思いますか」

翔信と鄒央は、月英が言わんとしていることを瞬時に察する。

今回の件は最初、東明飯店への嫌がらせかと思われる出來事だった。

しかし、それにしては最初の一回以降、東明飯店のお茶や食事に何かを盛られたという話は聞かない。

つまり、東明飯店が狙われたのではなく、移香茶が狙われたと捉えて間違いはないだろう。事実、現狀を見れば一番被害をけているのは移香茶なのだから。

もしくは、月英か。

「うん。確かにやってみる価値はありそうだね」

「今日合わせて殘り四日か……上手くいけば間に合いそうだな! あ、でも、移香茶の茶葉はどうするんだ。お前、香療は使用止だぞ」

「ああ、そうだった」

がっくりと月英は項垂れる。

しかも翔信が言うには、香療房に置いてあった油や道すべてを、史臺が持って行ってしまったらしい。

おかげで今、香療房はすっからかんという話だ。

    人が読んでいる<【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷醫官になりました。(web版)>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください