《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》4-4 最終奧義・貓

「さて、現在容疑者の月英が私に何を聞きたいのでしょうか?」

扉を閉が閉められ、會話がたちの耳にらなくなったことを良いことに、呂阡は棘のある言葉を吐いた。

言葉だけではない。依然として月英に向けられる視線には、攻撃的な棘がある。

「私は忙しいなので用件は手短に。それとも、今度は私に部下を奪うお伺いでもたてに來たのですか?」

片口をつり上げ、皮たっぷりの笑みを向けられた。

「わあ、やっぱりに持たれてる」

逆恨みも良いところである。

月英が香療師にとったのではなく、萬里が自ら來たのだから。

だが、それは今言及すべきことではない。

「呂侍、今僕はとても面倒な狀況に置かれてまして」

呂阡は知っているとばかりに、鼻で笑って返事する。

「それで、あの札について教えてほしいんです」

「あの札?」

「ほら、の人が百華園にるときに出す、何だかよく分からない札ですよ」

呂阡は視線を斜め上に飛ばし、「あぁ」と思い當たる節がある聲をらした。

「割符ですか。でしたらわざわざ侍省に來るより、春萬里に聞いた方が早かったのでは?」

「萬里とは今會えない狀況でして。それに、萬里がその札を使っていた記憶があまりなくて……『忘れた、ごめーん』って言ってる記憶はあるんですけど」

「あれはまったく……ッ」

執務機の上で握った呂阡の拳が震えていた。

「はぁ……割符ですか……」

呂阡は萬里への憤りをようやく飲み下すと、拳を緩め、視線を月英ではなくその橫の翔信に向ける。

的かつ簡単に要點だけかいつまんで話してください。なぜ、今この狀況で割符について知りたいのか。そちらのあなた……」

はっきりと自分に話しかけられていることを悟った翔信が、腰を折った。

「失禮しました。刑部の翔信です。今は彼の監視役として行を共にしておりますが、立場としては中立です」

「あの、僕が話しますけど」

なぜわざわざ途中から會話相手を翔信に切り替えるのかと、月英が自分を指さす。

しかし、「絶対無理」と間髪容れず二人から返ってきた。

月英はを尖らせたが、二人が「じゃあ」と首を縦に振ることはなかった。

翔信は呂阡がんだとおり、重要な部分をかいつまんで、侍省を訪ねた理由を話した。

「――なるほど。ただそれですと、私たちが使っている割符では無意味ですね」

一応の理解は示してくれたことに安堵したのも束の間、まさかの呂阡の答えに月英は思わず呂阡へと駆け寄る。

「そこを何とか!」

機を飛び越えて摑みかからんばかりの勢いに、呂阡はを引いて、顔も引きつらせる。

「な、何とかという問題ではないのですよ! とにかく、あの割符では無意味で――」

「そこをお願いしますよぉ! 僕の命運は呂侍に掛かってるんですから」

「勝手に嫌なものを掛けないでください」

月英は覆い被さるようにして力なく執務機の上でだらりとびた。

呂阡側で乗り出した頭と両腕をぷらぷらさせ、翔信側では宙に浮いた足をぶらぶらさせる。

呂阡が溜め息をつく。

眉間の皺は、最初にたちの前に現れたときより二倍に増えている。

いい加減そこから降りてくれませんか、と呂阡が言おうとしたとき、月英のがピクリといた。

そして、次に何を思ったのかガバッと機から降りると、そのまま窓際へと向かう。

「呂侍……僕を助けるつもりはありませんか?」

「ですから、この割符では使いようがないと、何度も言っているではありませんか」

「分かりました。でしたら、こちらにも考えがあります!」

言うが早いか、月英は窓を開き、そして肺一杯に息を吸い込むと大聲でんだ。

「貓太郎ォォォォォ! 貓ィィィィィ!」

月英にとってこれはカケだ。

自分の聲に応えてくれるのか。

しかし、杞憂であった。

太醫院のある西側から、小さきものが高速で駆けてくる姿が見えた。爪が石畳を蹴るチャッチャッという軽快な音をさせて猛然と突っ込んでくる。

月英が窓辺を空け、さあと側へと招きれるそぶりをすれば、二匹は華麗なる跳躍をきめ、特別室へと飛び込んできた。

「さあ、貓太郎、貓! あのおじさんをメロメロにするんだ!」

「お、おじ!? 私はまだ三十代――っふご!!」

のもっふもふの真っ白なが呂阡の顔に飛びついた。

貓太郎は呂阡の足に頭をり付けている。

「く……っ、お、おやめなさい」

言葉は嫌がっているものだが、彼の表からは悅楽しか読み取れない。

「ふはは! 僕は見逃しませんでしたよ! 呂侍の機の下に貓じゃらしが隠してあったのを!」

先ほど、機の上でをぶらぶらさせているとき、機の下で見つけたのだ。々な紐や布きれが先端に結びつけられた、らしい棒を。

宮中で貓は滅多に見ない。侵すれば衛士が追い出してしまうのだ。そんな中で、もし貓好きが貓を見つけたらどうするだろうか。

答えは自明。

月英は足元にいた貓太郎を抱えると、前足のふにふにした部分を呂阡の頬に押しつけた。

「あの割符では無理ということは、別の方法があるんですよね?」

ふにふに。

「あばば、あ、あるにはありますが……っもふ」

「へえ。それを是非とも教えてほしいんですがね?」

ふにふにふにふに。

「っあああああ! わ、割符ではなく割り印をお使いなさい! 二つ!」

「二つ? どういうことです?」

ぷにっと。

「きゃぁぁぁぁ! 包の蓋と本いだ場所に二つです。一つは表の目立つところ。二つ目はうにゃあああああ!」

呂阡は貓のに支配されながらも、割り印の使い方をごにゃごにゃと教えてくれた。

「……でたらめじゃないですよね?」

「わ、私の脳を信じなさい! 若くして長席に座っている私のこの優秀な頭脳を!」

「何か腹立つ」

月英が貓太郎をけしかければ、また呂阡の悲鳴が鳴り響いた。

しかし悲鳴と言うには、余韻に恍惚とした悅がっている。

「……さっきから俺、何を見せられてるの?」

翔信は、まさか氷の侍のこんなあられもない姿を見ることになるとは、と若干呂阡に同を寄せつつも傍観に徹していた。

絶対にあそこにはざりたくなかった。

「もうお前、氷でも何でも砕き割っていくよな」

「へへ、ありがとう」

「褒めてないんだなあ」

照れくさそうに頬を掻く月英に、翔信は瞼を重くした。

「じゃあ、呂侍ありがとうございました」

「ぁああああッ!」

すっかり膝の上で丸まってあざとい鳴き聲を上げる貓太郎と、しきりに頭に上ろうとする貓に陥落された呂阡をそのままに、二人は侍省を後にした。

ギャグ全振り回です

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