《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》終ー4 友人

「変なこと……ですか」

呂阡のいなくなった部屋で、呂阡の言葉をぽつりと亞妃が口ずさむ。

「わたくし、月英様のことが好きなのですが」

何の前れもない唐突な亞妃の発言に、月英以外の者たちはぎょっとして目を剝いた。

「ええ、僕もリィ様が好きですよ」

「違います。わたくしの好きはそのような友ではなく、慕のです。月英様と一生を共にしたいという」

「え……」

「月英様が、そのようにわたくしを見ておられないことは知っております。しかし、もし月英様が戻られなかったら……そう考えたら言わずにはいられませんでした」

月英の背後で聲にならないびが上がっていた。

皆口を手で押さえ、顔を蒼白にしている。

ただ、侍の三人が「皇帝がいるのに何ということを」と亞妃のを心配しているのに対し、萬里は「ついにこうなったか」と半ば諦めるような心持ちになっていた。

月英は「リィ様」と、おもむろに亞妃の手を取る。

そして次の瞬間、緩めた醫服の元へと彼の手を引きれた。

「げ、月え――っ!!」

驚いたのも一瞬。手にれたものの違和によって、亞妃の言葉は奪われる。

男の板なのだからくて當然と思ったが、それにしては変だ。や骨のさとは異質な、そう、布などを何重にも巻いたときのような無機質なさ。

「こ、れは、どういう……」

「僕はなんです」

訝しげに月英の元へと視線を落としていた亞妃の顔が、ぱっと上向いた。

人……? の方……ですか?」

苦笑して月英は首肯する。

背後では、もう呑む息すらないくらいに侍達が固まっている。同じように亞妃が息を呑むのが分かった。

「事があって、でもこうして働かせてもらってます」

しかし、さすがは他國より単嫁いできた姫。

すぐに頭を働かせ、確認すべきことのみを口にする。

「その言いようですと……陛下も當然ご存じなのでしょうね。それに、あちらの春萬里様の態度を見ても……彼も知っていたのですね」

「萬里はつい最近ですけどね」

亞妃はくっとを結び、まだ醫服の中にあって、月英に摑まれていた手をするりと抜いた。

「申し訳ございません。そうとも知らずにわたくしは……、……っのよ……な気持ちを……」

次第に顔は俯き、凜としていた聲もだんだんと揺れはじめる。

語尾は消えかかり、代わりにり気を帯びていた。

「っご不快に思われましたよね。どうぞ……忘れてくださいませ……」

亞妃の顔は俯きが深くなり、月英から彼の表はさらに見えなくなってしまう。

は早く一人にしてくれと言わんばかりの様子だったが、しかし月英は膝を折り、あえて亞妃と目線を合わせる。

突然、視界に現れた月英の顔に亞妃は驚き、を引こうとする。だが、月英の手がそれを許さなかった。

「そんなこと、思うわけないじゃないですか」

一度は離れかけた亞妃のを、月英の腕が抱きしめていた。

「きっと僕は、リィ様と同じ想いで願いを葉えてあげられません」

「……っ」

「でも、僕のこのリィ様を好きだって気持ちは本ですから。今、僕はこの通り毎日を生きるのですら一杯で、一生とか考えられないですが……それでも僕は時間や狀況が許す限りあなたの傍にいたいと思いますよ」

肩口にあった亞妃の頭が、り付けるようにく。

「リィ様、ありがとうございます。こんな僕なんかを好きになってくれて。むしろ僕の方が騙してたわけですし、皆さんを不快にさせてしまって……」

「なん、か……なんて……っ仰らないでください! わたくしは男だから月英様を好きになったわけじゃありません! 月英様だからこそわたくしはお慕いしたまでです!」

「そうですよぅ! 私たちも月英様がどっちかなんて気になりませんからぁ!」

亞妃と鄒鈴の言葉に、明敬と李陶花も口を閉ざしながらもしっかりと頷く。

この狀況で口にできる言葉が見つからないのだろう。

「騙しててすみません」

「謝らないでくださいませ。むしろ、こうして大変なを打ち明けてくださった誠実さに、謝するばかりですわ。宮中は制と聞いておりますもの。そうせざるを得なかったのでしょう」

月英の肩から顔を上げた亞妃は、視線の先――月英の背後に並ぶ侍たちに目を向ける。

「李陶花、明敬、鄒鈴、いいですね。このことは決して他言しないよう」

三人は「當然です」と強く首を縦に振った。

「むしろ、男達の中で一人というのは、何かと苦労することもありましょう。その際は私共を頼ってください。必ずお助けします」

李陶花の年長者ならではの言葉は、月英に大きな安心を抱かせた。

すると、腕の中にいた亞妃がそっとを押し、月英から僅かにを離す。おかげで亞妃の顔がよく見えるようになる。

「正直なところ、わたくしのこの気持ちをすぐに変えるのは難しいと思います。し時間は掛かるかと思いますが、わたくしなりの好きを見つけるまで待っていただいてよろしいでしょうか」

いつもより控えめな笑みが、彼一杯の優しさだと知る。

月英は靜かにはいと頷く。

「わたくし、月英様の一番の友達になりたいですわ」

「とっくにですよ」

二人は額を合わせて、面映ゆそうに小さく笑みをわした。

亞妃の手は、いつの間にか月英の背中に回されていた。

◆◆◆

四人に見送られ、月英と萬里は芙蓉宮を後にした。

「萬里は知ってたの? 亞妃様の気持ち」

「當然。てか、多分気付いてなかったの、オマエだけ」

「でも萬里は言わないでくれたんだ。亞妃様の気持ちも、僕の別のことも」

「他人が口出していいことじゃないからな」

「本當、萬里って真面目だよね。ありがとう、嬉しいよ」

萬里の口がもごっといた。

溫かな空気が流れる中、しかし月英の「でも!」という力強い言葉によって空気は斷ち切られる。

「他人だなんて言い方は嫌だよね! 萬里は僕の後輩だし友人でもあるんだから!」

「ばっ!? は、恥ずかしいことを、そんな大聲で言うんじゃねえ!」

頭を鷲づかまれ、潰されるように頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。

以前までなら暴だなと思っていたところだが、今はこれが彼の照れ隠しだと分かる。頭に置かれた手のせいで顔を見ることはできないが、きっと彼は顔を赤くして口端を橫に引っ張っていることだろう。

月英が噴き出すように笑えば、頭を押さえる手の力が増した。

そのままの格好で後華殿を通り過ぎれば、衛兵がどよめく空気が伝わってきて、ソレでまた月英は笑みを濃くした。

「――で、だ! オマエはあと一カ所行かなきゃいけない場所が殘ってんだろ!」

後華殿を出たところで、ようやく解放された。

「オレは一緒にいけないからよ……行った瞬間クビ確定だしな」

「何て?」

「何でもねーよ」

ぼそりと何かを呟いていたような気がするのだが。まあ、大したことではないのだろう。

「ほら、さっさと行ってこい。これ以上待たせると、絶対向こうからやって來るから」

萬里の曖昧な言い方でも、どこの誰のことを言っているのかすぐに分かってしまう。

「それじゃあ、行ってきまーす! 香療房のことは頼んだよ、後輩兼友人!」

「兼務させんな。はよ行け、先輩兼小猿さん」

しっしと追い払うように手をひらつかせた萬里だが、月英の背が龍冠宮へと消えていくと、鼻から息を吐いた。

「以前と何も変わらないな」

変わらなくて良かった、と萬里は目元を和らげた。

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