《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》48 拠點防衛戦④
明かりが消え、薄暗くなったお屋敷のエントランスにて。
魚人の子供たちは、檻の中でを寄せ合っていた。
「お母さんが來てくれたよ」
「お母さんが來てくれたね」
「お父さんも來てるかな?」
「きっとお父さんも來ているよ」
「でも、お母さんなんか変だったよ」
「変……?」
「変だよ」
「変だよね」
「やっぱり変?」
「うん、変」
「どうしてさ?」
「だって、僕たちの唄聲(聲)が聞こえてないみたい」
そんな五人に、シャリアートが誰にともなく放っている唄聲(聲)が聞こえてきた。
「人間を殺さなくちゃ……。子供たちのためにも……、人間を殺さなくちゃ……」
「お母さん。さっきからあればっかり繰り返してる」
「よほど人間を殺したいんだね」
「だってあの聲が『人間を殺せ』って言っているもの」
「そうだね」
「そうだね」
五人は母のその変化をけれていた。
五人はまだく、そこまで深く事を考えるような年齢ではなかったこともあるが……
彼らもまた、『人間を殺せ』とささやくその『唄聲』の影響をけつつあることも、関係していた。
「じゃあさ。僕たちもお母さんのお手伝いをしなくちゃね」
「そうだね。僕たちも殺さなくちゃだね」
「あの唄聲(聲)もずっと『人間を殺せ』って言っているしね」
「そうだね」
「そうだね」
「でも、まずはここから出ないとね」
「じゃあここから出たら、すぐに殺さなくちゃね」
「に噛みついて、食いちぎってやろう」
「そうだね、そうだね」
「そのままみんなで全部食べちゃうっていうのは?」
「それもいいね」
「なんだかお腹も空いてきたしね」
「早くここから出たいね」
「うん。早く出たいよね」
「早く出て、早く殺したいね」
「そうだね。早く殺したいね」
「早く出たいね」
「早く殺したいね」
「殺そうね」
「殺そうね」
五人の子供達は、そんな唄聲でのやりとりを延々と繰り返していた。
→→→→→
お屋敷の外では、ロロイとクラリスが、黒い翼の首領と人魚とを相手どっての激戦を繰り広げていた。
「今度はキマイラ喰いが出てきたか。相とかもそれなりに考えてるってわけか」
「うるせぇっ! さっさと私に斬られろ!」
そう言って放たれたクラリスの斬撃は、鋭い音を立てながら空を斬った。
「あいつ……。ひらひらひらひらムカつくな!」
「そうなのです! さっきっから超ムカつくのです!」
「今の私はそういう戦い方をしているからねぇ」
「『今の私は』ってことは、本當は違うってことか?」
「さぁ、ね……」
「……マジで腹立つ!」
「あはは」
首領はふわふわとつかみどころのない言を繰り返しながら、ロロイ達の攻撃のほとんどをいなし、かわし続けている。
その戦闘力は、まったく底が見えない。
ロロイとクラリスを同時に相手にしてもまだまだ余裕たっぷりなように見える。
アルミラのような単純な『強さ』ではない。
どちらかというと、クラリスと同系統の『戦闘が巧い』タイプのようだ。
ただし、先ほどから首領自らは攻撃らしい攻撃を放っていなかった。
攻撃は水の矢を放つ人魚に任せて、首領はひらひらと周囲を飛び回っているだけなのだ。
今の首領は全く本気を出していない。
そしてたぶん、真正面からやり合っても相當強い。
ロロイとクラリスは、頭の片隅でその可能を認識しながらも、何とか敵を攻略する糸口を探ろうとしていた。
→→→→→
「シュメリア……」
俺が名前を呼ぶと、シュメリアのがし強張った。
「シュメリア……」
「……はい」
もう一度名前を呼ぶと、シュメリアは消えるような聲で返事をした。
「シュメリアがなぜそんなことを知っているのかという事については、特に追及するつもりはない。ただ、何かこの狀況を打開する方法を知っているのなら、教えてしい」
子供達の母親が攻めてきているのなら、子供達を解放して和解するのが最善策のはずなのだが……
シュメリアはそれをしてはいけないという。
それがなぜなのだか、俺には全くわからない。
わかることは……
そうなると、やはりあの人魚とも真正面から戦わざるを得なくなるという事だけだ。
そして、あの人魚が子供たちの母親ならば、やり過ぎて殺してしまうわけにもいかない。
黒い翼の首領の目的も真の実力も不明確な狀況で、あれほどの魔を扱う人魚を殺さずに無力化するのには相當にきつい戦いを強いられることだろう。
戦わずに済む方法があるのなら、そうするべきだ。
「私(わたくし)からも……お願いします」
俺の橫から、ミトラも聲を上げた。
ミトラの嘆願を聞き、俯いていたシュメリアがゆっくりと顔を上げた。
その目には、やはり未だに迷いが見える。
「シュメリア……。実は、私(わたくし)には人に言えないがあります。ずっとずっと、皆ににしていることがあります」
「えっ?」
シュメリアが、驚いてミトラの方を見た。
「もし、シュメリアにも同じように人に言えないがあるとしても……、私(わたくし)もアルバス様も、それを責めるような真似はしません。むしろ、責められるべきは私(わたくし)の方ですから……」
眼帯越しに、二人がしばし見つめ合っていた。
ミトラがそれでいいのならば、俺にそれを止める権利なんかない。
ミトラにとって、これほどの死地にを置くことは間違いなくその人生で初めてのことだろう。
ただ、こんな狀況下でも、ミトラは狀況をある程度冷靜に把握しているようだった。
つまり、今それをシュメリアに言わなかったら……
お互いが生きているうちにはもう二度とその機會が訪れないかもしれない。
そのことが、薄々わかってしまっているのだろう。
やがて、ミトラがその眼帯に手をばそうとした。
その時……
「あの人魚は、子供達を迎えに來たんです。それは間違いないことです」
ミトラよりもしだけ早く、覚悟を決めたシュメリアが言葉を紡ぎ始めていた。
ミトラの手は、変な位置で止まって宙をさまよった。
「……でも、今はもう違ってしまっているんです」
「人魚の目的が、途中で変わったのか?」
俺の言葉に、シュメリアが頷いた。
「無理矢理に変えられてしまったんです。初め、あの人魚は子供達を心配して必死に名前を呼んでいました。でも今は人間を殺すことしか頭になくなってしまっているんです」
「暗示や催眠の類(たぐい)、ということか?」
「おそらくは、あの人魚が首から提げている白い首飾が原因です。そこから繰り返し繰り返し流れる『人間を殺せ』という『唄聲』で、あの人魚は狂わされてしまっているんです」
シュメリアの息が荒い。
それを話すことの意味を、シュメリアが一番よくわかっているからだろう。
『唄聲』
それは魚人にしか発することができず、魚人にしか聞きとることができない、魚人族に特有な意思伝達の方法だ。
そして今の話から察するに、シュメリアにはその『唄聲』が聞こえているようだった。
シュメリアは、人魚やその子供達の発する『唄聲』を聞き取ることで、相手陣営の狀況を把握することが出來ていたのだ。
戦いの前には、人魚が唄聲の屆く範囲にまで接近していることを知り、俺たちに子供たちを解放することを提案した。
そして戦いが始まった後には、何らかの暗示によって人魚と子供たちが狂わされ、人間殺しをむようになってしまったことを知り、子供たちを解放しようとした俺を止めた。
シュメリアには、魚人にしか聞こえないはずの『唄聲』が聞こえている。
つまり、その意味するところは……
シュメリアはそのまま言葉を続けた。
「首飾りから出ている『唄聲』は、昔一度だけ聞いたことがある『王の唄聲』に似ている気がします。魚人族は、その唄聲の命令には逆らうことが出來ないんです」
「つまり、あの人魚が首から下げている白い首飾りをなんとかすれば……、あの人魚は俺たちと敵対しなくなるということか?」
「……はい、おそらく」
シュメリアが頷いた。
とはいえ、それもまた簡単なことではないだろう。
暴れる人魚を無力化するよりは多なりとも難易度は下がるが……
「ところで、シュメリアは大丈夫なのか?」
俺の言葉の意味するところを、シュメリアにはすぐに理解したようだ。
「私は大丈夫です。……半分だけなので」
シュメリアが視線をそらしながらそう言った。
そして、眼帯を解くタイミングを逃がしたミトラの手は、今もどうしていいかわからずに宙で止まっていた。
ミトラには悪いけど……
戦闘方針に関わる重要な要素が判明した以上、いったんはそちらを優先させてもらうしかない。
「アマランシア……」
「聞いておりました。……ただ、そう簡単には行かなそうですね」
その瞬間、俺達の頭上から再び水の矢が降り注ぎ始めた。
「くそっ! 最悪のタイミングで攻撃が再開されたな」
アマランシアの火炎魔の傘の下、三人でを寄せ合って敵の魔からを護る。
せっかくシュメリアから得た報を、一刻も早く外にいるロロイとクラリスに伝えたい。
それも、出來ればこちらがそれに気づいていることを相手陣営に知られないような形で……
だが敵の魔攻撃が再開された以上、もはや外にいるロロイとクラリスとコンタクトを取ることすらも容易じゃない。
このような降り注ぐ水の矢の中では、俺なんかはアマランシアの防の外に出たら一瞬で死んでしまう。
四人全員でき回るというのも、なかなか現実的じゃない。
俺達は完全にここで足止めを食らっていた。
「……いや、いい方法を思いついた!」
「なにがですか?」
「ミトラ、ちょっと手伝ってくれ!」
「えっ? ……はい!」
完全に思いつきだし、そもそもロロイがそれに気づくかどうか疑わしくはあったが……
とにかくまずはこの方法に賭けてみよう。
俺はすぐにそのための準備にることにした。
「人形を、作ってほしい!」
幸い、そのための材料はその辺にいくらでも転がっていた。
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