《【書籍化】勇者パーティで荷持ちだった戦闘力ゼロの商人 = 俺。ついに追放されたので、地道に商人したいと思います。》58 の世界②
俺たちの目の前に広がっているのは、アース跡群だ。
果てしなく広がるかつての大都市の殘骸が、ミトラの視線の先にその姿を見せていた。
その範囲は、キルケット五つ分よりもさらに広大だ。
見渡す限りの、あまりにも壯大なその古代都市の殘骸を目にして、ミトラは完全にその景に圧倒されているようだった。
これまでミトラが見てきたものの中には、間違いなくこれほどまでに巨大なものは存在しなかったことだろう。
「姉さん……。私がアルバス達と出會ったのは、あの林の辺りだ。そして、あっちが私たちの街、城塞都市キルケットだ」
クラリスにそう言われて、振り返ったミトラが……
再び息を呑んだ。
そこから逸らすことのできなくなった、ミトラのその視線の先。
スザン丘陵を挾んだアース跡群の反対側には、キルケットの街が広がっている。
そして、ここから一番近くに見えるのは、俺とミトラが手がけた『キルケット西部地區の門外地區』だった。
「アルバス様……。私(わたくし)は、この街を知っています」
そう呟いたミトラの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
「あそこがリルコット治療院。そしてあそこがクラリスとバージェスさんの家……。そしてあの辺りが、以前私たちの天幕があった場所……」
ミトラとは、その天幕の中で何十回となくミニチュアの模型を作っては、どこにどの建を配置するかという話を打ち合わせていた。
何度も何度も、飽きるほどにそれを繰り返した。
その家々の配置は、ミトラがジルベルトの前で完全に再現して見せられるほどに、ミトラの記憶の中に克明に刻み込まれているものなのだった。
だからミトラは、初めて見るその街が、その場所なのだと一瞬で気がついたのだった。
「本當に……これは、本なの街なんですね」
「……ああ」
「こんな景を、この目で見られる日が來るなんて……」
遠く、米粒のように歩く人の姿が見える。
しばらくその景を眺め続けた後。
ふいに、ミトラの頬をもう一筋の涙が流れた。
「私(わたくし)は今、とても怖いんです」
そう言って、ミトラがその瞳を手で覆い隠した。
「あの家はとても安心できる場所でした。お母様やお父様と暮らした大切な場所で……、アルバス様が守ってくれた私(わたくし)の唯一の居場所だったんです。それは、これまでの私(わたくし)の世界の全てでした」
「……」
「けれど……もう壊されてしまった。もう、なくなってしまった」
「また、作り直すことはできるさ」
ミトラが顔を上げ、涙を含んだその翡翠の瞳で俺を見つめた。
そして、ゆっくりと首を橫に振った。
「でも、世界はこんなふうに広くて……、どこまでも果てしなく広がっている。お屋敷の外にも……キルケットの外にだって……世界は広がっている」
「……怖いか?」
俺は、思わずミトラにそう質問していた。
居場所を破壊され、親しかった付き人も離れて行ってしまったミトラは、この広い世界に投げだされた迷い子のようなものだ。
寄る辺の無くなった、嵐に流される小舟のようなものだ。
「ええ、怖いです。こんな世界に飛び出してしまったら……、もう後には戻れない。もう元の場所には帰れない。でも……」
そこで、ミトラは言葉を詰まらせた。
俺は、ミトラの口からその先の言葉が出るのを靜かに待った。
「でも、ここはとても明るいんです。に、満ち溢れています。私の知らない世界は、とても……とても綺麗だったんです」
半泣きになりながら、ミトラがそう言った。
そしてそのまましばらくの間、泣きながらその景を眺めていた。
→→→→→
「じゃあ、そろそろ行こうか……」
俺はそう言って『倉庫』から白い牙の裝束を取り出した。
そして、ミトラにそれを著るようにと促した。
「これ、は?」
「なりきり裝束ですよ。まずは、このフード付きのローブを著てみてください」
アマランシアが近くに寄ってきて、それについてミトラに説明した。
ミトラの黒い髪をかきあげて後ろで結い、フードの中へと隠す。
それと同時に人間の形の耳も、フードの中に隠れた。
「こちらは以前私が使っていたものですが……。ちゃんと洗ってありますので」
そう言ってアマランシアが差し出したのは、口元を覆うマスクだ。
そうして完したミトラの姿は、白い牙の裝束にを包み、その翡翠の瞳だけを外に出しているというものだった。
「これなら、誰がどう見ても白い牙のエルフだろう?」
「え、ええ……」
アマランシアの支援魔『反鏡(ミラード)』で今の自分の姿を確認したミトラが、戸いを見せながらも頷いた。
そうして、馬車を『倉庫』に収納し、ウシャマをシンリィ達に任せ……
不安げなミトラ連れて、俺達は徒歩でキルケットの市街地へと向かったのだった。
→→→→→
俺がエルフ達と共にこの門を潛るのはもはや日常茶飯事だ。
門番は、いつものように「ご苦労様です」と聲をかけてくる以外は、特にこちらに興味を示すような行をとらなかった。
アマランシア達は、いつものように堂々としている。
俺とクラリスの後ろに隠れてるようにして歩いていたミトラは、張が空回りして呆気に取られているようだった。
「何も、言われませんでした」
「だろうな」
「見た目が、エルフなのに?」
「私も、他の白い牙のエルフも、最近はしょっちゅうここを通っていますので……。人間が通る時と同じです。今更何も言われたりしませんよ」
「……」
話で聞くのと、実際に験するのとでは全く違うだろう。
完全なエルフの姿のアマランシアや、その翡翠の瞳を曝け出しているミトラがこの街の大通りを歩いて……
誰にも見咎められることなくその風景に溶け込んでいる。
それは、ミトラにとっては驚くべきことだったようだ。
そこで、風の悪い冒険者のグループが前から歩いてきた。
ミトラのに張が走り、俺の腕を摑む手に力が込められた。
そして、すれ違う瞬間。
冒険者達がこちらに向かって軽く頭を下げた。
そしてそのまま何事もなくすれ違い、ミトラが驚いたように振り返った。
今のは確か、バージェスとクラリスの知り合いの冒険者だ。
「今の方達は?」
「クラリスの知り合いだな」
「うん。前にギルドでクエストの分け前でめてるところに、私とバージェスが仲裁にってさ。……その流れでこっぴどくぶちのめしてから度々付き纏って來るんだ。最近は『キマイラ姉さん』だなんて、まるでモンスターみたいな呼び方してくるから困るんだよね。まぁ、悪い奴らじゃないし。たまに一緒にクエストに行ったりしてるよ」
「そ、そうなんですか……」
ミトラは、クラリスの友関係をほとんど知らない。
今や自分とは全く違う道を行く妹の姿に、驚きを隠せないようだった。
→→→→→
そして俺たちはとりどりの店がひしめく店広場にたどり著いた。
今、その広場では複數のエルフ達が聲を上げて商売をしていた。
今日は、普段は東西南北の広場に散っている商隊を全てここの広場に集結させている。
また今日は『エルフ達の記念日』だということにして、商品を普段よりも割引いた価格で販売していた。
そのせいか、今日の『エルフの行商人』は普段の二割り増しくらいでお客がいるようだった。
「こちらなんかお似合いじゃないですか?」
「そうですね、このアイテムのスキルは……」
「このモンスターはイルコビラといって、にある毒袋が……」
アクセサリーの店、そしてモンスター素材の店。
これまでに俺がエルフ達と試行錯誤を繰り返してきた、いくつかの商店は、それぞれに賑わいを見せていた。
「こんな……、こんなことが……」
驚愕するミトラの目の前で……
エルフ達はすでに、こんなにもこの街に溶け込んでいた。
「こんなことが……、本當にこんなことがありうるのですか? エルフが、この街で普通に商売を……」
「これこそが、アルバス様の力なんですよ」
ゆっくりとそう言って、アマランシアがミトラに語りかけた。
「元々は異であったはずの我々エルフ族を、その商売の力でこの街の一員にしてくださいました。まだまだ課題も問題も山積みですが……、我々はすでに大きな一歩を踏み出しています。アルバス様の商売の力が、この街にエルフの居場所を作り出して下さったんです」
「……」
「それは、同時に我々の願いでもありました。そしてアルバス様の商売の拡大にも大きな意味を持っています。ですが、アルバス様の最も大きな願いは、ミトラと……ミトラとアルバス様の子供が、この街で迫害をけることなく健やかに暮らすことなんですよ」
「……」
再び、ミトラの頬を涙が伝い落ちていった。
次々と伝い落ちたる涙は、ミトラの口元を隠す布にあたり次々と染み込んでいく。
「アルバス様。アマランシア様……。私は、この子に私と同じ暗い道を歩ませたくない。こんな風なの世界の中で、笑っていてしい」
そうして母として……
ミトラは前に進むこと選んだのだった。
「ああ、俺もそう思う。そしてそれは、ミトラも一緒に、だ。前にも、そう言っただろう? 俺は、口にしたことは必ずやり遂げる」
俺は以前、ミトラに『ミトラと、生まれてくる子供が隠れることなく暮らせるよう、この街を変える』と宣言した。
アマランシアの言うように、まだまだ課題は山積みだが……
それは今、著実に形になり始めていた。
「っ! アルバス様……」
そう言って俺に縋り、ミトラは聲を上げて泣き続けた。
今は、永遠には続かない。
良いことも。悪いことも……
その中で、人はより良い未來を摑み取るためにもがく。
だから俺は、そのための力を得るために『大商人』になりたいのだ。
貴族や王族にすらも影響力をもたらす莫大な権力を持つ大商人。
今の俺にはそこまでの力はないけれど……この道を進み続ければ、きっといずれは手が屆く。
いや……
絶対にとどかせてやる。
むを全て手にれるため。
力を蓄え、俺はいつまでも足掻き、もがき続けるんだ。
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