俺が瞬間移した先は、ある建の屋上だった。散策していたとはいえ、未だすべての地理を把握していなかった俺は、人気がなくそれでいて人通りが多い場所に出やすいという限定された場所へ移する方法を取った。

「ここか」

そこは偶然にも、前日にブ男貴族とゼノスとかいうまともそうな貴族がやり合っていた場所の近くだった。とりあえず、危機はしたが再び彼が連れ去られる可能もあるため、彼の目を塞いだまま彼の耳元で話し掛ける。

「とりあえず、安全な場所に移した。一度しか言わないからよく聞け。移した場所は、建の屋上になっている。後ろの方に一階に降りるための階段があるからそこから建の外に出ろ。そしたら、向かって右側に進んで行くと人通りの多い場所に出るから、そこでお前を探している人間を見つけて家に連れて行ってもらえ」

「んっ（コク）」

俺の言葉に彼がこくりと頷く。それを確認したのち、俺は彼に最後の言葉を投げ掛けた。

「じゃあ、俺はこれで行くからあとは自分でなんとかしてくれ」

「んー、んー」

「俺がどこの誰だとか何者なのかとは教えるつもりはない。俺がいなくなってしばらくしたら、お前を縛っているロープは自然に切れるようにしてあるから、後はさっき言った通り家に戻れ。じゃ、そういうことで」

それだけ伝えると、俺は瞬間移でその場から近くの建の屋上へと移する。こうしておけば、俺が突然いなくなったように見えるだろう。

一応だが、彼を攫った人間が再び彼を連れ戻す可能も視野にれ、彼が安全な場所まで辿り著くのを見屆けるつもりだ。

突然いなくなった俺を探そうときょろきょろと視線を巡らせているが、自分を縛っていたロープが切れたことを確認すると、口に詰め込まれていた布を剝ぎ取り、俺の指示通りに建の一階へと降りていった。

そのままさらに通りに出る方へと足を進めると、やはり捜索隊が出ていたらしく、すぐに彼を探していた兵士と出會った。一人の兵士が報告のために駆け足で去って行くのを確認してから、俺はその場を後にした。

攫ってきた人間にも攫われた人間にも、俺の姿は見られていないため、彼を攫った人間が俺に報復することはなく、俺の姿を見ていない彼もまた俺を探す手がかりはないだろう。

手の大きさと聲質から俺が年であるということには行きつくかもしれないが、數十萬という大規模な人數の中からたった一人の年を見つけ出すなどそれこそ奇跡でも起きない限りは不可能に近いだろう。

路地裏探索から始まった救出劇も終わりを迎え、俺は再び散策を開始する。比較的都會の部類にる都市だけあって往來する人の數が多いが、それ以上に警らしている兵士の人數もそれなりに多いようで、頻繁に兵士とすれ違うことがあった。

それでも、治安が良くないようで俺が確認しただけでも五回以上何かの罪を犯して兵士に連行される人間の姿が確認できた。

「この治安の悪さなら拐事件が起きても不思議じゃないな」

俺が散策で出歩いていた時間は長くても數時間だったが、それでもこれだけの犯罪が頻発していることを鑑みれば、大陸統一の影響がかなりのものであるのだと嫌でも理解させられる。

人々を観察してみると、どことなく警戒しながら街中を歩いており、店を出している人間もどこか訝し気に商売をやっているように見えた。

報収集のため、店をやっていた店員にも話を聞いてみたが、やはり以前と比べて治安が悪くなっており、無銭飲食や竊盜などの比較的軽めの犯罪で兵士に連行される人間が後を絶たないらしい。

ますます他大陸に勢力をばす意味がわからないと、アルカディア皇國の上層部たちに呆れのを向けていると、突然ビリッという音が聞こえてきた。

「ああ、もう壽命だったか」

音のした場所を見てみると、そこには破れた裝備の姿があった。あれから高い能力とスキルにものを言わせて戦ってきた俺だが、どうやらその戦いに付いてこられなくなったらしい。

いきなりのことに戸う俺だったが、今まで持ってくれていたことの方が不思議であったため、急遽予定を変更して裝備屋へ赴くことにした。

やって來た店は何の変哲もない外裝をしていたが、裝はありとあらゆる武や防がところ狹しと並べられており、まさに裝備屋といったじだ。

「いらっしゃい、何の用だ」

「これなんだが」

ぶっきらぼうに対応する店員に対し、に著けていた裝備の現狀を見せる。すると、店員はすぐに結論を口にした。

「こりゃあもうダメだな。新しいのに買い替えた方がいい」

「だろうな」

「すまないが、お前さんの型に合う防がない。となってくると、新しく作ることになるんだが、今け持ってる仕事がごたついててな。それを片付けるまで二月かかる。お前さんの防はその後になっちまうんだが、どうする？」

そう言われて改めて考えるが、現狀の俺は裝備の力ではなく魔法と能力だけで戦っているので、しっかりとした裝備を用意する必要はない。だが、この先何が起こるかわからないという懸念もあるので、ここらでちゃんとした裝備を整えた方が得策であるとは考えている。

そもそも、今まで裝備のことを一切気にせずやってこれたこと自が異常であり、本來ならばもっと早く裝備に関心を向けるべきなのだ。

新しい裝備はしいが、作ってくれるまでの時間が二月待たなければならないと考えれば、完するまで防なしで戦うことになる。それはいくらなんでも問題がある。ならば、こうするしかない。

「工房を借りてもいいか？」

「何？　それってまさか」

「俺に合う裝備がないなら、自分で作るまでだ」

そう、作ってくれる職人の手が空いていないのであれば、自分で作ってしまえばいい。まさに、パンがないならケーキを食べればいいじゃない理論である。

幸いなことに、今までやってきた生産活において【錬金】と【鍛冶】のスキルを獲得している。普段はそれを裝飾品の加工に用いているが、それを防作りに応用すればいいだけの話だ。もともと、鍛冶については武と防の製作に適があるスキルなので、その能力を憾なく発揮してくれることだろう。

「お前さん、鍛冶仕事ができるのか？　見たところ人してないみたいだし、なりからして冒険者見習いだろ？」

「俺に関してはどうでもいい。問題はここの工房を借りられるか借りられないかだ」

「……ついてこい」

こうして、ファンタジーのお話らしい防製作について考えることになった。