《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》×2-5
「この坊やがそうなんだね、イオネル?」
「エインズくんだよ、シルベ村のエインズくん。まぁ、いまはもうシルベ村はなくなっちゃったけど」
「お前の仮面はそういうことかい……。隨分と暴な真似をしたもんだね。この子の前で一生それを外すんじゃないよ」
「僕は婆さんの指示でシルベ村へ行っただけなんだよぉ? 婆さんまでそんなのはないんじゃないかなぁ……」
「もっと平和的に為せなかったのかね」
「魔師のくせに俗世の過程に優しさを求めるなんて耄碌したのかい?」
「あたいはいいんだ、この子は魔師の卵だよ。この子の歩みだす第一歩をどうしてそんな殘酷なものにする必要がある」
イオネルの表は被った仮面によって隠れている。しかしその竦めた肩が、その聲がシギュンの言葉は理解できないと言っているようだった。
「どのみち歩む茨道でしょ? いいじゃない、遅かれ早かれ辿るんだから」
「はぁ……、まったく」
シギュンとイオネルの會話が理解できないジデンとエインズの頭上には疑問符が浮かんでいた。
「とりあえずんな。エイちゃんもお腹が空いているだろう?」
丸い背中のシギュンはその皺だらけの顔をらかくしてエインズに語りかける。
「エイちゃんって。婆さんの孫じゃないんだから」
「うるさいね、お前は黙ってな」
イオネルは「はいはい、煩い婆さんには困るねぇ」と口を尖らせ頭の後ろで手を組んだ。
エインズはというと人見知りしているのか、口を閉ざしたまま眉をひそめる。
「打ち解けるまでし時間がかかるかね」
シギュンはちらりとジデンに目を向けた。
シギュンの意図するところをくみ取ったジデンは「夕時にスープをし食べさせました」と伝えた。
シギュンは「そうかい」と小さく頷くと、三人を平屋へ招いた。
「適當にそのへんに座っておくれ」
そう殘して臺所へ向かうシギュンだが、
「……イオネル様、これもシギュン様の冗談なのですか?」
辺りを見回すジデンの目には座る場所がどこにもないようにみえる。書が散らばり、ダイニングテーブルの上も椅子の上も多くのメモ書きや書が山を作りその姿を隠していた。
「いや、大真面目だと思うよぉ。僕も婆さんの家には辟易しているんだよ。ほら、落ち著かないでしょ?」
イオネルは「上のものどかすからねぇ」とシギュンの返答を待たずにテーブルに山積みの書を下へ落とす。椅子の上も同様に払い落としそこに腰を下ろした。
「ほらジデンくんも。いつまで立っているのさ」
「ですが、これはさすがに……」
箱庭の魔シギュンの荷を無造作に床へ落とすのは忍びない。ジデンからすればシギュンは雲の上の存在なのだ。もちろんイオネルもそうなのだが、彼の格もありジデンはぞんざいに扱える。
躊躇い続けるジデンに痺れを切らしたイオネルは彼の代わりに椅子の上を綺麗にした。
「ほら、ここに座りなジデンくん」
罰が當たりそうだ、と遠い目をするジデンだが済んだことは仕方がない。覆水盆に返らず、自分が座らなければ床に散らばった書らに申し訳ない。
エインズをテーブルの前につけて、ジデンはエインズとイオネルの間に挾まる形で座った。
「もうし待っておくれよ」
奧からシギュンの聲が聞こえた。
料理の準備をしているのだろうか。漂ってきた匂いがジデンの鼻腔をくすぐる。
「本がいっぱい……」
本棚いっぱいに無理やり敷き詰められた書や床で埃をかぶった書、部屋の中を見回したエインズが呟いた。
エインズの興味深そうな表に気がつくジデン。
「本はあまり読みませんか?」
「僕の村には本なんてほとんどなかったから」
「高価なものですし仕方ありませんね」
表紙がついた本など、貴族などの金銭的にかなり余裕がある者しか購できない代だ。村で保管されていた貴重な本を目にしたことはあっても実際に手にすることはなかったのだろう。
「おや、エイちゃんは本に興味があるのかい?」
料理を持ってきたシギュンは、イオネルによってテーブルから落とされた書を気にすることもなく、その上を當たり前のように踏み歩いた。
野菜やなどがらかくなるまでしっかりと煮込まれた料理に普段エインズが口にしないらかいパンがテーブルの上に置かれる。
「エイちゃんは小さいからね、しっかりと栄養をつけないとだめだよ」
シギュンは三人に向かい合うようにテーブルを挾んで座り、スプーンを手にした。
ジデンはシギュンが食べ始めるのを待ってからパンを齧ろうと思っていたのだが、隣のイオネルはすでに煮込み料理に手を付けていた。
遠慮しようとすればどこまでも遠慮してしまう。
隣のエインズもぎこちないながらにスプーンを左手で握り食べ始めているのを見て、ジデンも料理に手をつけることにした。
食事中の會話のほとんどがシギュンの出した話題にイオネルが返すようなものだった。途中エインズに聲をかけるなど、魔と呼ばれるにはおよそ似つかわしくない場の盛り上げ方をして穏やかな食事が出來ていたように思える。
張していたジデンも肩の力を抜いて會話に耳を傾けられたのが証明だろう。
利き手ではない左手だけでの食事に手こずっていたエインズは三人が食べ終わってしばらくしてからスプーンをテーブルに置いた。
湯気が上がるコップを傾け、茶をすすって一息ついたシギュンがエインズの食べ終わるのに合わせて口を開いた。
「エイちゃん?」
「なに?」
シギュンを真っすぐ見つめるエインズ。
しかし彼の右目は白濁としていたシギュンの姿をまるで映してはいない。
「どこかに変なところはじないかい?」
「変なところ? 目が見えづらいところと……、食べづらいところ」
「そうかい」
いエインズにはシギュンが問うたところを読み取ることはできない。まして今のエインズはシギュンの言うところの卵なのだから。
シギュンは優しくエインズに微笑みかけると、すぐにイオネルに視線を向ける。
向けられたイオネルが頭を橫に振ると、シギュンは「仕方ないね」と立ち上がり、雑に散らばる書の上を歩きエインズのすぐ近くで向かい合う。
「エイちゃん、しエイちゃんのことを見せておくれ?」
シギュンはそう言って、皺だらけの右手をエインズの頭の上に乗せると先ほどまでの溫かみのこもった聲とは別の、どこか冷たい聲で紡いだ。
「不完全解除『眼世背』」
12ハロンのチクショー道【書籍化】
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