《僕の姉的存在の馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜》

やっぱり楓にとっては、理恵ちゃんみたいなおしとやかなタイプが好みなのかな。

楓のなにやら落ち著かない様子を見てそう思えてしまう。

「まだ著替えるのはダメだよ。楓君のサイズは、なかなか合わせにくいんだから」

「気持ちはわかるけど……。なんかスースーして落ち著かないんだ」

楓は、スカートの裾を指で摘んでそう言う。

「まぁ、スカートはね。男の子が穿くようなものじゃないからね」

理恵ちゃんは、いかにも楽しそうにそう言った。

楓にとって、その裝を著続けるのは、ちょっと苦痛なのかもしれない。

それでも理恵ちゃんの言うことをきくのは、楓なりに気を遣っているんだろう。

「それ以前に、この裝はちょっと……」

「もうしだけ待ってね。次の新しい裝の參考にしたいから」

「うん」

楓は、渋々といったじで頷く。

花音が見たら、きっと違う意味で新たな世界の扉が開いてしまうだろう。

私は、黙って楓のことを見守っていた。

「理恵ちゃんの裝のセンスは確かなものだから。安心していいよ」

「………」

私の言葉に、楓は哀しげというかなんというか微妙な表になる。

なにかを訴えてくるような眼差しでこちらを見てきたが、見なかったことにしておこう。

楓には、理恵ちゃんの作った裝をもっと著てほしいし。

「あたしはわりと気にっているよ。理恵の作った裝はね。全然キツくないし」

奈緒ちゃんは、スカートの裾を指で摘んでそう言った。

まだ楓がいるというのに、その無防備なところは奈緒ちゃんらしい。

楓になら、見られてしまっても大丈夫っていう意味なんだろう。

理恵ちゃんには、恥じらいがあるっていうのに。

採寸はちゃんと理解しているみたいだから、キツいわけがない。

しかし、不満がある人はなからずいるわけで──

「スパッツを穿かせてくれないのは、ちょっと嫌だけどね。それ以外としては、完璧だよ」

「やっぱりスパッツは必要?」

「まぁ、それはね。下著だと安心してドラムを叩けないし……」

「わたしとしては、可いと思うんだけど……」

「可いだけじゃ、恥ずかしさを克服できないんだよ。理恵」

「そういうものなんだ。それなら、なにか対策を考えておくね」

「うん。お願い」

ドラム擔當の沙としては、スカートを穿いた狀態でドラムを叩くのは、ちょっとした勇気がいるらしい。

まぁ、どうしてもガニになっちゃうもんね。

沙ちゃんにとっては、その辺りの配慮も必要にはなってくるか。

理恵ちゃんは、どんな風に考えているんだろう。

沙ちゃんとは馴染みたいだから、それなりには考えていると思うけど。

こんな時、私にはなにも言えないのが、ちょっともどかしかったりする。

理恵ちゃんなら、なんとかするだろうとは思うが。

楓がお手洗いに行ったタイミングで、理恵ちゃんは口を開く。

「楓君は、やっぱりストッキングの方がいいのかな?」

「いきなりなんの話? 次の裝のこと?」

私は、思案げに首を傾げてそう訊いていた。

理恵ちゃんは、當然のことのように答える。

「そうなるのかな。香奈ちゃん的には、どう思う? 楓君の裝姿は、かなりグッとくるよね?」

「まぁ、よく似合っているとは思うけど……」

たしかに楓の裝姿はよく似合ってはいるが、楓がいる前でそんなこと言いたくはない。

もしかしたら、楓が傷つくかもしれないし。

「それなら、これなんかはよく似合いそうなんだけど。…どうかな?」

そう言って、理恵ちゃんは裝のスケッチを私に見せてきた。

これには、私だけじゃなく、奈緒ちゃんや沙ちゃんも確認のために見にくる。

「どれどれ……」

「ちょっと拝見っと……」

興味津々といったところなんだろうけど、スケッチに描かれた裝は、とてもじゃないけど楓に著せていいものじゃない。

白黒なんで判斷できかねるところはあるが、フリルの付いたスカートといい、上の洋服といい、これはほぼコスプレの領域だ。

ステージ裝とは、ちょっとかけ離れたものである。

私は、思わず口を開いた。

「理恵ちゃん。これって、まさか……」

「うん。次のステージ裝かな」

もう次のステージ裝を描いてたんだ。

私からしたら、すべてが初耳なんだけど。

沙ちゃんと奈緒ちゃんは、あまりのことになんとも言えない様子だった。

さすがに男の子にこんなものを著せるのに、抵抗があるみたいだ。

「そ、そうなんだ。まだ配とか、決まっていなさそうだけど……。大丈夫なの?」

「それについては大丈夫。もう決めてあるんだ」

意気揚々としてそう言う理恵ちゃんに、私はなんとも言えなかった。

一つだけ気になったのは、楓が著る予定の裝はどうなったのかについてだ。

「もしかして弟くんだけじゃなく、私たちもそれを著る予定なの?」

「ん~。わたしたちのは、もうし改良の余地があるかも」

「そうなんだ。その割には、弟くんに著せる裝には、ずいぶんと力をれているような」

「うん! 楓君の裝姿は、わたしの創作意を湧き立たせるのよね」

「そんなものなんだ……。心なしか、私たちの裝にも影響がきてるような……」

理恵ちゃんのスケッチに描かれた裝の絵は一枚じゃない。

何枚か見せてもらっているが、楓に見せたものだけかなり凝ったものになっている。

なにか狙いがあるのかな。

「それは、まぁ……。わたしたちも著る予定のあるものだからね。それなりにお灑落で凝ったものを著たいじゃない」

「私たちのは、『ついで』なんだ……」

これ以上は、さすがの私も言えなかった。

お裁が得意な理恵ちゃんに対しては、誰もなにも言えないのはいつものことだ。

文句なんてあるわけがないのだから。

そして、何事もなく楓がお手洗いから戻ってきたことについては、みんなしだけ驚いていた。

「ねぇ、弟くん」

「なに?」

「お手洗いに行ってたんだよね?」

「そうだけど。なにかあった?」

「ううん。なにもないよ。ただちょっと──」

私にも、うまく表現できない。

スカートのままお手洗いに行ったってことは、つまりは──

私は、まじまじと楓の顔を見る。

「だ、大丈夫だよ。裝は汚していないから」

楓は、なにかを悟ったのか慌てた様子で言う。

「そっちの心配はしてないから大丈夫だよ」

なにもなかったというのは、楓の態度からしてよくわかる。

ライブの時に著る裝って、大抵の場合は一回著たらもう著なくなることが多いんだよね。

だけど、なんとなく大切にしておくのは、次のライブのためだろう。

もう著ないと言ってて、また著る可能があるからだ。

楓に対しては、なんだか申し訳ないな。

本來なら、裝させる意味なんてないのに。

半分は理恵ちゃんたちの趣味みたいなものだろう。

、いつまで続くのやら。

私は、不安そうにしている楓を黙って見守っていた。

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