《愚者のフライングダンジョン》118 サーベラス
気絶したリリーを除くムツキの元監視員3名は、全員生きることを選んだ。ただし、どもの生存を政府に知られたら、俺は怒られ、刺客が放たれ、どもは口封じに消される。そんなことは誰もんじゃいない。だから、村を出ない條件で4人からチップを抜いた。
とはいえ、枷もせず自由にさせておくとトラブルを起こすかもしれない。そんな不安を口に出すと、どもは俺の帰りを靜かに待つと約束した。だが、それを素直に信じられるほど俺たちの関係は良くはない。
不安を取り除く方法をどもと話し合った結果、出かけている間だけ、どもには死んでもらうことにした。帰ったら生き返らせると約束している。3人は死ぬのを恐れたが、リリーを先に逝かせたことであの世へ行く決心をしてくれた。
邪魔者を排除したところで、出発の準備に取り掛かる。
幸いムツキの脳に住み著かせたケアエナジーのおかげで居場所はわかる。
問題は國方法だ。今から韓國行きの旅客機に乗ってムツキの行き先を探すのは困難。そもそも、俺は自由に國外に出られない。國を出るには、外務省と訪問先の國の大臣の承諾が必要だ。承諾を得ずに日本を出れば、日本に経済制裁を與える國際條約がある。俺自に制裁加えられるよりも痛い。
ヤヨイさんが言うには、韓國は俺の味方じゃないらしいし、侵がバレたら韓國は日本を庇っちゃくれないだろう。
だから、バレないように國し、誰にも気づかれないようにカゲワニを狩る。
難しいことじゃない。隠行は得意だ。やりようなら幾らでもある。
「まずは〖存在消失〗っと」
突然、目の前が暗転した。
暗い。真っ暗闇だ。自分の姿は認識できる。だが、景は見えない。けないわけじゃ無さそうだ。指はあるし、どこに立っているのかわからんが足もある。
いったいなんなんだ。ここはどこだ。移したのか? 〖存在消失〗がおかしくなったのか?
通常ありえない現象に寒気がする。急いでいるからこそ焦る。
一旦、〖存在消失〗を切る。ダメだ。切っても真っ暗だ。場所を移したのか。
だとしたら、ここはどこだ。どうやって移したんだ。俺自の力か。それとも敵か。敵の姿は見えなかったぞ。
なんなんだよ。クソ。クソムカつくぜ。急いでるってのに。まぁいい。けるならワープだ。
ワープ! 俺ん家へ!
「あれ?」
ワープ! ワープ! ワープ!
「ワープ! ワープ! ゥワァァーーッップ!」
あれぇ? できねぇ……。
おかしいだろ。地球じゃねぇのかよ。マナガスでもねぇ。どこだよここ。
「調べてみるか」
強めに発する。強い熱が発生する。リアルで使えば大火事だが、周りに何も無いからが燃える心配はない。
結構強めにったのに、闇に飲まれて先が見えない。この暗闇、ただの暗闇じゃない。黒紫のオーラに似た質の闇だ。どれほど出力を上げても、一定以上進んだところでが食われる。
ワープもできない。先も見えない。いったい、ここはどこなんだ。
じっとしているわけにもいかない。こうしている間にも、ムツキはカゲワニに近づいている。前に一度、下関でカゲワニを見たが、あいつは強い。一目見て俺がやるべき敵だと思った。それに、カゲワニはワニザメリュウの子だ。人を好んで食い荒らす兇暴をけ継いでいるのなら、韓國に住む人たちの命も危ない。
どれほど鍛えたか知らんが、ムツキは所詮人間だ。ムツキじゃカゲワニには勝てない。魔法金屬のだし、簡単にはやられないだろうが、ドラゴンには魔力袋がある。食われたらどうなるか俺にもわからん。
こんなことになるなら、あの時カゲワニをやっていれば良かったかもしれんが、それはもういい。あの時の判斷はあれで良かった。ドラゴンは生かして使わないとな。
クヨクヨ考えてもしょうがない。早くここを抜け出して助けに行かねぇと。もう二度と嫁を失いたくない。
でも……。どうすっかなぁーー……。
亜空間からコンパスを出す。針がぴくりともかない。振って回してもダメだ。同じ場所に針が留まらない。きっと磁場がないんだろう。
闇雲に歩き回って解決するならいいが、コンパスも効かない闇の中で、下手にくのは得策じゃない。
だが、このまま突っ立っていても落ち著かない。歩きながら考えたい。もし迷ったらいつでも戻って來られるように、ここに魔石を置いておこう。
コト……。
さて、行くか。
そう思ったとき、前方にを見つけた。は上下に揺ら揺らとき、この暗闇の中を迷うことなく近づいてくる。
念の為、スーツを著用して臨戦態勢になっておく。こんな意味不明な場所なのだから、ただの自然現象かもしれんが、準備しておくに越したことはない。
がどんどん迫ってくる。近づくにつれ、の正が見えてきた。はランタンの燈りだ。上下に揺れていたのは、ランタンの持ち主が走っていたからだ。
ランタンの主は全むくじゃらの黒貓だった。ただの黒貓かと思ったら、頭が3つある。しかも二本足で立っているし、片手がランタンだ。
ランタンの主は俺の前で止まると、肩で息をしながら話しかけてきた。
「ハァ…… ハァ…… お迎えが、遅れて、申し訳、ありません。ハァ…… ハァ…… すいま、せん」
なんだこいつ。かわいいな。頭が3つあるから3倍かわいい。
「ハァ…… ハァ…… お迎えに、きました。気づくのが、遅れて、時間がかかってしまいました」
ずっと真ん中の顔が話していたが、左の顔も話し始めた。
「仕方ないだろ。門が開く気配も無かったんだから」
右の顔も話し始めた。
「そうそう。急に現れたあいつが悪いのよ」
なんか今、俺の悪口言ったか。
「こら! すみません。こいつら口が悪くて」
「それはいいけどよ。おめぇ、いったいなにもんだよ。ここでなにしてる」
こいつらの言葉から察するに、俺は客人らしい。なら、客人らしく振る舞ったほうが騒ぎにならない。ここがどこなのか聞きたいところだが、それを聞いてしまったら客人から外れてしまう気がする。まずはこいつの素を調べたい。こいつのの上を知れば、この場所ついてわかることがあるかもしれない。
「あっ! 挨拶が遅れて申し訳ありません! わたくしめは提燈持ちのサーベラスと申します」
「よろしく。俺のことは知っているか?」
「あっ、あっ、あの、申し訳ありません。失禮ながらあなた様のお名前を存じません。お聞きしてもよろしいですか?」
「俺は天道ケー。提燈持ちってことは、先まで案してくれるんだよな?」
「はいっ! それがわたくしめの役目ですから! ご案いたしますので、わたくしめにご同行ください!」
「よろしく頼むよ」
「はいっ! こちらです!」
よし。怪しまれていない。急いでる時こそ冷靜に、慌てず落ち著いていこう。
「それにしても暗いな。看板一つ見つからねぇ。いったい、どこまで続いてんだ?」
「ご心配なさらずとも、そのうち著きます」
「おめぇがプロの提燈持ちってんなら信用するぜ。どれくらいこの仕事続けてんだ?」
「それは……。年月を數えにくい場所ゆえ、お答えするのは難しく存じます」
「悪かった。配慮に欠ける質問だった」
すると、右の顔が話し始めた。
「2310年11ヶ月と6日よ」
「だそうです」
「覚えとるんかい。それで聞きたいんだが、最後の客はどんな奴だったんだ?」
「最後のお客様ですか。あっ、つい最近なのですがね。それが不思議な方でして、ってきて早々に帰りたいと申されたのです。これまでもそんなお客様は居りましたが、暗がりを怖がる様子もなく」
真ん中の顔が喋っている途中で、左の顔が諭すように叱った。
「個人報を話すわけにはいかないぞ」
「天道様、申し訳ありません。お答えしたいところですが、わたくしめの口からはこれ以上言えません」
「道すがらの雑談やし、言いたくないことまで聞くつもりは無ぇよ」
「かたじけなく存じます」
「それにしても、こんな何も無いところでずっとか。しかも、仕事してるなんて。俺だったら耐えられん。10年もしないうちに代わりを見つける旅に出るぜ。そういえば、他に提燈持ちは居らんのか?」
「居りません。生み出されたときからずっと一人でございます」
生み出されたときから?
変な言い回しだな。普通、生まれたときからとかだろ。もうし話を掘り下げてみるか。
「そんなの退屈じゃねぇか。外に出たいと思わないんか?」
「そうですね。外がどんな世界かを考えることはございます。しかし、出たいだなんて思いません。わたくしめは提燈持ちの仕事をしなければなりませんから」
「やめりゃあいいだろ。こんな仕事」
「そんな! できませんよ! 提燈持ちが居なくなってしまったら、ここにいらっしゃられた方が迷ってしまいます!」
「ほんじゃあ、俺が代わってやるよ」
「……え?」
「俺を見ろ。サーベラスくんの手よりも輝いてるだろ。俺なら次の提燈持ちに相応しいと思うが」
「し、しかし、初めていらっしゃられた方に提燈持ちをさせるなど」
「教えてくれたら覚えるさ。2000年以上勤めたんだ。もう退職してもいい頃合いだと思うが。嫌か?」
サーベラスは涙を流した。貓が泣くところを初めて見た。可いな。
「そんな、嫌だなんて。……嬉しいです。そのような優しい言葉、誰からもかけられたことがありませんでしたから」
「だったら代わろうぜ」
「し、しかし、旦那様が許してくださるかどうか。それに、お話ししようにも旦那様は滅多においでになりません」
出たな。サーベラスをここに縛り付けている張本人の存在が。
「そっか。ここから出られないんじゃ無理だよな。よし。旦那様の名前を教えろ。見つけ出して、おめぇをここから出すように説得してきてやるよ」
「本當ですか!?」
おうおう、暗闇でもわかるくらい目をキラキラさせやがって。そんなに外に出たかったのか。
「ああ、もちろんだ。それと、今日まで働いた分の給料も請求しといてやる。こんなとこで働かせておいてタダ働きなんて有り得ないからな」
「ありがとうございます!」
「當たり前のことさ。それで、旦那様って何者だ?」
「旦那様の名前は……えーっとー……」
すると、左の顔が呆れたように答えた。
「冥界神プルモート様だろ。そのくらい覚えとけよ」
あらら、殺しちまったよ。ほんじゃあもう話せないやんけ。
まぁいいや。おかげでこの場所の見當がついた。サーベラスには申し訳ないが、俺はさっさと退散させてもらうぜ。
ソウルノートを取り出し、俺の名前を書く。
すぐに景が変わった。場所は監視部屋だ。やはり、俺は冥界に居たようだ。
しかし、俺は冥界に行くつもりなんてなかった。〖存在消失〗を使っただけで、ソウルノートを使った覚えはない。だとすると、想定しうる最悪の事態になっている。
次の瞬間、目の前が暗転した。
俺の足元には、さっき置いたばかりの魔石があった。
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