《【第二部連載中】無職マンのゾンビサバイバル生活。【第一部完】》特別編 式部茜は寄り添いたい ①

特別編 式部茜は寄り添いたい ①

あの冬の日を、私はずっと忘れない。

きっと、死ぬその瞬間まで。

この世で一番格好良くて。

この世で一番優しくて。

この世で一番、大好きなあの人に會えた日だから。

きっかけは、些細なことだった。

中學校の仲のよかった友人が、同じクラスのちょっと・・・いやかなり素行が悪い同級生にいじめをけていた。

いじめをしていたあのは、同じような頭の程度の取り巻きをいつも連れていたことを覚えている。

最初は金品の要求。

それと、人気のない場所に呼び出されて軽く小突かれたりしたようだ。

そして、彼がその要求を満たせなくなると、今度はなんと売春を強制されることになったそうだ。

・・・友人の『ゆきちゃん』は、その段階になって私に相談を持ち掛けてきた。

金がないなら、自分が斡旋してやるからそこで金を作れということだろう。

まだ中學生だというのに、本當にどうしようもない屑はいるものだ。

『どうしよう・・・どうしよう茜ぇ・・・』

校舎裏で泣きながら私に話すゆきちゃんに、私はたしか『任せておいて』と答えたと思う。

その時の私は、今のように武道を修めているわけでもなかった。

もちろん、人間を殺すことに慣れていることもなかった。

―――なかったが。

同級生に対して敵対し、場合によっては暴力を振るうことに対して何のためらいもなかったと思う。

たぶん、私という人間は生まれつき元々何か大事なモノが欠けていたのだ。

どうにも危機というか・・・現実がない。

世界がまるで他人事のようにじていた。

何をしていても、頭は常に冷えていて・・・3人稱視點で世界を俯瞰しているようなじだった。

だから、常に何をすればいいかを冷靜に考えて実行することができた。

ただ、それを周囲へ隠さなければならない・・・ということは何となくわかっていた。

そのおかげで、友人もできたし平和な學生生活も送れていたのだと思う。

ゆきちゃんは、このいじめを絶対に親や先生には知られたくないと主張していた。

なんでも相手の親やその関係者が、いささか非合法な仕事に従事しているというのがその理由だった。

報復に何をされるかわからないというのだ。

私としては、そんな相手だからこそ公的な権力に頼るべきだと思ったが・・・友人の意思は尊重することにした。

だから、私が『被害者』になることにしたのだ。

ゆきちゃんに相談をけてから次の日、彼が呼び出された時に私も同行していた。

平素の私は、靜かな優等生という評価を周囲からけていたので・・・新たな『暇つぶし』の対象になると思ったのだろう。

あのと取り巻きはにやにやと嫌らしく醜悪な笑いを浮かべたまま、私の同行を許した。

・・・そういえば、あのはなんという名前だったのだろう?

が死んだと聞くまでは確かに覚えていたと思うが、今となってはまったく思い出せない。

まあとにかく、校舎裏の人気のない場所に連れていかれた私は、ゆきちゃんと同じような命令をされた。

曰く・・・金を渡すか、それがなければを売って稼げ。

自分は顔が広いし、金払いのいい『客』をいくらでも紹介してやる。

そんなことをあのは言い、取り巻きたちは私の反応が楽しみなのかサディスティックな笑みを浮かべていた。

『馬鹿も休み休み言ったら?それとも、そんなこともわからないほどアンタの頭は空っぽなの?』

私がそう返すと、あのは一瞬呆気に取られた顔をして・・・すぐさま憤怒の表に変わった。

それを見ても何とも思わなかった。

ゆきちゃんは私がそんな言い方をするのを聞いたことがなかったので、後ろで息を呑んでいる気配がした。

あのは間髪れずに私の顔に平手をれた。

日常的に暴力を振るっているであろう、慣れたきだった。

『てめえ、誰に向かって口聞いてんの―――』

口から唾を飛ばし、私に怒鳴る

『ぐぇ!?』

私は、ポケットにれていた消しゴムをその口へ放り込んだ。

あのはカエルのような悲鳴を上げ、奧へ飛び込んだそれをを折って吐き出そうとした。

だから、革靴の爪先でその腹を思い切り蹴り上げた。

弛緩した腹筋に、蹴りがめり込むは・・・し気持ちが悪かった。

は不明瞭な悲鳴を上げて痙攣し、吐しゃを撒き散らして地面に倒れた。

お気にりの消しゴムだったが、特に惜しく思うこともなかった。

『おまっ―――!?』

取り巻きのうちの1人が、現実に復帰した。

私に向かって何かをしようとき出したので・・・地面に転がっているの腹をもう一度蹴りつけてそのきを止めた。

取り巻きは4人もいたのに、他の3人は何もしようとしなかった。

イメージトレーニングは何度もしたが、こうまでうまくいくとは思っていなかった。

人生初の喧嘩だったが、何も思うことはなかった。

やはり、頭は常に冷靜だった。

『ねえ』

私はそう言いながら、地面のの首に足を置いた。

が暴れているので、なかなかうまくできなかった。

『折るよ』

できるかどうかはわからなかったが、とりあえずそう言ってみた。

は汚い悲鳴を上げ、きを止めた。

『ゆきちゃんに、ごめんなさい、は?』

足にゆっくり力を込めると、しばらくしてからはがらがらの涙聲で謝罪らしき言葉を口にした。

それを聞いている風を裝いながら、攜帯電話を取り出して何枚か寫真を撮り、畫も撮影した。

録音機能は校舎裏に來る前から起させておいたから、先程の売春斡旋発言もしっかりと記録されている。

『ねえ、ゆきちゃんにもう何もしないで。破ったら先生に言う・・・とか生ぬるいこと言わないよ、すぐに警察に言うから・・・あなたたちのこともね』

取り巻きに視線を向ける。

たちは何か化けでも見たような顔をして、痙攣のような頷きを返してきた。

元々群れなければいじめの1つもできない可哀そうなカスの集まりだ、この期に及んで何かをするつもりはなかったらしい。

見下げ果てた生きだが、別にどうでもよかった。

この手の問題は學校に言えば収まるというものではない。

通っていた中學校はさほど閉鎖的ではなかったが、恐らくことがことだけにもみ消されていたかもしれない。

學校は、學校で問題を『解決』したがるものだ。

だから、警察が一番だと考えた。

それでも駄目なら、マスコミや畫配信サイトに無作為にばら撒こうとも思っていたが。

『かえろっか、ゆきちゃん』

思考停止した様子のゆきちゃんにそう言い、張していたのかひどく冷たいその手を摑んで歩き出した。

たちは後ろで何か喚いていたが、の鳴き聲みたいなものだろう。

わざわざ聞く価値があるとは思えない。

私の行に控えめに言ってドン引きしていたゆきちゃんは、それでも我に返ると何度もお禮を言ってくれた。

ノーモーションで暴力を行使した私も、あのたちと同じくらい怖い存在だろうに。

『ゆきちゃん、明日からちょっと距離置いておこうね。ゆきちゃんがあいつらに何かされたら私、嫌だもん』

『で、でもそれじゃ茜が・・・』

目に涙を浮かべたゆきちゃんは、なんと私の心配をしてくれた。

は、本當に優しくていい子だった。

だから、そんなゆきちゃんをいじめたアイツらは本當に・・・本當にどうしようもない屑だと再認識した。

『大丈夫、私結構強いもん』

私はゆきちゃんを安心させるために、完璧な笑顔を作った。

こうすればいいとわかっていたから。

次の日から、たちのターゲットは私に移った。

弁當は捨てられ、教科書は破かれ、服は汚された。

トイレにっていたら、上から水をかけられることもあった。

・・・彼たちは本當に馬鹿だと思う。

一応姿を見られないように気を付けてはいるようだが、昨日の今日でそんなことをして、私が犯人に気付かないとでも思っているのだろうか。

あそこまで馬鹿だとさぞ人生も楽しい事だろう。

教科書は予備をもらい、荷なくして常に攜帯することにした。

弁當と服は保健室の先生に預かってもらうことにして、事なきを得た。

トイレの水だけはどうしようもなかったので、何度か被害をけてタイミングをはかり・・・扉を蹴飛ばした。

扉に何かが當たるがした。

腹を押さえて床に転がって悲鳴を上げていたのは、取り巻きの1人だった。

『ねえ』

私はずぶ濡れのままで彼に近付き、床に転がっていた金屬バケツを持った。

それを振り上げ、彼を何度か毆った。

『ねえ、あなたたちって脳味噌付いてるの?』

醜い蟲のように丸まって泣く彼に、バケツを投げつけた。

『もう嫌、面倒くさい。次に何かあったら警察行くからね。あの馬鹿にもそう言っといて』

返事も聞かず、私は駄目押しに彼を何度か蹴飛ばしてトイレから出た。

これくらいすれば、もう何もしてこないだろう。

こっちには証拠もあるのだ。

アイツラも、この程度の損得勘定くらいならできるだろう。

この上さらに馬鹿な真似はすまい、そう思っていた。

世の中には、想像を絶する馬鹿がいる。

私がそのことを知ったのは、翌週のことだった。

高校験のために通い始めた塾の帰り。

私は、暗がりから突如として現れた複數の男に囲まれた。

彼らはあのの名前を出し、頼まれたから一緒に來いとそう言った。

私は、あまりの展開に一瞬頭が真っ白になった。

恐怖からではない。

あのが、まさかここまでの馬鹿だとは思わなかったからだ。

その意識の間隙を突かれ、私はを拘束された。

・・・この場で逃げるのはもう不可能だろうと理解した。

彼らはすぐに私の攜帯電話を破壊すると、『これで証拠はナシだ』とゲラゲラ笑った。

・・・馬鹿の知り合いはやっぱり馬鹿だ。

あれから一週間も経っているのに、何故データがそれだけだと思っているんだろう。

既に複數の記録にコピーして、自宅PCやネット上のサーバーに保管済みだ。

私に何かあれば、必ず誰かがそれを見つけるか・・・自的にネット上にばら撒かれるだろう。

だが、この場でそれを言っても彼らを刺激するだけだ。

それどころか、家に乗り込まれても困る。

家にはまだ小さい弟や妹がいたので、迷をかけては可哀そうだ。

私は、ワザとらしくない程度に抵抗しながら彼らに連行されることにした。

その途中で、あの人に會った。

その人・・・一朗太さんはジャージ姿で、コンビニの袋を持ってこちらを見ていた。

男達は私という獲を連行するのに夢中で気付かなかった。

その時の私は、通りすがりの一朗太さんに何も期待しなかった。

男達は全部で8人。

いくら何でも多勢に無勢だ。

しかも、見るからに荒事に馴れているような連中。

そんな景を前に、1人の男に何ができるというのか。

見ず知らずの相手、リスクを背負って助ける義理もないだろう。

せめて、警察に通報してくれれば儲けものだ。

そう思ったが、錯した視線だけが気になった。

一朗太さんの目には、遠くから見てもわかるほどの殺意が一瞬で渦巻いた。

あの時はそれがわからなくて、ただ、ひどく怖い目をする人だな・・・とじたことを覚えている。

『い、痛い事、しないでください・・・』

ワンボックスカーに連れ込まれ、制服を破かれた私はできるだけ弱々しくそう聲を出した。

そして下を向き、去年死んでしまった文鳥を思い出して涙を流した。

あまりに抵抗しすぎれば毆られてきが取れなくなるだろうし、逆に平然としすぎては怪しまれる。

我ながら、いい塩梅の演技ができたと思う。

男達はすっかり気を良くして、いやらしい顔で下卑た笑い聲をあげていた。

『大丈夫大丈夫だって!ちゃあんと気持ちいいから!ぎゃはははははは!!!』

運転手の男がそう言い、車を発進させた。

私を座席に押さえつけ、何人かの男がズボンのジッパーを下げ始めた。

世間一般の男の営みについて、もちろん私は知っていた。

ティーン向けの雑誌の報というものは、ある意味男向け人雑誌よりも詳しい。

だから、私がこれから何をされることになるかはよくわかっていた。

丁度いい抵抗をし、諦めたようにを弛緩させた私に・・・彼らがまず何をするのかを。

暴れていてはできない『行為』を。

『じゃあ俺、一番乗り~』

『てめえジャンケン強すぎんだよ!!』『とっとと終わらせろよな!!』

1人の男が、局部を出させながらこちらへ來る。

『じゃあまずは~こいつをカワイイお口でご奉仕してもらっちゃおっかな~』

思った通りだ。

だから、私は『ソレ』を噛み千切ってやろうと思っていたのだ。

筆舌しがたい経験になるだろうが、こんな人間未満の男どもに処を捧げるよりは100萬倍はマシである。

結婚するまで清らかなでいたい・・・とはでは思っていなかったが、それでもここで捨てるなど考えられなかった。

いくら下半に脳が搭載されている人間だろうと、仲間の『ソレ』が噛み千切られてなお盛れるとは思わない。

その隙に逃げられればよし、ダメなら死ぬ気で暴れて何人か道連れにしてやろう・・・そう思った。

なにせ、何人かは『急所』を出しているのだから。

私がひそかに決意を固めた瞬間、運転手が間の抜けた聲を出した。

『えっなに―――』

その聲に、男たちも私も思わず前を向いた。

同時に、車に軽い衝撃。

人間が、フロントガラスに張り付いていた。

片手に石を握ったその人間は、全くためらうこともなくそれをフロントガラスに何度も叩きつけた。

あっという間に蜘蛛の巣狀のヒビがり、小さなが開いた。

『ひいぃ!?なん、なんだおまっ!?』

『うらぁあ!!!』

間髪れずに、運転手は顔面を石で毆打された。

が、辺りに飛び散った。

人間・・・一朗太さんは、何のためらいも見せずにさらにガラスを破壊。

手を塗れにしながらも、あっという間に車った。

そして、助手席の男に見えないほどの速度の蹴りを放って無力化しつつ、サイドブレーキを引いて車を強制的に停車させた。

『カス共!!その子に指一本れてみろ・・・全員殺すぞ!!!!!』

一朗太さんはガラスの破片を運転手の首に半ば突き刺すように突き付け、んだ。

當時の私は、恐ろしい怒鳴り聲を出すその人がさっき目が合った男だとその時に気付いた。

『早くしろ!!その子から離れろ!!ぶち殺すぞォ!!!!!』

私は、正直に言って混していた。

まさか、見ず知らずの人間がこんな方法で助けに來るとは思いもしなかった。

何故、さっき會った私のために・・・この人はこんなに必死になっているんだろう。

手を怪我してまで、こんなことを。

この人數を相手に、真っ向から勝負を挑むなんて。

『キミ!ドアを開けて逃げろ!早く!!』

一朗太さんが、私を見た。

一瞬視線が破れた制服に向き、男たちへの殺意はさらに濃くなった。

胃がひりつくような恐ろしさをじた。

私を襲おうとした男たちより何百倍も、一朗太さんが怖いと思った。

そして、今度はしっかりと目が合った。

綺麗な、とても綺麗な目だった。

まるで、無垢な子供のような。

まるで、我が子を見る優しい親のような。

その目からは、私を心配して、私の狀態を酷く悲しんでいるというしか読み取ることはできなかった。

―――心臓が、とくんと跳ねた気がした。

『・・・ぅ、あう・・・は、はいぃ』

一朗太さんは、私が恐怖でその聲を出したと思ったに違いない。

だけど、私が抱いていたはまったく別のものだった。

『おに、おにいさん、は?』

たどたどしく問いかけた私に、一朗太さんは歯を見せて笑ってくれた。

心臓が、止まりそうになった。

こんなに、こんなに格好いい人がこの世にいるなんて初めて知った。

―――私はたぶん、生まれて初めて人を好きになった。

『大丈夫、俺超強いから・・・さあ行け!!』

その聲を聞いて、その顔を見て。

私はどうにもうまくかないをなんとか縦して、ドアを開けた。

男達は、金縛りにでもあったようにかなかった。

『後ろは任しとけ!!振り返るな!!走れ!!!』

『はい・・・はいい!』

頼もしく、雄々しく、優しい聲。

それは、涙が出るほど格好いいと思った。

今まで男に・・・いや、どんな人間にもじたことのないが湧き上がってきた。

それでも必死で足をかし、私は走り出した。

『出て來いよおらァ!!まとめて半殺しにしてやるあァ!!!!』

私に向けるのとは違う、混じりっ気なしの殺意、殺気。

その聲に背中を押されるように、私は走った。

自分が自分でないみたいだ、と思った。

が張り裂けそうなほど高鳴っている。

こんな思いは、初めてだった。

今までの褪せていたような世界が、クリアになった気がした。

初めて、生きている実がわいた。

それからはあっという間だった。

近所の番に駆け込み、必死で助けを求めた。

そこにいた婦人警は、私の狀態を見てすぐさま保護しようとしてくれた。

だが、私はそれを拒んだ。

あの人を、助けなければ。

見ず知らずの私を、何の見返りもなしに助けてくれたあの人を。

あの、泣きたくなるほど格好いい人を。

私の心には、それしかなかった。

婦人警と、彼が応援に呼んだ警3名。

彼らを導するために、私は必死で現場に戻った。

おそらく、人生でも1、2を爭う程速く走ったと思う。

強くなる雪の中を走って、現場に戻った。

道路脇に停車したワンボックスが見えた。

その周囲の地面に、男たちが倒れていた。

ある者は気絶し、ある者はうめき、ある者は悲鳴を上げてのたうち回っていた。

『1人で、これを・・・?』

私の橫にいる婦人警が、掠れた聲を出した。

その音には恐怖が滲んでいたが、私は気にならなかった。

あまりに、目の前の景が衝撃的だったからだ。

転がる男たちの中心に、一朗太さんはしっかりと立っていた。

返りだろうか、それとも自分のだろうか。

至る所を赤く染めて。

握りしめた拳からを滴らせて。

腕と背中には、ナイフまで刺して。

それでも、あの人は自分の足でしっかりと立っていた。

降りしきる雪の中で、雄々しく立っていた。

『きれ、い・・・』

自分のものでないような聲が零れた。

それが聞こえたのか、一朗太さんはゆっくりとこちらを振り向いた。

周囲の警構えたが、彼はそれに気づかないように私を見た。

『よお、お嬢、ちゃん・・・そんだけ、笑えてりゃ、大、丈夫・・・だなぁ』

目を細め、心から嬉しそうに一朗太さんは呟き・・・糸が切れたように地面に倒れ込んだ。

死んだようにかない。

それを見て、警たちは弾かれたようにき出した。

私は、一朗太さんだけをずっと見ていた。

それからは大変だった。

警察署に駆け込んできた両親は大泣きするし、事聴取は面倒臭いし。

私は一朗太さんがどうなったかだけがずっと気になっていた。

に聞いても教えてくれなかった。

なんとか両親を通じて頼み込み、近くの総合病院に急搬送されたことだけはわかった。

重傷だが、重ではない・・・あの婦人警にそう言われて、私は思わず腰が抜けた。

自分のことよりも、ただ彼が心配だった。

翌日からも、私の周囲は大騒ぎだった。

家には校長先生や擔任が訪ねて來て、事の次第を聞かれた。

私が今までのことを話すと、なんでもっと早く相談してくれなかったのかと怒られた。

それはしだけ悪いと思っていたが、相手の行が斜め上だったので仕方がない。

悪いのは私ではなく向こうだ。

だが、あのにだけは厳罰を喰らわせてやらなければ気が済まなかったので、ゆきちゃんのことも含めて仔細をしっかりと伝えた。

勿論、データも見せて。

両親はそれを聞いて擔任に凄まじく怒り、それをけた校長先生は汗を大量にかきながら了承していた。

『攜帯は壊されましたけど、証拠のデータはコピーしています。厳正に対応してくれなけれはマスコミや警察にばら撒きます』

と、言ったのが効いたのだろう。

必ず対応するから早まったことだけはしないでくれ、そう何度も言いながら先生たちは帰って行った。

そして、なによりも一朗太さんのお見舞いに行きたかったが誰も許可してくれなかった。

そんな許可は必要がなかったが、集中治療室にいて面會謝絶だと聞かされればそれ以上は何も言えなかった。

なんとかお禮を伝えたいと周囲に言い続けたら、1人の警がこっそりと耳打ちしてくれた。

あの夜に応援に來てくれた人だった。

『龍宮の神尾町にある、南雲流という道場を訪ねなさい』

それを聞き、私はこっそりと家を抜け出した。

いっそのこと病院にも行こうかと思ったが、どこから報がれたのかマスコミが大量にいたのでることはできなかった。

もし私が被害者だとバレれば、家族に迷がかかってしまう。

斷腸の思いで諦めた。

電車とバスを乗り継ぎ、その道場を訪ねた。

『おうおう、これはまたかわいらしいのが來たのう』

出迎えてくれたのは、道場主だというお爺さんだった。

背筋がまっすぐで姿勢がよくて、今まで見たどんなお爺ちゃんよりも強そうな人だった。

『不肖の弟子にしてはようやったのう。やはりあやつは本番型じゃな』

一通り顛末を語り終えた時にお爺さん・・・十兵衛先生はそう言って心から嬉しそうに笑った。

弟子が院したのにこの対応・・・凄いおじいさんだと思った。

『伝言はわしが責任をもって伝えておこう。心配せんでもあやつはこのくらいではくたばらぬよ・・・そのようなヤワな鍛え方は、しておらんのでな』

笑う十兵衛先生の目は、今思えば一朗太さんとよく似ていた。

『お嬢ちゃんこそ大変じゃったのう、マスコミの件はこの爺がなんとかしてやる。もう2、3日はおとなしくしとれよ』

驚くことに、十兵衛先生は私の置かれた狀況についてもよく知っていた。

かなり顔の広い人らしい。

それから、お茶をご馳走になって私は家に帰った。

七塚原さんと初めて會ったのもその時だ。

あの頃にはもう既に今のような大きい人だった。

『今は騒なけえ、わしが家の近くまで送っちゃろう。心配しんさんな、どがあな相手でも叩いてのしちゃるけえのう』

は大きく、顔は怖い。

だけど、その聲はとても優しかった。

私を襲ったような連中でもこの人を見たら尾を巻いて逃げるだろうな、と思った。

今までの人生で見たどんな人よりも強そうな外見だからだ。

『無我、頼むぞ。お嬢さん、周りが靜かになったらまた遊びに來るといい・・・し、話したいこともあるでな』

十兵衛先生はそう言って見送ってくれた。

私は、その時になってまだ一朗太さんの名前も知らないということに気が付いた。

慌てて尋ねると、七塚原さんが教えてくれた。

『田中野、一朗太、さん・・・』

口に出しただけで、が溫かくなるような気がした。

『くはは、お嬢ちゃんも厄介な相手に惚れたのう。まあ、見る目は確かじゃがあの樸念仁は難敵じゃぞ?』

私の反応だけで気持ちを知ったのだろう。

十兵衛先生が子供のような笑顔でそう言ってきた。

その笑顔でまた一朗太さんを思い出して、たぶん私の顔は真っ赤になった。

十兵衛先生はそれを見て聲を出して笑い、七塚原さんは『えがっだ・・・えがっだあああ・・・』と、何故かうれし泣きをしていた。

十兵衛先生の言った通り、2日もするとぱたりとマスコミの姿を見ることはなくなった。

ゆきちゃんがメールで教えてくれたのだ。

學校の周囲にいた報道陣が、が引くようにいなくなったのだと。

十兵衛先生が何かをしてくれたのだろうか。

たぶん、病院にいた連中も同じようにいなくなったのだろう。

勝手に家を抜け出した私は軽い狀態にあった。

まあ、仕方がないだろう。

両親からすれば心臓が止まるくらい心配したに違いない。

ゆきちゃんは家まで來てくれて、自分のせいだと何度も謝ってはわんわん泣いてくれた。

分類上は被害者である私は、本當に気にしていないので大丈夫だと100回は言ったと思う。

『ねえゆきちゃん、私、好きな人ができたの』

文脈をぶち壊した私の発言によって、ゆきちゃんは今度はしばらく固まったままだった。

していたのだろう、悪いことをした。

事件の顛末と一朗太さんのことを言うと・・・ゆきちゃんはまた泣いた。

『あかね、茜が、無事でよかった、よかったよぉ・・・』

私に抱き著いて、ゆきちゃんはずっと泣いていた。

『うん、よかった。世界で一番カッコいい人に會えたもんね』

『もぉおお・・・前から思ってたけどお、やっぱり茜ってちょっと変だよお・・・!』

ピントのズレた私の想に、ゆきちゃんは泣きながら笑っていた。

『変でもいいよ。あの人に會えたから』

『うわあああん、やっぱり変だあ・・・』

私達は顔を見合わせて笑った。

あれからもう何年も経つが、私の気持ちは変わらない。

一朗太さんが好き。

この世の誰よりも、何よりも好き。

だって仕方がないだろう?

あの冬の日に見た一朗太さんは、それほど恰好よかったのだから。

神崎二等陸曹、後藤倫さん、他にも何人か。

彼の魅力に惹かれたは多い。

仕方あるまい、あれほどの男なのだから。

別に、彼の一番になりたいというわけではない。

他の誰かを蹴落として傍らにいたいとは、決して思わない。

それでは、あのと変わらない畜生の考えだ。

ただ、そばにいたい。

この世界がどうなっても、私がどうなっても。

式部茜は、今際の瞬間まで一朗太さんに寄り添いたいのだ。

おまけ

友人のゆきちゃんは他県の牧場の跡取り息子と結婚して幸せに暮らしています。

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