《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》438話「ローランドの條件」
~ Side ミョンベル ~
ローランドが商業ギルドにある品を売ってから一日が経過するところまで時を進める。彼から品を買い取ったミョンベルは、さっそく依頼主のとあるのもとを訪れていた。
「おーほっほっほっほっ。まさか、あなたの方から訪ねてくるなんて、珍しいこともあったのもね」
「その言い方は、まるでボクが君を避けているように聞こえるね」
「違うとでも言いたいのかしら?」
「……」
「……そこは否定してほしいところなのだけど?」
元ラガンドール公國大公第二子キャサリン・フォルル・ラガンドール。ラガンドール公國の第二公である。金髪碧眼に背中までびた髪は先端がドリルのようになっており、まさに高飛車なお嬢様らしい見た目をしている。吊り上がった目は獲を狙うタカのようであり、その目で睨まれたものはそれだけで委してしまうほどだ。
人してまだ數か月と経っておらず、そのつきは年相応に慎ましやかであるものの、形よく膨らんだ部は確かな存在をそこに主張し続けている。
そんな彼とミョンベルが親しそうに話しているのには理由がある。それは、ミョンベルがかつてキャサリンの家庭教師をしていたからだ。家庭教師といってもありとあらゆる分野の知識を教えるというわけではなく、の數え方や商いについての簡単なあれこれを教えていたというだけなのだが、それでもの頃からキャサリンを知っている人の一人がミョンベルなのだ。
今では、公私共に付き合いのある二人だが、そのほとんどがキャサリンの無茶振りをミョンベルが軽くいなすというし変わった関係だ。それでも、キャサリンが信頼している人の一人であることは変わりなく、こうして顔を合わせる度にこういったやり取りを繰り返している。
「ところで、今日ボクがここに來たのは他でもない。君が興味を持ちそうな品を手にれてね」
「そう。一どんなものかしら?」
軽い挨拶もそこそこにミョンベルが本題を切り出す。キャサリンも彼の用向きがなんであるのか大方の予想を付けていたため、大して驚くこともなくありきたりな反応を示す。しかし、心ではかなり期待が籠った態度だったらしく、前のめりな姿勢を隠すことはない。
ミョンベルはそんな彼の態度に心で苦笑しつつも、重要なことを伝えるため、まずは一枚の紙を取り出した。
「これは何かしら?」
「実は、品を手にれるに際し、買い取ったある人がいてね。その人が品を買い取る時にいくつか條件を付けてきたんだ。それがそこに書かれている容だ」
「……なるほど。その方はなかなか難儀な格をしているようね」
ローランドはミョンベルと取引をする際、いくつかの條件を提示した。その條件とは以下の四つだ。
・買い取った人に関する報洩の止(ただし、取引する相手は除外する)
・買い取った品に関する報洩の止(ただし、取引する相手は除外する)
・買い取った品を転売する場合、転売した相手に“品の出処と取り扱う人を詮索しないことと、取り扱う人に対し直接的あるいは間接的な接を止する”という契約を結ぶ
(尚、偶然を裝い“別の目的でいていたらたまたま出會っちゃいました”というのも止)
・仮に第三者に報が洩した場合、以降の取引はしない(洩した相手も含む)
まず、條件を提示するにあたりローランドが危懼したのは、品の報が出回ることでその報をもとに自分自へと辿り著く人間がいる可能である。直近のバルルツァーレの一件では、実際元王であるマレリーナの鋭い推察によって危うく直接対決しなければならない事態にまで陥った。
結果的に、マレリーナがない報をもとにして自分へと辿り著いたことについて彼自が知ることはなかったが、彼の今まで修羅場を潛り抜けてきた野生の勘のようなものが“あの姫ならば辿り著いているだろう”と言っている以上、彼が急遽バルルツァーレを出立したことはまさにファインプレーであった。
今回はそれを踏まえ事前に取り扱う品とそれを提供した人の報を商業ギルドに匿させ、実際に取引する相手にも同程度の契約を結ばせることで、仮に品からローランドに辿り著いたとしても直接的な接も間接的な接も止させる契約を結ばせることで、厄介事を力づくで封じ込める形を取っている。
とどのつまり、商業ギルドに対しては“俺の報を一切もらすな”転売する相手には“取引する品とそれを持ち込んだ俺について詮索するな。接も止だ”という無言の圧力とも捉えられる容のものだった。
もちろん、契約違反をすれば彼が二度と取引に応じることがないばかりか、商業ギルド自の信用の失墜という最悪の結果を招いてしまいかねない。それを含めての圧力であり、商売人からすれば、なぜそのような契約をわざわざ提示するのか意味がわからないものであった。
「つまりは、貴が持ってきた品を手にれるためには、私がこの“品とそれを提供した人の詮索並びに接を止する契約”を結ばなければならないということね」
「そうなるね」
「もしその契約を斷ったら?」
「その人の商業ギルドに対しての信用はがた落ち。もう二度と取引を行わないだろうね。そして、商業ギルドとしては危ない橋を渡っている以上何が何でも契約を結んでもらう。もし斷れば、今後の君との付き合い方を考えなければならないくらいに重大なことだ。最悪の場合、商業ギルドとラガンドール一族との全面戦爭にまで発展する可能がある」
「はあ、わかったわ。結ぶ。契約を結ぶからそんな怖い顔をしないで頂戴」
ミョンベルの商人としての鋭い視線にさすがのキャサリンも気圧される。いつもは飄々としている彼だが、大きな取引ともなれば大商人としての顔を覗かせることをキャサリンは知っているのだ。伊達に一つの都市に存在する商業ギルドのギルドマスターという職に就いているわけではない。
負けしたかのように、ミョンベルが差し出してきた契約書の容をキャサリンが確認する。そこには、確かに先ほどローランドが取り決めた條件容が記載されており、その契約を破った場合の違約金が設定されていた。だが、そのあまりの法外な額にキャサリンから言いがる。
「ちょっと、この違約金の額はなに?」
「何か問題でも?」
「私でも見たことがない桁が並んでるんだけど?」
そこに記載されていた金額は、ベラム貨にして白金貨十萬枚、ジーク表記で十兆ジークという途方もない金額だった。通常こういった違約金の相場があるとすれば、多く見積もっても一億から數億ジークがいいところである。だというのに、今回の違約金はそれの一萬倍という聞いたこともない程の巨額だった。
これにはさすがのミョンベルも難を示したのだが、ローランドの「これなら絶対約束を破ることはないだろう? それとも正式な契約というものは、破られることが前提で結ばれるものなのか?」と返されてしまっては、それを否定する意味でも違約金十兆ジークという異例の違約金を認めざるを得なかった。
「これなら、元公族の強権を使って破ろうとはしないだろう? 割に合わないからな。なに、契約した容を破らなければ何の効力もないただの文言だよ。そう、容を破らなければね」
「うっ」
正直なところ、キャサリンはローランドが提示した契約容を無視して元公族の力でどうにかしようと考えていた。契約違反に対する違約金についても、高くても々が數千萬そこそこだと考えれば、決して安くはないが払い切れない金額ではない。そうタカを括っていた。
だが、実際提示されたのは一國の國家予算並みの違約金であり、仮に契約を破りそれを支払わなければならなくなった場合、キャサリンが泣きつく先は、父である現執政である。
しかし、そんな契約を破れば大目玉を食らうのは目に見えており、いくらキャサリンといえども今回ばかりは無茶をするわけにはいかなかった。それを見かしたように指摘するミョンベルのジト目を無視しつつ、記載されている契約容に何かがないか食いるように契約書を隅から隅まで目を通す。
キャサリンの期待も虛しく、契約書を用意したのはあの堅実さを地で行くファゴットであり、そんな中途半端な仕事を彼がするわけもなく、契約容は不備がないようがちがちに固められていた。
「ところで、品の提供者は男なのかしら? それとも?」
「んー」
こうなったら破れかぶれとばかりに、契約書にサインする前に必要な報をミョンベルから聞き出そうとするも、ローランドとの契約を既に済ませてしまっている彼が彼の報をらすはずもなく、まるで見ざる聞かざる言わざるとばかりに目を瞑り口を閉じウサ耳を両手で頭部に押さえつけるような仕草をする。こうなった彼はてこでもくことはなく、元の彼に戻すためには彼の要求を呑むほかない。つまりは、契約書にサインしろという彼の無言の圧力である。
ミョンベルがそのような手段に出ているのは、當然ローランドとの契約を遵守しようとする表れでもあるが、同時にキャサリンという共通のを持つ仲間がしいというし子供染みた理由からである。意外とらしい一面を持っているようだ。
「はあ、これでいいかしら?」
「おおー、さすがは元ラガンドール公國第二公殿下。その思い切りの良さにこのミョンベル嘆の思いを抱きまするー」
「なーにが、抱きまするーよ。そうするように仕向けたのは貴じゃないの?」
「では、契約書にサインも頂いたことですし、肝心の商品のお披目といきましょうか」
不満げな表で抗議するキャサリンを華麗にスルーし、ここでようやく商品のお披目である。キャサリンとしても、彼が持ってきた品が気にならないといえば噓になるため、細かいことは後に置いておくことにして、魔法鞄からミョンベルが取り出した品に目を向ける。
「これは……食べかしら?」
「君から向かって右のものが【すいーとぽてと】、真ん中が【たこやき】、左が【くっきー】というらしいよ」
ミョンベルが取り出したのは、三つの料理だった。それは、ローランドが今までの旅で作ってきた料理であり、現時點では彼だけしか作れない料理だった。この世界にも彼同様に前世の記憶を持ってこちらの世界にやってきている人間は存在するが、そういった人間が必ずしも表舞臺で活躍するかといえばその限りではない。
そういう意味では、ローランドはこの世界でも稀有な存在であり、ナガルティーニャよりも世界に貢獻している転生者と言えるだろう。
「そ、そう」
「三つとも試食したが、どれも味くてな。特にすいーとぽてとは絶品だ! どうだ? 珍しい品だぞ」
「そ、そうね。珍しいといえば珍しいのだけれど……」
キャサリン的には、珍しいというのは調度品などの品であり、まかり間違っても料理ではなかったのだが、これもまたゲッシュトルテではお目に掛かれない品であることは確かであるため、自ののを語ることはしない。
「頂いてもいいかしら?」
「もちろんだ」
「では一つ、はむっ……っ!? こ、これは!?」
キャサリンはミョンベルに了解を取って彼が絶賛する【すいーとぽてと】なるものを手に取った。珍しい形をしているが、匂いから甘いお菓子の類であるとあたりを付け、口に運んだ瞬間甘みが広がった。平たく言えば、ミョンベルが言った通り味だったのだ。
「……しなさい」
「なんだ?」
「これをもっと寄こしなさいっ!!」
「お、おいやめっ」
あまりの味さに我を忘れてミョンベルの倉を摑んで前後に揺らすキャサリン。彼を宥めるのにミョンベルは數十分の時間を要してしまう。そして、キャサリンは軽率にローランドが提示した條件で契約してしまったことをいたく後悔するのであった。
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