《ビンボー領地を継ぎたくないので、全て弟に丸投げして好き勝手に生きていく》444話「執政とのやり取り」
「なっ、何者だ!?」
執政の鋭い誰何の聲が響き渡る。人々が寢靜まる時間帯に突然部屋に人が現れれば、例え顔見知りであっても戸うのも無理はない。ましてや、今眼前にいるのは得の知れない相手なのだから。
「私のことはどうでもよろしい。今日は執政殿にほんの些細な頼みごとをするためにやってきたのだよ」
「頼みだと?」
あまり時間もかけていられないため、ここにやってきた目的を果たすべく俺は執政に単刀直に伝える。ちなみに、今の執政は【ブラインド】の魔法によって視力を奪われており、こちらの姿を見ることはできない。そして、バルルツァーレでの失敗を教訓として今回は【ボイスチェンジ】の魔法で聲を低い人男のものに変化させている。
こうすれば、俺の姿を見ることもできないし、聲からの年齢層を予測することもできないだろう。後気を付けるとすれば、直接れないようにすることくらいだろうか? 手の小ささや腕の細さなどでも、俺が人していない若い人間であると悟られてしまう可能がある。
「簡単なことだ。アルカディア皇國が大陸統一をする以前の周辺諸國が記載された地図を見せてほしい」
「そんなものを見てどうするというのだ?」
「質問はなしだ。執政殿は黙ってそれを私に見せればいい」
相手からの報を引き出そうとしているようだが、こちらとしてもあまり不必要な報を與えたくはない。
しばらく沈黙ののち、手探りで執務機へと辿り著いた執政が椅子に座ると、機の指で三回叩いた。すると、何もなかったはずの機が割れそこにはいくつかの紙が保管されていた。どうやら機に隠し細工が施されていたようで、そこに地図を隠していたらしい。どうりで表立った場所を探しても出てこないはずだ。
「こいつだ」
「ご協力に謝する」
執政から地図をけ取ると、確かにそこにはベラム大陸全土の國が記載されている。もちろん、すべての國の國境線も描かれており、重要となるアルカディア皇國の國境もばっちりと描かれていた。
俺は、その地図の報を魔法を使って寫し取り、いつでも閲覧ができるように保存する。時間にして三十秒ほどの時間が経過し、俺は地図を応接室のテーブルに靜かに置いた。
「これで私の用は済んだ。では、これにて失禮する」
「待て、俺を殺しに來たのではない、のか?」
「一流の殺し屋は、直接出向いて標的を殺さない。やるなら、暗殺に向かない晝間を狙う。まさか明るいうちから襲ってくるとは思わないだろうからな」
「……」
俺の返答に執政は何と答えたらいいのかわからないようで沈黙を貫く。とりあえず、俺の目的は達したが、今後のことを考えて俺は彼に忠告をしておくことにした。
「執政殿。貴殿に一つ注意しておくことがある」
「何だ?」
「今後アルカディア皇國本土で変革が起こる。詳しいことは言えないが、それはアルカディアに敗北した國々にとって大きな転機となるだろう。そうなった時に備えるため、準備を整えておくことをすすめる。連絡が取れるのなら、他の執政にもそのことを伝達しておいた方がいい。混するだろうからな」
「な、何をするつもりだ!?」
「いずれわかる。では、本日はお騒がせした。もう二度と會うことはないだろう。さらばだ」
こちらの目的を探ろうとする執政の言葉をけ流し、俺は瞬間移で執務室から泊まっている宿へと転移する。目的を達したことで一息つくためにベッドに腰を下ろす。
「ふう、これで皇國の國境線がわかった。後は、結界を張るだけだな」
時間的には一時間も掛からなかったため、外はまだ暗闇に包まれている。まだ外が明るくなるまで時間があるため、俺はそのままベッドで仮眠を取ることにした。
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~ Side ルドルフ ~
「い、一何だったというのだ? 奴は一何が目的で俺のところに……」
一人の男が執務室で誰にともなく呟く。彼こそ、かつて一國を背負っていた元ラガンドール公國大公ルドルフ・フィルル・ラガンドールその人である。
日々の忙しい政務を終え、明日の仕事に備えて眠りに就いていたが、執務室から怪し気な音がすることに気付いた彼は不審な人と遭遇する。
聲質からその人が人した男であることはわかったが、その者の魔法なのか突如として目が闇に覆われてしまったのだ。いきなりのことに戸う彼であったが、そんなことは歯牙にもかけず男は自分の要求を口にする。
男の目的は、アルカディア皇國が大陸統一する以前の地図が見たいという意図を図りかねるものであったのだ。この言葉にルドルフは困した。未だアルカディア皇國に対して反抗的な勢力は存在しており、かく言うルドルフもその中の一人であった。
だからこそ、男がやってきたことによって自分の命を狙っているのだと考えたルドルフだったが、男の目的は地図を見るというただ一點のみであり、彼からすればたったそれだけのことで自分のところにやって來たのかという呆れと戸いが含まれた想を抱かせるものだった。
男が地図を見ている最中も、自分を油斷させるためのものなのかと構えていたわけだが、そんなことは一切なく地図を見終わるとそのままその場を後にしようとしたため、ルドルフは男を問い詰めた。
裏に侵しているであるため、いろいろとはぐらかされたところはあるが、男の放った一言は確信めいたものがあった。
それは、“近いうちにアルカディア皇國本土で大きな変革がある”というものであり、その変革が起きた後のことを考えて今のうちに備えておけという忠告であった。
男の放った一言に、ルドルフは心でくだらない冗談だと吐き捨てる。今では落ちぶれたとはいえ、ラガンドール公國は軍事や政務などの文武が揃った大國として知られていた。その大國を呑み込み付き従えさせてしまうことがどれほどのことなのかは想像に難くはない。
それこそ、天変地異などの自然災害が起こらない限り、今のアルカディア皇國が揺らぐことなどあり得ないのだ。だが、目の前の男はまるでそうなることをあらかじめ知っているかのように淡々と語った。
何をするのかと問い詰めたが、いずれわかるという含みのある言葉を殘し、男はそのまま去って行った。そして、しばらくして目が見えるようになり、先ほど起きたことが夢だったのかと考えるが、執務室に座った自分と地図を隠しておいた場所が開いていおり、応接用に設置されたテーブルにはそこにっていた地図が無造作に広がっている。
そんな狀態で先ほどのことが夢だったとは到底思えず、現実だということを嫌でも理解させられる。一人では思考の沼に嵌ると考えたルドルフは、外で待機しているであろう見張りの騎士に聲を掛けるため、扉を開けた。
「こ、これは大公陛下。いかがされましたか?」
「トイレでございますか? いでっ」
「陛下に失禮だろう」
突然ルドルフが現れたことに驚いた騎士たちだったが、彼はそんな騎士たちを見て違和を覚えた。
侵してきた男とのやり取りしている最中、ルドルフはそれなりに大きな聲を上げていた。それは、部屋に侵者が現れたということを外にいる見張りの騎士たちに伝えるためでもあったのだが、騎士たちの様子から男が侵したことを知った様子はない。
騎士たちも男が差し向けた人間なのかと一瞬考えたが、ルドルフはその考えを唾棄する。なにせ、見張りの騎士たちとは十年來の付き合いであり、それなりの信頼を得ている者たちだったからだ。それをただ執務室に侵させるためだけに國の騎士になるなど効率が悪すぎるし、やろうと思ったところで人材の無駄遣いもいいところだ。
「いや、何か妙なことは起こらなかったか」
「特に問題ございませんよ。ただ、眠くて欠が止まりませんでしたが。あだっ」
「いい加減にしろ! 陛下、平にご容赦を」
「そうか、何もなければよいのだ。引き続き見張りを頼む」
部屋の中で起きたことなどまったく気付いておらず、問い掛けてくる騎士に一言聲を掛け、ルドルフは部屋に戻った。そして、同時に理解してしまった。あれほどの騒ぎに気付いていないということは、あの男が部屋の中の音を外にらさないための魔法を使っていたのではないかということを。
それほどの実力をめていながら、自分に會いに來た用件がただ地図を見せてもらうなどという下らないことだけなのかと。ルドルフはその答えを棄卻する。
(そんなわけがない。何か嫌な予がする)
男の思に乗るのは癪だったが、もし男が自分を訪ねた目的が地図を見るなどという大したことがないものなのであるならば、嵐の前の靜けさのような些末なものである可能があり、その先に待っている結末は凄慘なものではないのかという結論に至ったのだ。
「一応各國の執政にも伝えておいた方がいいか」
こうして、ルドルフがしたためた書が各國の執政に屆いてからまもなくして、アルカディア皇國本土で未曽有の出來事が起こる。それを知ったルドルフは、自の勘が正しかったことを誇ると同時に、自分の前に現れたあの男がとんでもない人であったことを理解し、恐れ慄くのであった。
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