《【第二部連載中】無職マンのゾンビサバイバル生活。【第一部完】》4話 來客と映畫のこと

來客と映畫のこと

夏のしが今日も元気に照り付けている。

いつもなら辟易するところだが、今は違う。

大木くんがどこからか調達してきたパラソルがあるおかげで、直の魔の手から逃れることができるのだ。

俺は高柳運送の屋上にいつの間にか作られていた『お晝寢スペース』にいる。

海水浴場にあるような椅子に、地面に敷かれた冷マットレス。

飲みは井戸水で作ったアイスコーヒー。

今がゾンビパニック中だって忘れそうになっちまうな。

そんな素敵プレイスで、俺は朝から寛いでいる。

駐車場の方からは楽しそうな子供たちの聲が聞こえてくる。

サクラとなーちゃんの聲も一緒だから、いつもの無限鬼ごっこでもしてるのかもしれん。

モンドのおっちゃん宅から裝備を頂いて、現在はその翌日だ。

『また遊びに行くからね!』と手を振る玖ちゃんに見送られ、特に問題もなく帰ってきた。

すれ違う車の數は増えていたが、いつかのように襲われることもなかった。

民度は相変わらず死んでいるから油斷はしないが、今更そこら辺のチンピラに後れを取るとも思わない。

・・・こういうのも油斷かもしれない。

いかんいかん、これ以上顔にデッカイ傷をこさえるわけにはいかんのだ。

油斷しないように、適度に気を抜くことにしよう。

現在は特に差し迫った用事もないし。

「いい天気だ・・・平和だ・・・」

「だね~」

屋上にやってきた璃子ちゃんが、俺の隣で大きくびをして答える。

早朝の畑仕事も終わって、今は自由時間なのだそうだ。

俺も手伝おうとしたら七塚原先輩に止められたけど。

『今まで牙島でようけ働いたんじゃけ、しばらくはゴロゴロしとれや』

と言われたが・・・特に忙しく働いた記憶はないんだがな。

だが、そうまで言われてなお働いたらみんなに心配かけちゃうし、お言葉に甘えることにした。

子供たちの監視もまだ解かれていないことだしな。

ビルの中にいるなら放っておかれているが、駐車場に出るとすぐにみんな寄って來るもん。

また遠出でもして行方不明・・・いや『出張』するとでも思われてるんだろう。

「平和ぁ・・・最高だし・・・すひゃ・・・」

そしてもう朝霞が寢た。

朝起きてからまだ3時間しか経ってないだろ。

しかもいつの間に來てたんだこいつ・・・ちゃっかり俺の橫で寢てるし。

「朝霞おねえちゃん、めっちゃ寢るね」

璃子ちゃんが心している。

それは俺も思う。

放っておいたら1日20時間くらい寢るんじゃないか。

貓だけによく寢るソラもびっくりだ。

「寢る子は育つって言うけど・・・これ以上育ってどうするんだろう、こいつは」

「みゅにゅ・・・」

あっという間に寢った朝霞の鼻をつつくと、相変わらずの変な鳴き聲。

「私も寢よっかなあ・・・」

「今日は特に予定もないんだからいいんじゃないか?」

璃子ちゃんにそう言いつつ、俺はストレッチの勢に。

さすがに10時間ぐっすり寢た後には眠気もないしな。

「朝霞おねえちゃん見てると・・・ふああ・・・眠くなってくるぅう・・・」

璃子ちゃんはそう言いながら、マットレスで寢る朝霞の隣に寢転がった。

「護衛のおじさんもいるし・・・安心だねえ・・・」

そんなことを言いながら、璃子ちゃんは早々と夢の世界に旅立つのだった。

護衛ね、まあそれくらいならいくらでもしてやろう。

どうせ暇な時間はいくらでもあるんだ。

テーブルに乗せておいた脇差を手に取り、立ち上がる。

朝霞たちから十分に距離を取り、腰に差す。

「―――っふ!」

一拍置いて鯉口を切り、橫一文字に空間を薙ぐ。

ごう、という脇差にはあるまじき風切り音がする。

「―――っし!!」

そのまま切り返し、逆方向へ振る。

うおっと、勢いに腕がし持っていかれる。

「・・・やっぱ重いな」

脇差のつもりで振ると駄目だな。

しっかり腰をれてで振らないと。

おっちゃんに借りた・・・本人は『くれてやった』と豪語している脇差。

銘はない。

殘欠したものだから何も刻まれてないし、おばちゃんもさすがに銘までは知らなかった。

こうして振るとよくわかるが、今までの脇差と比べて重量バランスがちょっと違う。

切っ先が気持ち重くなっているので、軽く振るだけでも速度が出る。

に向けて振れば、この重さと切れ味でかなりの痛手を負わせられるだろう。

ノーマルゾンビの首くらいなら軽くで斬れるかもしれん。

だが、この重さだ。

を持っていかれないように、慣れておかんとな。

榊ソードを使っていた時を思い出しながらやっていくしかないな。

時間ならいくらでもあるし、ちょっくら振り回すか。

「・・・ん?」

1時間ほど屋上で重すぎる脇差と格闘していると、道を走る車両に気が付いた。

硲谷方面から詩谷へ抜けるルートを、1臺の・・・バギーが走っている。

あののバギーってことは、駐留軍か自衛隊だな。

ここからでは誰が乗っているかはわからないが、2人いるのはわかる。

「お客さんかなあ?」

軽い睡眠から起きた様子の璃子ちゃんが、俺の橫から顔を出した。

朝霞はまだ寢ている。

「どうだろ?詩谷方面に行くってことも考えられ・・・お客さんだな、たぶん」

言っている途中でバギーが左折。

こちらへの道をまっすぐ走ってくる。

「特に來客があるって話は聞いてないが・・・お出迎えしとくか。璃子ちゃんはどうする?」

「今日は寢たい気分だから朝霞おねえちゃんと二度寢する~」

「さよか」

璃子ちゃんは來客がゾンビやチンピラでない事だけを確認したかったようだ。

するするとマットレスに戻り、相変わらず幸せそうに寢ている朝霞の隣で貓のように丸くなった。

「おやすみ璃子ちゃん、晝飯の時に起こしに來るよ」

「う~い・・・おやしゅみおじさぁん・・・」

寢つきのいいこって。

朝霞が伝染したかな。

さて、俺は一旦下に降りるかな。

空飛ぶゾンビは確認されていないので、ここはどこよりも安全だ。

紫外線以外は。

「來客ですか、神崎さん」

「ええ、そのようです」

1階に行くと、玄関の所で神崎さんと合流した。

もどこかでバギーを確認したらしい。

急の連絡はっていませんので、切迫した伝令ではないでしょうが・・・」

「でしょうね。神楽が陥落して通信が途絶すりゃ別でしょうが」

自分で言っていても説得力がないとじる。

あそこの避難所が壊滅するなんて考えられない。

素人が作ったなんちゃって避難所ならともかく、あそこは百戦錬磨の指揮3人がまとめ上げてるんだ。

ネオゾンビが100匹攻めてきたって大丈夫だと思う。

こと集団戦闘では、我々人類の方がゾンビより上を行っているからな。

「偵察ついでに挨拶とかですかねえ・・・ってことはライアンさんかな?あ、でも2人いたなあ」

「変裝した襲撃者の可能もあります。油斷は大敵ですよ」

神崎さんと門まで歩きつつ話す。

駐車場で遊んでいた子供たちは、サクラとなーちゃんに先導されるように社屋へと避難している。

うーん、うちの子賢い。

ソラは・・・もう倉庫の屋にいるな。

何故か後藤倫先輩と一緒に。

相変わらず高い所が好きなんだから。

そうこうしているうちにバギーの音が門の向こうで止まった。

やっぱり目的地はここか。

「神崎さん、後方で援護よろしく」

「はい、お気をつけて」

後ろで、神崎さんがライフルの安全裝置を解除する音が聞こえた。

俺は片手を門に添えつつ、自由なもう片方の手のに棒手裏剣を握り込む。

さて、後は向こうの出方次第だ。

まずは自己紹介でもさせて神崎さんに真偽の判定をお願いしよう・・・と思ったその時。

「「コニチワーッ!!ゴヨーアラタメデゴザール!!!」」

らしい二重奏が聞こえてきた。

・・・思わず門の前でコケるところだった。

なんだよ用改めって。

幕末かな?

振り返ると、毒気を抜かれたような神崎さんの顔。

きょとんとしていてかわいい。

「た、田中野さん、今のは・・・」

「ええ、よく知ってる聲ですねえ」

苦笑しながら鍵を開け、勢いよく門を開く。

その先には、駐留軍のバギーにった兵士が2人。

よう、よく知った2人だった。

「『2人とも、お元気そうで何よりです』」

未だ慣れない英語で挨拶すると、運転手が手を上げて笑った。

と相反する、歯の白さが眩しい。

「ハイ!イチロー!!ゴブサタ!!!」

運転していたのは、牙島で知り合ったエマさんで・・・

「『今日は薄著なのね!セクシーで素敵よ!!』」

早口で何かをまくしたてながらも笑顔なのは、一緒に中央地區から出したキャシディさんだ。

負傷した足には、未だに裝が巻かれていてし痛々しい。

「おーやおや、騒がしい連中が來たものだ」

いつのまにか後ろにいたアニーさんが、俺の肩に頭を乗せながらニヤニヤしている。

気配消すの、ホントに上手いなあ・・・

「ま、とりあえずってくださいよ」

アニーさんと斑鳩さんがいれば通訳には事欠かないな。

そう思いながら、2人を手で導した。

「『あーん!かーわいい!妹を思い出しちゃう!!』」

「むぎゅう」

キャシディさんに抱きしめられた葵ちゃんが目を白黒させている。

一目見るなり気にったようで、膝の上から下ろさない。

當の葵ちゃんは・・・うん、ビックリしているが嫌ではなさそうだ。

ここの子供たちは、ライアンさんのおもあってか駐留軍に対するマイナスイメージはない。

「イイコイイコ~」

「ワゥウ!バウ!」

エマさんの方はなーちゃんをでまくっている。

牙島で面識があるからか、なーちゃんの方も警戒はしていないようだ。

たちは、案した社屋1階のオフィス部分にいる。

訪問の目的は、まだ聞けていない。

「わふ」

足元に寄ってきたサクラを抱っこする。

うーん、今日もふわふわだ。

「サクラ、あの2人のお姉ちゃんにはとってもお世話になったんだよ」

「きゃふ」

俺がそう言うと、サクラは『へぇ~』みたいな目線を送っている。

最近特に賢くなってきたような気がしないでもない。

半分くらいは言葉が通じるんじゃないかって思う。

「『どうだご両人、ここはいい避難所だろう?私とイチローのの巣も兼ねているんだ』」

何を言っているかはわからんが、なんかアニーさんが凄まじいドヤ顔を披している。

絶対にろくな事言ってない、それだけは確信できる。

だってほら、神崎さんが凄く怖い顔してるもん。

「『・・・アニーさん。報は正確に伝達してください!』」

「『おっと間違えた。リンもの巣メンバーだったな』」

「な、なあぁっ!?『ち、ちちち、違います!違いますから!?』」

「『おやぁ?リンはサムライが嫌いと見える。ふうむ、これではイチローが悲しくて泣いてしまうぞ』」

「『ちがっ!そ、そう言う意味では!!そう言う意味ではなくて!なくてですねっ!!』」

神崎さんの顔が赤くなったり青くなったり忙しい。

何の話をしているんだ。

あと、なんで俺の名前らしき単語がチラチラ出てくるの?

わからないのをいいことに悪口とか言ってないよね?

「・・・あの、斑鳩さん。2人は何て・・・」

「うふふ、プライバシーの侵害はメッ!ですよ田中野さん」

お茶とお菓子を持ってきた斑鳩さんに聞くも、何故か俺が軽く怒られてしまう。

理不盡・・・理不盡じゃない?

「若いっていいですねえ~・・・ふふ」

斑鳩さんはテーブルにお茶菓子等を置き、

「『牽制なんかしなくっても、あなたたちみんなでアタックしちゃいなさい。彼は底抜けにいい人だけど、私の旦那の次くらいには鈍いんだからね?』」

陣に悪戯っぽいウインクと、俺には解読不能な英語を殘して去った。

アタック・・・?何かと戦うのかしら。

一朗太、なんにもわかんない。

陣は全員目を丸くして息を呑んでいたが、一番早く復帰したのはアニーさんだった。

「『い、イチローより鈍いだと・・・!?ジェシカはどうやってそんな旦那を落としたというんだ・・・!!今晩にでも聞き出さねばならんな!!!』」

なんか知らんけどアニーさんが燃えている。

どうせろくなことじゃないだろうなあ。

「わふん」

「『キャーッ!かわいいわ!かわいいわっ!』コニチワー!カワイイ!ワンチャン!!」

「『イチローのお家は可い子ばっかりねえ!除隊したらここに住んじゃおうかしらっ!!』」

挨拶のつもりか、寄って行ってかわいく挨拶をしたサクラをキャシディさんたちがでまわしている。

サクラも気にったのか、尾が扇風機よろしくぶん回されている。

なーちゃんも妹分が褒められて嬉しいのか、心なしかドヤ顔をしている。

「・・・ところで神崎さん?皆さんは英語で一何の話を・・・」

「守義務です」

「えっと・・・」

「守・・義・務・で・す!」

「ハイ・・・」

・・・聞かない方がよさそうだなあ。

っていうか、結局2人は何しに來たのさ?

それだけでも教えてしいが、今は聞くべきではない。

俺だって多は空気が読めるのだ。

・・・たぶん。

結局のところ、2人は散歩というか近隣地域の偵察任務のついでにここへやってきたのだそうだ。

今までは治安の関係上男兵士がその任に當たっていたが、エマさんたちは特別に許可されたとのことだ。

『ぶっちゃけた話、彼らがそこら辺の男兵士より強いからだな。近頃はけない男が増えたものだ』

と、アニーさんが苦笑しつつ教えてくれた。

そんなに強いのか・・・と思ったが、よく考えてみれば2人ともあの裝甲服著込んで大暴れしてたじゃん。

そら強いわ。

著てけるだけでも筋パワーの凄さがわかる。

そっか、てっきりオブライエンさんのとこの兵隊さんはみんな強いのかと思ってたよ。

そんなわけないのにな。

ライアンさんとかは突出して強い部類にるらしく、その他大勢は一般自衛や一般警察と同じくらいの能力らしい。

牙島に派遣されていた20人くらいは、駐留軍の中でもエリート中のエリートってやつらしいな。

・・・そういえばライアンさん、制限アリとはいえ七塚原先輩と正面から毆り合って引き分けだったわ。

俺の覚がマヒしてただけか。

そうそう、それでエマさんたちなんだが・・・

「『フー!お風呂は最高ね!ちょっと狹いけど!』」

「『贅沢言うんじゃないのキャシディ!毎日好きな時間にれるだけ天國じゃないの!!』」

何故か今日はここに泊ることになった。

今は沸かしたお風呂にってもらっているんだが・・・

「『イチロー!ごめーん!もうちょっと大きいサイズのシャツはないかしら~?』」

「ウワーッ!?!?!?エマさん服を!!服を著てください!!!!!」

「『あら~、真っ赤になっちゃってカーワイイ!キバシマでも見てるじゃないの!!』」

「なんでキャシディさんまで出てくるんですか!!!誰か!!!誰かの人呼んでえええええええええええええええええええッ!!!!」

せめてバスタオルくらいは巻けよ!!

アレか!?俺が知らないだけで向こうの人は族がノーマルなのか!?!?

「ちょっとぉ!おねーちゃんたち!!」

俺の悲鳴を聞きつけて璃子ちゃんがダッシュでやってきた。

きた!メイン璃子ちゃんきた!これでかつる!!

何故か葵ちゃんまで來たけど誤差だ誤差!!

「えーっとぉ・・・『この國の男の人は!全開より大事な所だけ隠れている方が興するって!!ママが言ってたよ!!!』」

「はだか、だめよー?風邪ひいちゃうよー?」

「『ワオ!この國って奧ゆかしいのね?』」

「『そういえば、キャシディが持って帰ってきたエロ本でもニホンジン仕様はそんな娘が多かったわね・・・』」

璃子ちゃん、英語話せたんだな・・・あれか、母親の教育のたまものかしら?

とにかく、その説得?が功を奏したのか、2人はおとなしく所へ戻って行った。

「『つまりこういうことね!』」

「ウワーッ!?!?!?せめてバスタオル巻けって言ってあげて!!ハンドタオルの防力じゃ無理!!大陸バディには無理!!!」

戻って行っただけだった・・・

もうこの場は璃子ちゃんと・・・

「・・・ハンドタオルだけ巻いて出てきたら一生口ききませんからね」

「ふふふ・・・知っているぞ?それは『ドS』だなイチロー?」

何故か影で服を半ぎになっているアニーさんに丸投げするとしよう。

「・・・あーしだって、ハタチぐらいになったらメロンくらいおっぱいでっかくなるかんね?」

「ならんでいいならんでいい。國民の違いでたぶん無理だ・・・そしてお前は俺がの大小で態度を変えるアホだと思ってるのか」

「違うし!これはオンナとしてのプライドのモンダイだし!!」

「生ごみの日に出しちまえ、そんなしょうもないプライド」

そして謎の対抗心を燃やす朝霞を半ば無視した。

疲れる・・・みんないい人だけどなんか疲れる・・・

「死ね」

「ぇぐぅ!?」

なんで後藤倫パイセンが俺に無慈悲な貫き手を!?

ねえなんで!?

俺なんかした!?

あと今どっから現れた!?

「春ですねえ、むーさん」

「春じゃのう」

だからもう夏だっつってんだろこの夫婦は!!!!

あああもうツッコミが追いつかない!!

助けて大木くん!!

あ!!今彼は詩谷に連泊して夜釣り畫撮るんで不在だった!!ちくしょう!!

俺も連れてけよ!!!

「おとうちゃんを助けてくれ、サクラ、なーちゃん・・・」

オフィスまで撤退した俺は犬たちに助けを求めた。

「きゅぅん・・・」「ファフ・・・」

そんな俺に対して、サクラは憐れむように鼻を鳴らし。

なーちゃんは『知るか』といったような冷たい目を向けてくるのだった。

ソラは我関せずといった態度で棚の上からかない。

・・・切ない。

今日は映畫でも見て寢よう。

かっこいい主人公が出てくる映畫でも見て寢よう。

折角帰ってきたってのにろくに映畫も見れてないからな。

ここらでリラックスしとかないと死んでしまう。

『新選組隊士!吉村貫一郎!!―――徳川の殿軍をばおつとめ申っす!!』

ボロボロの侍が、1人で軍勢の前に立っている。

特徴的なダンダラ模様は煤やで汚れ、手にした刀も汚れで見る影もない。

『一天萬乗の天皇様に、弓引くつもりはござらねども!』

しかし、その眼だけは鋭かった。

彼の仲間たちが、新政府軍の錦旗に怯み抵抗する気力もなくしてなお。

彼だけは、大地にしっかりと足を付けて迫る軍勢を睨みつけていた。

『拙者は義のために!戦ばせねばなり申さん!!』

新政府軍の銃が彼に照準される。

無數の銃口が、彼だけに。

『―――いざお相手致ぁす!!!』

かくして、彼は無數の銃火の中に雄々しく躍り出た。

仲間のうちの1人が止めるのも聞かず、何かに突きかされるように。

『吉村ァ!!死ぬな!!吉村ァア!!』

仲間の聲だけが響き、その孤獨な侍は砲煙の中に消えていった。

『吉村ぁあああああっ!!!!』

妻子のために藩し、妻子のために金を稼ぎ。

守銭奴と呼ばれようとも決してそれをやめなかった男。

彼は、その突撃の際に何を思ったのだろう。

何故、自ら命を捨てようとしたのだろう。

『・・・盛岡の桜は、石ば割って咲ぐ。盛岡の辛夷(こぶし)は、北さ向いても咲ぐのす』

そして映畫は、主人公の聲で幕を閉じる

藩する前の、藩校で教師をしていた時の聲で。

子供たちを叱咤激勵する、優しい大人の聲で。

『んだば、お主らもぬくぬくと春ば來るのを待つではねぞ。南部の武士ならば、みごと石ば割って咲げ。盛岡の子だれば、北さ向いて咲げ』

俺は、映畫版だとこのセリフが一番好きだ。

主人公の抱えた優しい気持ちが、悲しいほどに樸訥な格がにじみ出ている。

『春に先駆け、世にも人にも先駆けて―――あっぱれぇ!花っこば咲かせてみろォ!!』

何度見ても泣けるぜ・・・本當に心に響くなあ。

エンドロールを見ながら、俺はこみあげてくる涙をこらえることができなかった。

何回見てもいい映畫だし、何回見ても泣けるんだよなあ・・・

正月ドラマで放映されたバージョンも好きなんだが、あっちは主人公の俳優が見た目で超強そうだからな。

映畫版のこのひょろっとした俳優さんの方がそれっぽい。

普段は馬鹿にされてるけど、本気出すと滅茶苦茶強い・・・うーん、男として憧れる。

原作も読むたびに號泣するし、ほんと作者さんは俺の涙腺を絶滅させる気だよ。

『あの人、誰より強かったもの、それに・・・誰より優しかったですよ』

って臺詞、好きなんだよなあ。

結局のところ男の価値ってのはそこにあるんじゃないのかと思う。

俺もちょこっとは近付けているんだろうか。

ちなみにお客さんも含めて、子供以外のみんなで映畫を鑑賞していたのだが・・・

さんは泣きすぎて七塚原先輩のシャツをグズグズにしている。

神崎さんはエンドロール後に屋上へダッシュで消えていった。

後藤倫先輩は・・・ちょっと目が赤い、レアキャラだな。

斑鳩さんたち外國勢も字幕のおで理解できているようで、皆しているようだ。

キャシディさんなんか、劇中で主人公が娘さんと別れるくだりで泣きすぎて前が見えなくなってた。

「えぐ・・・ひぐ・・・」

「ひいん・・・ひいん・・・」

「・・・だからな、悲しい映畫だから見るのやめとけって言っただろ2人とも」

そして、現在俺のTシャツに抱き著いて涙でグズグズにしている璃子ちゃんと朝霞。

俺は、とりあえず手近な所から優しくしようと決めたのであった。

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