《【第二部連載中】無職マンのゾンビサバイバル生活。【第一部完】》6話 空前絶後のサラブレッドのこと

空前絶後のサラブレッドのこと

「馬がおるじゃとォ!?」

「お馬さんですかっ!?」

「ウワーッ!?機敏!?」

屋上からのお遊び偵察で、葵ちゃんとカイトが馬の親子?を見つけた。

そこからは、俺も含めて普段目にすることのない馬に3人とも大興

騒いでいる俺たちを畑にいた七塚原先輩が怪訝に思ったんだろう。

何の騒ぎかと下から聞かれたので、たぶん親子の馬がいると告げた。

そしてこの騒ぎである。

何故かさんまで加わって、先輩は恐ろしい勢いで屋上へ駆け上がってきたのだ。

戦ってる時の全力ダッシュくらいの速さで。

「どこじゃ!どこじゃあ田中野ォ!!」

「どこですかっ田中野さん!!」

圧が強ォい・・・怖ァい・・・

先輩の眼もそうだが、その後ろで目をキラキラさせているさんもコワイ。

神崎さんのキラキラとはまた違ったジャンルの迫力だァ・・・

「え、ええっと、あっちの方角で・・・」

「ソレ借りるで!!」

先輩は俺の単眼鏡をひったくると、すぐさま指差した方角へ向けた。

「と、ともねーちゃん・・・これつかって!」

「わーいっ!カイトちゃんありがとう!」

傍らではカイトが大人の対応をしている。

普段はあまりないさんの迫力に、カイトも葵ちゃんも腰が引けている。

うん、ビックするよなあ・・・

「アレか!・・・おお!おお!青鹿かいや!立派な馬じゃのう!!」

「橫の仔馬もかわいいですねっ!むーさん!!」

・・・なにこの、なに?

の馬を見つけたという衝撃が、七塚原夫妻のインパクトで吹き飛ばされてしまった。

・・・いや待て、野生の馬っているのか?

たしかどっかの岬的なところに日本唯一の野生馬がいるって話は聞いたことがあるけど、さすがにわが県とは距離が離れすぎている。

ってことはどっかの牧場とかから逃げ出してきたってことかな?

・・・この近くに牧場なんてあったっけか。

艶もええのう・・・」

「まるで高級なベルベットみたいですねぇ・・・」

しかし、先輩たちの食いつきっぷりが半端ないぞ。

なんだって急にこんな狀態に・・・あ。

「そういえば先輩って競馬大好きでしたもんね・・・」

話のタネに何回か聞いたことがあったな。

でっかいレースの度に場外馬券売り場にダッシュしてたっけ。

地方?のローカルなレースも結構見てるとか言ってたな。

そのために専門のケーブルテレビとも契約したんだっけ?

「違う、わしは馬が大好きなんじゃ。競馬が好きなわけじゃあ、なあ」

・・・どう違うの?

「レースの度に馬券は買うとるが、ありゃあ記念馬券みたいなもんじゃ。競馬で金を儲ける気は無ぁが、馬券を買って金を回さんと牧場が困るけえの」

あ、そういうことね。

「世界がこうなるまでは、むーさんと地方競馬場巡りデートとかもしてましたねっ!あ~、それにしても可いですっ!」

なにそのデート・・・夫婦そろって変わった趣味をお持ちで。

そういえば先輩の最終目標、『牧場兼保育園兼道場』だったな・・・

てっきり牛とか羊を飼うのかと思ってたが、これは確実に馬を飼うつもりですね・・・

「うーむ・・・この距離じゃあはっきりとは見えんが、あの母馬・・・サラブレッドじゃな。筋の締まりが乗馬の比じゃなあ」

「放牧中だったんですかねっ?ひょっとして有名な子かもしれませんねっ!」

「もうちょいこっちを向いてくれりゃあのう・・・こっからじゃとしか見えん」

「あっ!向きますよむーさん!!」

・・・ひょっとして顔見りゃ素とかわかるの?

すげえなおい・・・相當な馬好きだなこの夫婦。

サラブレッドってのは競馬で走ってるレース用の馬のこと・・・だよな?

正直今までれてこなかった分野なのでまったくの門外漢だ。

農耕馬なんてのはもう一部のモノ好きしか使ってないと思うし・・・他にはどんな種類の馬がいるんだ?

「むがおじちゃんたち、たのしそうねー?」

「おうまさん、すきなんだねえ」

子供たちは、普段見ることのない様子の先輩たちをどこか微笑ましそうに見つめている。

「キャーッ!?!?むーさんむーさんっ!!あれって!あれってまさか!!」

と思いきや、急に悲鳴を上げたさんにビビッて俺に抱き著いてきた。

どうした急に。

「な、なんじゃと・・・あの特徴的な流星に、牝馬にあるまじき筋量と、鍛え上げられた漆黒の馬・・・おお!うおおおおおおお!!!」

遂に先輩まで興し始めた。

流星?流星ってなんだ?

馬にほうき星でもくっ付いてんのか?

俺達の疑問をよそに、先輩は嬉しそうに聲を張り上げた。

「間違いなあ!!ありゃあ・・・ありゃあ『ヴィルヴァルゲ』じゃ!!生きとったんか・・・生きとったんかァ!!」

途中から鼻聲になっていらっしゃるぞオイ。

よっぽど思いれのある馬なんだろうか?

それにしてもヴィル・・・ヴァルゲ?

宇宙戦艦みたいな名前だな。

メスに付ける名前としちゃあちょっとゴツすぎない?

「あの、先輩。そんなに有名な馬なんですヒィイ!?」

急に振り向かないで!夫婦そろって!!

怖ぇえよ!!

「知らないんですか田中野さん!?ヴィルヴァルゲですよっヴィルちゃんですよ!?」

「生涯戦績26戦10勝!獲得賞金総額13億超!!文句なしの日本史上最強クラスの牝馬じゃ!?なんで知らんのんな!?」

夫婦の・・・夫婦の圧が凄い!!

目が怖いですよ!特に先輩!!

それは可い後輩に向けて良い種類の眼じゃないんですが!?

ってオイ!?

じゅっ・・・じゅじゅじゅじゅうさんおく!?

あの馬そんなに稼いでっていうか、競馬の賞金ってそんなにすげえのか!?

「主な勝鞍といやあ日本ダービーに天皇賞!それに安田記念二連覇の駿馬じゃぞ!?さほど競馬に詳しゅうない人でも知っとる名馬じゃっちゅうのに・・・」

な、名前くらいは知ってるレースが出てきたぞ・・・

どうやらあそこにいるお馬さんは超絶有名人・・・じゃない、有名馬らしい。

俺が知ってる馬なんて・・・アレだ、昔年漫畫でやってた存在自が白い奇跡のちっちゃいお馬さんとかだな、フィクションだけど。

あとは・・・負けまくったけど負ければ負けるほど人気になったあの馬とか、競馬にどえらいブームを巻き起こしたとかいう葦の名馬とか。

そのライバルの葦とか。

それくらいかなあ?

「安田記念の末腳、もうほんっとに格好よかったですよねえ~!一緒に見ましたもんね!むーさん!」

「おう!アレもええが・・・わしゃあ何と言っても日本ダービーよ!居並ぶ牡馬を突き放して牝馬が優勝!なんとも痛快じゃったのう!!」

えっと・・・牝馬ってのがメスで、牡馬ってのがオスか?

オリンピックの100メートル走で選手が男選手ぶち抜いて1位になるようなもんか・・・たしかにそりゃあすげえな。

「むがおじちゃん、あのおうまさんそんなにすごいのー?」

葵ちゃんの目がキラキラしている。

ショックから立ち直って好奇心が勝ったらしい。

「おう!強く賢くしい・・・文句なく、この國で最高の馬たちの中の1頭じゃ!」

すげえ褒めるじゃん、先輩。

まあ、とにかくあの馬がとんでもないスーパーホースってのはよくわかった。

しかし、なんだってそんな馬がこんな田舎に?

普通ああいう馬って北の大地のでっかい牧場とかで飼育されてるもんじゃないの?

「・・・なんだってそんな超絶名馬が原野になんているんです?」

「知らんのか?こっから北上したところの牧場で飼育されとったんじゃ」

「えっ、この近所に牧場なんて・・・ああ、あそこかあ」

そういえば、山を切り開いて作られたっていう牧場があったなあ。

見學は許可していないので行ったことはないが。

ふれあい牧場的なタイプのとこじゃないし。

「・・・まさか先輩、前に言ってた原野の土地を買う予定って・・・ひょっとしてその牧場のことも理由にあったり?」

そう聞くと、先輩は顔を赤らめた。

図星らしい。

「お、おう・・・近所付き合いで仲良くなれりゃあ、こっそり見るくらいは許可されるかもと思うてのう・・・」

この人意外とミーハーだった!?

「あの牧場は他にも『ケイブゴブレット』や『ライジンオー』、『ブレイドバスク』なんかの名馬を輩出したすっごいところなんですよっ!!」

さんは興して飛び跳ねているが、1頭もわからんぞ。

名前がカッコいいってことしかわからん。

「と、とにかくじゃ!田中野!!」

「うおっ!?」

先輩が急に俺の肩を摑んだ。

「あの馬を保護させてくれんかっ!?」

「あだだだだやめてください肩甲骨が分裂しちゃうう!?」

相當興しているようで、一切の手加減がない。

このままだと俺の肩甲骨が翼の名殘になっちまう!

「あの馬に流れとる統は、この國のと涙の結晶なんじゃ!このまま外にほかしといたら、価値のわからんカスに見つかって喰われるかもしれん!!そんなことは、わしにゃあとても我慢ならんのじゃ!!!」

先輩が・・・先輩が熱い!燃えている!!

前にさんを探しに行った時くらい真剣な目をしている!

・・・たしかに、この狀況下だと馬として味しくいただかれてもおかしくないな。

「お願いします田中野さんっ!わたし、ご飯いりませんから!!」

・・・そしてさんが飯を抜いても馬には何の関係もないんだが?

アレでしょ?馬って飼い葉とか食うんでしょ?

「あ、あのですねえ・・・先輩の言うことに俺がNG出すわけないじゃいですか。っていうか俺の許可なんていらないでしょう?まあ、他のみんなが嫌だって言うなら話は別ですけども」

俺、別にここの責任者でもなんでもないんだし。

しいて言えば神崎さんがそれになるんだろうか?

「心配せんでも他のみんなの許可も貰うわ。もちろん子供らぁものう」

「そうと決まればさっそく準備ですね!むーさん!」

「応!!とにかく保護が最優先じゃ!!別の場所へ行かれる前に確保せにゃあ!!!」

そう言うなり先輩たちは來た時と同じように凄い勢いで屋上から出て行った。

あとに殘された俺たち3人は、呆気に取られている。

「・・・ちなみに葵ちゃん、カイト。あのお馬さん引き取ってもいいかな?」

「ぜんぜんオッケー!」

「葵もー!おうまさん、すきー!」

さよか。

それなら俺としては言うことはないな。

よくは知らないが、とかは喰わないよな?

牧草と・・・ニンジンかな?

量は多いだろうが、この狀況で牧草地に人間が殺到するなんてことはないだろうし、まあ確保は何とかなるだろう。

あれ?そういえば牧草ってどうやって育つんだ?

種とかで毎年増やすんだろうか・・・それとも苗的なを植えたりするんだろうか。

うーん、今までの人生で一切れてこなかった分野だからわからんぞ。

・・・今思い出したがセラピーホースなる存在もいるらしいし、子供たちの教育にもいいだろう。

サクラたちとも仲良くやってくれればいいが・・・

あ、そういえば。

「・・・あの馬たち、ここのどこで飼うんだろう」

敷地に余ってる場所は・・・倉庫くらいだな。

殘りの空間は畑とヒヨコちゃんに占拠されてるし。

外の畑とかに囲いでも作るんだろうか?

・・・うーん、とりあえず先輩を追いかけて聞いてみるか。

「・・・なんで?」

俺は、高柳運送から出て道を歩いている。

「なにがじゃ?」

そして、橫には七塚原先輩がいる。

「俺は馬を飼う場所について質問する気だったんですけども・・・なんで先輩と一緒に馬の確保に向かってるんですかね?」

あの後、1階に下りて先輩に話をしようとした。

驚くべきことに、先輩夫婦は手分けして既に全員から馬の飼育について許可をもらっていた。

子供たちはぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでおり、他の大人勢も心なしかワクワクしていたように思う。

朝霞なんか、

『あーし、馬に乗るのが夢だったんだよね!一緒に乗ろうねにいちゃん!!』

と言って目をキラキラさせていた。

・・・なんで俺も乗ることが確定しているのかというツッコミは、恐らく無駄だろうから言わなかった。

ともかく、そんな中先輩が俺に言ってきたのだ。

『おう、行くで田中野。はようせいや』

そう言うなり先輩はさっさと外へ出て行ったので、慌てて追いかけて今に至るというわけだ。

さんは子供たちと一緒になって何かを準備していた。

「おまーは昔っからに好かれるけえのう。それに、萬が一馬が暴れた時にゃあ手伝ってもらわにゃいけんしな」

「えっと、『馬に蹴られて~』なんてよく聞きますけど、そんなに危ないんですか」

「危ないなんてもんじゃなあ、をまともに蹴られつりゃあ即死することもある。踏まれただけでも足なんぞポキリじゃ、なにしろ軽く見積もっても400キロはあるけえな、サラブレッドは」

ひええおっかねえ・・・そりゃ、俺くらいしか呼べない訳だわ。

馬ってすげえんだなあ・・・いや待てよ、映畫で出てくる馬とかも兵士を踏み殺したりしてたな。

あれだけの大きさと質量でけば、そうもなるか。

「ほいで・・・飼う場所じゃったな、とりあえずは倉庫を半分に區切って使おうと思っとる。倉庫は床がいけえ、すぐに床材を用意せにゃいけんが」

「あー・・・そういえばテレビで見た廄舎はなんか床に敷いてましたねえ」

なんかこうモフモフしたものが敷かれてた気がする。

コンクリの床に直接寢たりしたらが痛みそうだもんな。

「大は藁やら乾燥した屑牧草じゃな。それらはすぐには手にらんけぇ、今日の所はおが屑を使おうと思っとる・・・こっから東の山沿いに製材所があるけえ、あそこなら腐るほどあるはずじゃ」

「・・・さすが先輩、ここら近辺はもう把握済みですか」

製材所なんて気にも留めたことなかった。

先輩はここにいる期間が長かったし、ゾンビが出る前は土地を買おうともしていた。

そりゃ、詳しいか。

「當たり前じゃろう。子供らぁがおるんじゃけ、いくら注意してもし足りんことはなぁ」

「・・・頭が下がります」

「気にせんでええ、おまーはわしなんぞより修羅場続きじゃけえな」

そうかな・・・そうかも・・・

「さて・・・そろそろじゃな」

先輩が言うように、屋上から確認した場所が近付いてくる。

ここからではまだハッキリとは見えないが、休耕田に黒い馬が2頭いるのは確認できた。

「ええか田中野、馬は賢くて臆病、それで繊細なじゃ。デカい聲や大きな作は慎め」

「了解です」

「ましてあの馬は子供を抱えちょる。いつも以上に神経質になっとるはずじゃ」

それはそうか。

どのも、子供を守るためには必死になる。

時には、自分の命すら投げ出して行することもある。

サクラのおかあちゃんが、矢を3本も喰らいながらあの子を最期の瞬間まで守ったように。

「馬にも個々の格があるし、賢さにも違いがあるけえ一概には言えんが・・・如きと見下すような態度はいけん、見抜かれる」

「もとからするつもりもないですけど・・・それがわかるなんて賢いんですねえ」

「特にあのヴィルヴァルゲはのう。現役の時はそりゃあ賢い馬だったんじゃ」

ほう、そんなに。

「安田記念の最後の直線、馬群の中からあの馬は自分で出口を見つけ、騎手が鞭を打つ前に一気に加速して抜け出したんじゃ・・・『こっちが空いてる』っちゅうて、騎手に教えるようにのう」

なんだそれ・・・超頭いいじゃん。

俺の馬に対する意識を上方修正する必要があるな。

「馬は記憶力もええ。一説によると、知能の方は3歳児相當っちゅうことらしいが・・・わしゃあもっと上でもおかしゅうないと思う」

「なるほど・・・つまりこっちを見て判斷するくらいはお茶の子さいさいっていうことですね」

サクラやなーちゃんも、俺の言うことをわかっているフシがある。

言葉というよりも、表や雰囲気からそれを読み取るんだろう。

それより賢いとされている馬なら、同じようなことはできるに違いない。

「ましてやあの馬はトップレベルのサラブレッドじゃ、それも頭を使って走ることができた稀有なのう・・・侮るんじゃなあぞ」

「ええ、そこら辺のチンピラの100倍は敬いますよ」

「馬鹿たれ、0になにかけても0じゃろうが」

「あっそうか」

そんなことを言いつつ歩いていると、もう休耕田の近くまで來ていた。

眼でも、その中心にいる2頭ははっきりと見える。

「・・・こっちに気付いとる。一挙手一投足に気を付けぇ、殺気は絶対に出すな」

その言葉通り、母馬・・・ヴィルヴァルゲは俺達の方に顔を向けて立っている。

仔馬の方は彼の後方でごろんごろんと寢返りを打っている。

かわいい。

「・・・耳が立っとる。せわしなくいとるんはこっちを警戒しとる証拠じゃ」

確かに両耳はピンと空を向いて立ち、たまに片方ずつを素早くかしている。

そのまま彼は、しだけ前に出た。

仔馬を背中に庇い、こちらを貫くように鋭く見ている。

の筋がゆるく張をし、いつでも行を起こせるように準備しているじだ。

「馬の筋ってすごいっすねえ・・・」

漆黒の馬が、太しをけて輝いている。

人間では到底無理な筋量が、あたかも黒曜石の彫刻のようにしい。

「普通はの、牝馬より牡馬の方が筋は大きい。じゃがあの馬は違う、『牝馬限定戦にヴィルヴァルゲを混ぜるな』なんちゅう冗談が言われるほど、あの馬は他の牝馬たぁ一線を畫しとるんじゃ」

それは・・・すごいな。

「引退してから4年は優に経っとるちゅうに、現役時代と遜のない付きじゃ・・・今でも重賞の2つや3つは勝てそうなしとるのう」

重賞ってのはよくわからんが、おそらくデカいレースのことだろう。

たしかに、子供を産んだにもかかわらず今でもバンバン走りそうなだ。

「・・・ここで止まれ。これ以上近付くと逃げられる・・・ゆっくり時間をかけて、わしらぁが危険な存在じゃなあとわかってもらわにゃ、いけん」

「注意事項は?」

「特になあ。じゃけど目線は決して外すな・・・害意を悟られりゃあ、あの馬は二度とわしらの前には表れんじゃろう」

その言葉に従い、俺達はヴィルヴァルゲからおよそ20メートルほど距離を置いて止まった。

そんな俺たちを、彼はじっと見つめている。

たしかに綺麗な馬だ。

額から鼻先にかけて、真っ白な模様が一直線に刻まれている。

まるで刀傷のような鋭さだ。

の中で、そこだけ白いから余計に目立つ。

・・・あ、ひょっとして流星ってアレのことか。

たしかに流れ星だ、ありゃあ。

は、俺達を真正面から貫くように見つめている。

忙しなくいていた耳は正面に向けられ、こちらの行を聞き逃すまいとしているようだ。

「綺麗な目だなあ・・・まるで寶石だ」

白目が見えない、漆黒の目。

それが、こちらへ向けられている。

『目は口ほどにを言う』なんて言葉があるが、今の俺にはそれがよくわかった。

の・・・ヴィルヴァルゲの目は、如実に、はっきりと、俺に意思らしきものを伝えてきた。

『この子に手を出したら殺す』

とでも言えばいいか。

の目は確かにそう語っていた。

彼我の戦力差で言うなら、彼は俺達に決して勝てないだろう。

俺は兜割を持っているし、先輩は八尺棒を持っていないが素手でも馬くらいは軽く毆り殺せる。

だが、これは理屈じゃない。

もしも俺たちが今襲い掛かれば、彼は応戦するだろう。

それによって彼の命は失われるだろうが、それは問題ではない。

問題ではないのだ。

それでも、あの目は戦うと言っているのだ。

命を盾にして俺たちを食い止め、何としても子供だけは逃がすだろう。

ひょっとしたら、俺達が何らかの深手を負わされるかもしれない。

そう思わされるほどの凄味があった。

『必死』ではない。

『決死』の覚悟だ。

自分の命を勘定の外に置いた、決意の瞳だ。

「おかあちゃんってのは、強いなあ・・・」

思わず、ぽつりと呟いた。

サクラの母。

ソラの母。

今までに見てきた、強い母親たち。

命を失っても、子供を守り抜いた強い母親たちだ。

恐らく・・・いやきっと、彼もそうなんだろう。

子供のためなら、なんだってできるんだろう。

その気高い魂に、俺は不意にが詰まった。

俺達人間の大部分が、遙か昔に捨ててしまった何かを、彼たちはまだ持っている。

言葉では言い表せないその心にあえて無理やり名前を付けるとするならば。

―――それはきっと、『無償の』と呼ばれるものだ。

種を、未來へ繋げるための。

どれくらい経っただろうか。

俺達は距離を詰めることなく、同じ場所に立っている。

鳥の聲と、風の音だけがやけに大きく聞こえた。

不思議な均衡は不意に破られた。

ヴィルヴァルゲが視線を外し、橫にを向けたのだ。

その鍛え上げられたの影に、仔馬が立っていた。

さっきまで寢転がっているのに、いつ立ったのか気付かなかった。

それだけ母親に注目していたんだろう。

仔馬はこちらをじっと見つめている。

母親そっくりの漆黒の馬に、三日月のような流星がっている。

そうこうしていると、なんと仔馬がこちらの方へ足を踏み出した。

傍らの母親は、何も言わない。

ゆっくりと仔馬が近付いてくる。

その目には、母親と違って好奇心めいた輝きが宿っていた。

ヴィルヴァルゲは、その橫をゆっくりと歩いている。

悠然とした歩みだが、次の瞬間には最高速で駆け出せるようなを漂わせている。

ついに、2頭は俺達から1メートルほどの距離まで歩いてきた。

「ブルル」

ヴィルヴァルゲが小さく嘶いた。

「ひん」

仔馬の嘶きは、隨分とかわいらしく聞こえた。

「よぉ・・・近所に住んでるんだが、まだ部屋が空いてんだよ」

俺は、友達にでも話しかけるように口を開いた。

「いい子ばっかりの家でなあ・・・どうだいおかあちゃん、しばらく間借りしてみないか?家賃はなんと無料だ」

その目からは、先程までの戦意が消えているように見えた。

「外よりゃあ、マシな寢床も用意できるで。どうじゃ?」

先輩が続けて言うと、彼は了承を示すかのように頭を上下に振った。

さっきまでピンと立っていた耳は、しだけ角度を緩やかにしている。

「ひぃん」

仔馬が俺の方へ顔を寄せてきた。

近くで見ると本當にかわいいなあ。

オスメスはよくわからんが、おかあちゃんに似たら將來はさぞイケメン・・・イケ?になるだろう。

「こんちは。俺は一朗太って言うんだ、これからよろしあばばばばばばばばばば」

仔馬は俺の顔を長い舌でべろんべろんと舐めまわした。

俺は、その唾の青臭さにし嬉しくなった。

「ブルル」

俺を見るヴィルヴァルゲの目が、し優しいような気がした。

うーん・・・また個的な住人が増えたなあ。

ま、いいか。

    人が読んでいる<【第二部連載中】無職マンのゾンビサバイバル生活。【第一部完】>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください