《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》闇夜の侵者
「…………マジで疲れた…………」
湯船に浸かると、自然と愚癡が零れる。愚癡というか弱音というか。とにかく々と心労が多い一日だった。
「ひよりんも靜も、自分の魅力を理解してないんだよな。耐えるこっちのにもなってくれよ」
今でも手にはひよりんのらかいあれこれや靜ののが強烈にこびりついている。いくら洗っても消えてくれやしなかった。忘れたいのか忘れたくないのか、自分でもよく分からない。
「…………俺、そのうちおかしくなっちゃうんじゃないか」
二人の無自覚ボディタッチ攻撃は、確実に、そして順調に俺のライフポイントを削っている。もし俺のライフポイントが盡きた時…………果たして何が起きてしまうのか。結局ビビって何にも出來ないような気もするけど、本能に支配された人間が起こす突飛な事件は毎日のようにワイドショーを騒がせている。自分もそうならないという確証はどこにもなかった。
「はぁ〜…………」
お風呂のふたに顎を乗せ、ぼーっと天井を眺める。
無機質な白い天井は見ていても何一つ面白くなかったけど、今の俺には何故だかとても心地よくじられた。を過剰摂取してしまった眼球が癒やされていくのをひしひしとじる。そうそう、元來俺はこういう景の中で生きてきた人間なんだよ。
「…………真冬ちゃんにも迷かけちゃったな」
いつもは振り回されてばかりだけど、今日は真冬ちゃんがいてくれたおでかなり助けられた。俺だけでは酔っ払い二人の介護は絶対に不可能だったろう。
シラフで參加する飲み會のつまらなさは俺も知っている。真冬ちゃんは楽しかったと言っていたけど、本當のところどうだったかは分からない。真冬ちゃんは優しい子だから、気を使ってそう言っただけのようにも思える。
「何か埋め合わせした方がいいよな、やっぱり」
引っ越してきた時は「とんでもない子に育っちゃったなあ」という印象だった真冬ちゃんだけど、今となっては蒼馬會で一番マトモなんじゃないかとすら思えてくる。たまにベッドに潛り込んでくる時もあるけど、自覚があるだけ二人よりまだマシな気もするし。
◆
そんな訳はなかった。
自覚のあるスキンシップと、自覚のないスキンシップ。どちらが困ると言えば、それはやはり前者に決まっていた。
「それじゃあ今埋め合わせして貰おっかな」
「ッ!?」
────平和な空間に浮かび上がる不穏な影。
そんな戦隊モノの悪役めいたキャッチコピーが頭の中に浮かぶ。俺は慌てて湯船から飛び起きると、思いっきり風呂のドアを押さえつけた。
「真冬ちゃん! どうしてうちにいるの!?」
風呂のドアには文字通り不穏な影が映り込んでいる。俺が知る限り、それは真冬ちゃんのシルエットにそっくりだった。真冬ちゃんは下著姿でベッドに潛り込んでくるから、嫌でものラインは頭にってしまう。
「それは勿論合鍵を使ったの」
「HOWは聞いてないから! WHY!?」
「妹が一緒にいるのに理由が必要?」
ぐい、とドアが向こうから押し込まれ、俺は無我夢中でそれに抵抗する。
…………全く訳が分からない。どうして真冬ちゃんはこのような犯行に及んでいるんだ!?
「ッ、理由が必要! SAY!」
焦って何故か英語じりになってしまう俺。だがそんなことどうでもいい。今は何としても真冬ちゃんの侵攻を止めなければならなかった。
「理由があればいれてくれるの?」
「いれてあげないけど。一応理由だけは聞いておこうと思って」
「何なのそれ。もういい、力づくでるから」
ドアの圧力が増し、油斷していた俺は一瞬押し込まれそうになる。俺はかかとを浴槽の外側にくっつけ全力で抵抗する。
「ちょっ、待って待って! マジで意味分からないから! どうしてお風呂にってくるの!」
ドアの向こうでは真冬ちゃんが全力で踏ん張っていた。大きな巖を運ばされる囚人のような前傾姿勢で、手のひらだけがくっきりとドアに張り付いている。
…………普通は逆だと思うんだが。いや、お風呂に無理やりするのに普通も何もないんだけど。
…………というか。
「真冬ちゃん…………もしかして…………?」
思えば、そのシルエットには服のようなものが一切なかった。見慣れたのラインがはっきりと描かれている。
「お兄ちゃん、変なことを聞くんだね。お風呂にるんだからなのは當然じゃない」
「まあそれは確かに…………じゃない! お風呂なら自分の家でればいいでしょ! …………あ、もしかして壊れたとか……?」
「? 多分壊れてないと思うけれど…………どうして?」
「ん……?」
絶的に會話が噛み合わず、思わず絶句してしまう。
あれ、これは俺がおかしいこと言ってるのか…………?
兄妹で一緒にお風呂にるのって當たり前のことなんだっけ…………?
「…………いやいや、ないない」
そもそも真冬ちゃんは妹じゃないし。
そりゃ確かに昔は一緒にお風呂にったこともあったけど、今はもうお互い大人。一緒にお風呂にるとかあっていい訳がないだろ。
「とにかく何があっても一緒にはらないから! うちのお風呂が使いたいなら俺が出た後で使っていいから、とりあえずってこようとするのは止めてくれ!」
「どうしても?」
「どうしても」
「私が一生ここをかないって言ったら?」
「俺も一生ここにいるしかないな」
「…………分かった。お兄ちゃんが風邪引いちゃやだし、とりあえずリビングにいるね」
「服はちゃんと著てね!」
「…………はーい」
どうやら真冬ちゃんは諦めてくれたようで、ドアがふっと軽くなる。しのれ音の後、真冬ちゃんのシルエットはドアから消失した。
「…………今日一番疲れた」
俺は力なく風呂場に崩れ落ちる。はとっくに冷え切っていた。
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